♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■アンモン人とエドムについての神のことば / 羽鳥頼和

2021年05月15日 | Weblog

 世の光の時間です。お聴きくださり、ありがとうございます。羽鳥頼和です。
 今週は旧約聖書のエレミア書から、神がイスラエル以外の外国について語っておられることばについてお話ししてきました。ここまでエジプト、ペリシテ、そしてモアブについての神のことばを見てきました。今日はアンモン人とエドムについての神のことばをお話しします。

 アンモン人もエドムも先日お話ししたモアブと同じようにイスラエルの東側にその領土を持っている人々でした。さらにモアブと同じようにイスラエルと親戚関係にある人々でした。

 アンモン人は、エルサレムがバビロンによって滅ぼされる時、それを見て喜びました。そんな彼らに神は何と言われているでしょう。「アンモン人の町は廃墟となり、住んでいた人々は捕らえ移される。そしてその後、イスラエルがあなた方の土地に住むようになる。」

 これが神の裁きです。しかし、神のことばはそれで終わりません。 神は「わたしはアンモン人を回復させる」と約束されています。

 次にエドムについて神は何と言われたでしょう。エドムはユダがバビロンによって攻撃されている時、ユダの領土に侵略しました。神はそんなエドムを滅ぼすと言われました。
 神はエドムについては回復させるとおっしゃっていません。どうしてなのかよくわかりませんが神には正しい理由があったはずです。

 今週は旧約聖書のエレミア書から外国についての神の言葉を見てきました。 聖書の神は全世界の神であり、全世界の主権を持っているお方であり、国を人を正しく裁くお方です。そして、どんな人も何とか救おうとされるお方です。 神はどんな人をも愛しておられます。そしてどんな人をも救うためにイエス・キリストを与えてくださいました。 神はイエス・キリストを信じる者に、本当の回復である救いを与えてくださいます。

 神は実にその独り子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。
               新約聖書 ヨハネの福音書3章1節 

   (PBA制作「世の光」2020.11.21放送でのお話より)
 
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■モアブについての神のことば② / 羽鳥頼和

2021年05月14日 | Weblog

 世の光の時間です。お聴きくださり、ありがとうございます。羽鳥頼和です。
 今週は旧約聖書のエレミア書からお話ししています。

 昨日は、聖書の神は全世界の神であり、全世界の主権を持っているお方であり、国を人を正しく裁くお方であることをお話ししました。今日も昨実に続き、モアブについての神のことばをお話しします。

 モアブに裁きを下すと宣言した神はモアブを裁く理由を教えられました。神がモアブを裁くのは、彼らが自分たちの財宝と偶像の神ケモシュを頼っているからでした。それでモアブは外国に滅ぼされ人々は捕囚される、と神は言われました。

 今日は神がモアブを裁く理由についてさらに教えておられることについてお話しします。
 神はモアブをさばく理由として彼らが高ぶっていることを挙げられました。 モアブは自分たちの財宝と偶像の神によって自分たちは大丈夫、滅ぼされることはない、ずっと栄えていることができる、と思っていたのです。 

 そんな高ぶっているモアブを神は厳しく叱責するかと思うと、そうではないのです。神は「わたしはモアブのために嘆いている」とおっしゃっています。驚くべきことです。 神は堕落しているイスラエルのことを嘆かれました。そして、同じようにモアブのことも嘆いておられます。 

 そして神はさらに驚くべきことを言われます。 神はモアブに「わたしはモアブを回復させる」と言っておられます。 なんと神はイスラエルと同じように、モアブを回復してくださるのです。

 ここで私たちが気づかされることは、神は悪を徹底的に裁くお方であるとともに、どんな人をも救おうとされるお方であるということです。そうです。私たちは思い出すべきです。神はイエス・キリストによって、イスラエル人ではない私たちにも救いを与えてくださったのです。キリストの十字架こそ神の正しい裁きと神の素晴らしい救いの両方が正しく行われた時なのです。キリストによってどんな人も救われることを神が約束してくださっています。 

   (PBA制作「世の光」2020.11.20放送でのお話より)
 
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■モアブについての神のことば① / 羽鳥頼和

2021年05月13日 | Weblog

 世の光の時間です。お聴きくださり、ありがとうございます。羽鳥頼和です。今週は旧約聖書のエレミア書からお話しています。

  昨日はも、聖書の神は全世界の神であり、全世界の主権を持っているお方であり、国を人を正しく裁くお方であることをお話ししました。 全世界の神である主はイスラエルだけでなく外国についても語っています。昨日までに古代のエジプトとペリシテについての神のことばを見てきました。今日明日の二回に渡って、モアブという民族についての神のことばをお話しします。

 モアブはアブラハムのおいのロトの子孫であり、イスラエルの親戚関係にある民族です。「塩の海」と言われる湖・死海の東側を通る「王の道」と言う古代の幹線道路周辺に住んでいました。その幹線道路に沿って要所に堅固な要塞の街を築いていました。国境付近にも要塞を築いて自分たちの領土を守っていました。

 エレミヤ書にはユダの国がバビロンに滅ぼされ、人々が捕囚されている時代にモアブについて語られた神のことばが記されています。堅固な要塞の町を持つモアブを神は打ち破ると宣言されました。

 神は理由もなしに裁かれません。神はモアブを裁く理由を教えています。神がモアブを裁くのは、モアブが自分たちの財宝と戦いの神と言われる偶像ケモシュに頼っているからでした。この戦いの神が味方であるのでモアブは、我々は勇士、戦いの強のものだ、と自負していました。 神はそんなモアブの要塞の町々をことごとく打ち破ると宣言されました。

 モアブは今まで長く外国の侵略を受けることがありませんでした。そしてたとい外国に支配されることがあっても自分の領土取り戻してきました。 しかし今回の神の裁きでは、モアブの人々は自分たちの領土から外国へ強制的に移されてしまう、と預言されています。やはり聖書の神は全世界の神です。全世界の主権を持っているお方であり、国を人を正しく裁くお方です。 

   (PBA制作「世の光」2020.11.19放送でのお話より)
 
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■ペリシテについての神のことば / 羽鳥頼和

2021年05月12日 | Weblog

 世の光の時間です。お聴きくださり、ありがとうございます。羽鳥頼和です。今週は旧約聖書のエレミヤ書からお話ししています。

 聖書の舞台となっている地域を今はパレスチナということがあります。このパレスチナの語源となったのが聖書に出てくるペリシテ人であると言われています。旧約聖書の時代にあって近隣の民族と比べても高度な文化を持っていました。旧約聖書エレミヤ書の47章には、そのペリシテ人に対しての神のことばが記されています。

 そこにはペリシテ人がカフトル島からやってきたのではないかと思われる記述があります。カフトルは今のクレタではないかと言われています。このようにあります。

 「まことに【主】は、ペリシテ人を、カフトルの島の残りの者を破滅させる。」( エレミヤ書 47:4 )

 神がこのようなことを語られたのは、ファラオがガザを打つ前であったことが記されています。これは紀元前609年、エジプトのファラオ・ネコがハランに遠征した時のことだろうと考えられます。実際にその後の紀元前604年にはペリシテがバビロンの王ネブカドネザルに反抗したために略奪を受け、住民がバビロンに捕囚されたことが分っています。エレミヤはそのことを預言したのです。

 続いて聖書は、「主が剣に命じられたのだ。ペリシテ人の都市とその地に剣が向けられたのだ」( 参照 エレミヤ書 47:7 )と語って、この歴史的出来事が神によることであることを語っています。

 ペリシテ人は海を渡る航海術に長け、高度な文化を持っていました。その地域に名前を残すほどの民族でした。しかし、彼らがまことの神を信じないで異教の神を拝み続けたために、神は彼らを裁かれました。聖書の神は今も全世界の神です。全世界の主権を持っているお方です。そして、国を人を正しく裁くお方です。

 新約聖書のローマ人への手紙2章9節から11節にこのようにあります。

 「悪を行うすべての者の上には、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、苦難と苦悩が下り、善を行うすべての者には、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、栄光と誉れと平和が与えられます。神にはえこひいきがないからです。」

   (PBA制作「世の光」2020.11.18放送でのお話より)
 
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■エジプトとユダへの神のことば / 羽鳥頼和

2021年05月11日 | Weblog

 世の光の時間です。お聴きくださり、ありがとうございます。羽鳥頼和です。
 今週は旧約聖書のエレミヤ書からお話ししています。

 旧約聖書に書かれていることはイスラエルのことだけだと思われている方がおられるかもしれません。 聖書は、神は全世界の本当の支配者である、と教えています。 神はイスラエル以外の外国についても語っています。 今日から諸外国への神のことばが記されているエレミヤ書からお話します。今日は46章です。ここにはエジプトについての神からのことばが記されています。

 エジプトへの神のことばが語られたのは、聖書によれば、バビロンの王ネブカドネザルがカルケミシュでエジプトの王ファラオ・ネコの軍勢を打ち破った頃であると記されています。 バビロンとはバビロニア帝国の都です。聖書ではバビロニアのことをバビロンと呼んでいます。 当時はバビロンが勢力を拡大してきて、エジプトを凌駕するほどの力を持つようになっていました。そのエジプトへの預言はこのようなものでした。

 エジプトはナイル川のように湧き上がり、奔流のように逆巻いて近隣諸国を滅ぼそうとして上ってきた。 しかし、エジプトはバビロンに敗北する。それは神がエジプトを突き倒すからだ。 神はエジプトとともに、エジプトを頼る国々を共に罰する。

 しかしそれで終わりではありません。さらに神はその後、エジプトには昔のように人が住むようになる、と約束しています。そしてエジプトに頼っていた南王国ユダについても、その回復が約束されています。 

 ユダの国はバビロンに滅ぼされてしまい、人々は捕囚されてしまいます。 そんなユダに対して神は、あなたの子孫を捕囚の地から救い出す、と約束しています。 神はあなたを滅ぼし尽くすことはない。ただし、裁きによってあなたを懲らしめるのだ、と言われました。 

 神は厳しいお方ですが、どこまでも救いの神であられます。人を何とかして救おうと懲らしめられるのです。 

 ヨハネの黙示録3章19節の神のことばに聞きましょう。 
 「わたしは愛する者をみな、叱ったり懲らしめたりする。だから熱心になって悔い改めなさい。」 

   ( PBA制作「世の光」 2020.11.17放送でのお話より )
 
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■エレミヤのしもべバルクへのことば / 羽鳥頼和

2021年05月10日 | Weblog

 世の光の時間です。お聴きくださり、ありがとうございます。羽鳥頼和です。
 今週は私が聖書からお話をさせていただきます。 よろしくお願いします。 今週は旧約聖書のエレミヤ書からお話します。

 エレミヤ書には預言者であるエレミヤに啓示された神のことばが記されています。聖書の中で預言書と言われる書物です。聖書における預言とは未来のことをあらかじめ語る予言ばかりではありません。聖書の預言は「預る」という漢字を使って「預言」と言います。 神から与えられた神のことばを預かって人々に語ることを言います。

 エレミヤが神のことばを人々に語った時代は、ユダの国がバビロンによって滅ぼされ、人々が捕らえ移されてしまうという悲惨な時代でした。そのような時代にあって、エレミヤは神の裁きがあることを預言しました。それを聞いたユダの指導者、そして人々も、エレミアを嫌い、彼を投獄したり殺そうとしました。 

 そんな中でエレミヤに仕え、彼を助けたのがバルクでした。バルクはエレミヤが預言する神のことばを巻物に書き記して、人々に読み聞かせました。 

 ところが、そのことを知ったユダの王が、その巻物を小刀で裂いて、それを暖炉に投げ入れて燃やしてしまいました。バルクはひどく落胆していました。

 そんなバルクに神が言われました。 
 「あなたは自分のために奇跡を期待するな。神であるわたしが災いを下そうとしているからだ。 わたしは必ず災いをくだす。しかし、わたしはあなたへの報いとして、あなたにいのちを与える。 」

 神は神のことばを聞こうとしない人を必ず裁かれます。 しかし、たとえうまくいかなくても、神のことばに従おうとする人には神はいのちを与えてくださるのです。 

 新約聖書 ローマ人への手紙2章6節から8節でこう語られています。
 「神は、一人ひとり、その人の行いに応じて報いられます。忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと朽ちないものを求める者には、永遠のいのちを与え、利己的な思いから真理に従わず、不義に従う者には、怒りと憤りを下されます。」

   ( PBA制作「世の光」 2020.11.16放送でのお話より )
 
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■聖書の人物と私たち 取税人マタイ / 山本陽一郎

2021年05月08日 | Weblog

2020/11/14放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。 

 イエス・キリストの十二弟子というとエリート集団と思われがちですが、今週お話ししてきた通り、一筋縄ではいかない人ばかりでした。 マタイという人は弟子になる前はガリラヤの取税人でした。ユダヤ人でありながらローマ帝国のために働き、同胞たちからは税金を取り立て、がっつり私腹を肥やす。そんな仕事でしたからユダヤ人には軽蔑されていました。 でもそういう人物にイエスは目を留め、ご自分の弟子として招かれたのです。

 マタイの福音書9章9節にこう描かれています。
 「イエスはそこから進んで行き、マタイという人が収税所に座っているのを見て、『わたしについて来なさい』と言われた。すると、彼は立ち上がってイエスに従った。」

 もしやイエスはマタイの本当の姿を知らずに声をかけてしまったのでしょうか。いいえ、逆です。 イエスは重い現実のど真ん中で座り込んでいるマタイのすべてをご存知でした。その上で「わたしについて来なさい」と招かれたのです。 彼はその招きに応答しました。 取税人をやめ、立ち上がってイエスの弟子として新しい人生を歩み始めました。 まさに劇的なビフォーアフターです。 

 でもマタイも、いいえ私たちも同じですが、自分の思いや努力だけではなかなか人は変われません。自分のすべてを知って受けとめてくださるイエスの眼差しと招きがあったから、また新しく立ち上がることができたのです。 彼は後にマタイの福音書を書きます。 かつて収税所で働いていた彼の語学力や記録の力はイエス・キリストの福音を伝えるために大いに用いられました。取税人からイエスの弟子へ、そして福音書記者へ。それはマタイ自身も想像すらしなかった人生だったでしょう。

 マタイという名は「神の贈り物」という意味です。まさにその通りの人生を彼がプレゼントされました。

 イエス・キリストは新しい人生への招待状を持って私たちの前にも立っていてくださいます、「わたしについて来なさい」と。 座り込んでいませんか? 私たちも立ち上がってついて行きましょう。

    ( PBA制作「世の光」2020.11.14放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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■聖書の人物と私たち 連れて来る人アンデレ / 山本陽一郎

2021年05月07日 | Weblog

2020/11/13放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。 

 昨年、ある映画を妻から誘われて見に行きました。 正直、あまり知識も関心もなく座席に腰を下ろしたのですが、見始めると大変面白くてすっかり魅了されてしまいました。以来、家族そろってその作品のファンです。 皆さんの中にも誰かの紹介がきっかけで、この喜びを知ったとか、ここに連れて来てもらえたから、今の自分がいるという経験をしたかたがおられるのではないでしょうか。改めて、人生は自分ひとりで開かれるものではないと思わされます。 新しいドアが開くきっかけを作ってくれた人に感謝。

 さて、イエス・キリストの十二弟子の一人だったアンデレは、まさに連れてくる人でした。 ヨハネの福音書1章によると、アンデレは初めてイエスの弟子となった時、自分の兄弟シモン・ペテロをイエスのもとへ連れてきたのです。
 「ヨハネから聞いてイエスについて行った二人のうちの一人は、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。彼はまず自分の兄弟シモンを見つけて、『私たちはメシア(訳すと、キリスト)に会った』と言った。」(ヨハネの福音書1章40-41節 )

 「来れば分かる。会えば分かる。僕らがずっと待ち望んでいた救い主に会ったんだ。」 そうしてイエスのもとへ兄弟を連れてきたのです。 自分が味わった素晴らしい経験を知って欲しい。 アンデレの姿は伝道のお手本ですね。 

 また、五千人の給食と呼ばれる有名な出来事でも、アンデレは連れてくる人でした。 お腹の減った群衆を前にして、五つのパンと二匹の魚を持っていた少年をイエスのもとへ連れてきたのはアンデレです。 

 このようにアンデレはイエス・キリストと人を結びつけるという大切な役割を果たした人でした。確かに兄弟のペテロほどはアンデレは目立ちません。イエスの最も近くにいた三人の弟子の中にもアンデレは入っていません。 けれども目立つ人だけが神に用いられるわけではありません。 自分の置かれたところで忠実に生きるその人を神は見ていてくださるのです。 そして大切な働きのために豊かに用いてくださるのです。 あなたにできることは今、何でしょうか? 

    ( PBA制作「世の光」2020.11.13放送でのお話しより )

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■聖書の人物と私たち 愛の使徒ヨハネ / 山本陽一郎

2021年05月06日 | Weblog

2020/11/12放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。 

 皆さんの周りにはすぐに頭に血が上る人はいませんか? イエス・キリストの十二弟子の一人であったヨハネという人は相当に怒りっぽい性格だったようです。兄のヤコブとともに「雷の子」とイエスから呼ばれたほどなんです。

 ある時、サマリヤの人が自分たちを歓迎しなかったことに激怒してヨハネはこう言い放ちました。 「主よ。お望みなら天から火を降らせて彼らを焼き滅ぼしましょうか? 」 ああ、恐ろしい。これで本当にあのイエスの12弟子なんでしょうか? けれども新約聖書にある晩年のヨハネが書いた福音書や手紙を読むと、そういう印象は全くと言って良いほどありません。彼は自分のことを書くとき、名前ではなく、「イエスが愛しておられた弟子」(ヨハネ13:23 )と記しています。実際にいつもイエスのそばにいて深く愛されたのです。 

 ヨハネは年老いてもなおイエスの教えを人々に伝え続け、生涯を全うしました。一体「雷の子」が愛の使徒へ大きく変わった動力とはなんだったのでしょうか? それは主イエス・キリストの愛でした。 ヨハネはイエスに出会い、イエスの愛に触れ、その十字架と復活を目の当たりにして変えられたのです。

 彼はヨハネの手紙第一 3章16節で私たちにこう伝えてくれています。
 「キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。」

 初代教会の指導者となったヨハネはある時サマリアに行ったんですね。そう、かつて彼が、焼き滅ぼしてやると怒りの炎 たちです。 でも今度は違いました。 サマリヤの人々のために祈り、彼らに福音を伝えるために愛の人としてその地域を巡ったのです。 

 いかがでしょうか? 私も変わりたい。自分にも本当の愛が必要だ。 もし今、心の奥にそんな思いを持っておられるならどうか、あなたもイエスに出会ってください。 神は愛です。 きっとヨハネが体験したのと、同じ愛をあなたも知ることができるでしょう。 

    ( PBA制作「世の光」2020.11.12放送でのお話しより )

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■聖書の人物と私たち 雷の子だったヤコブ / 山本陽一郎

2021年05月05日 | Weblog

2020/11/11放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。 

 突然ですが、皆さんにはニックネームはありますか? 実はイエスの十二弟子の一人だったヤコブにはイエスがつけた印象的な呼び名がありました。 「雷の子」です。理由は怒りやすい性格だったから。 

 新約聖書マルコの福音書3章17節にはこう書かれています。 「ゼベダイの子ヤコブと、ヤコブの兄弟ヨハネ、この二人にはボアネルゲ、すなわち、雷の子という名をつけられた。」

 怒りのままに行動してしまう点はヤコブが克服すべき課題でした。またヤコブは自分の立場にこだわる人でした。母親と一緒にイエスのもとへ行き、こっそり将来の出世の確約を親子揃って直談判したこともあった位です。 実は十二弟子の中でもリーダー格だったペテロとヤコブ、その兄弟ヨハネの三人はイエスが山で祈る時など大切な場面によく連れて行かれました。そういう中で、うぬぼれや特別な立場への執着心があったのかもしれません。

 そんなヤコブたちにイエスは仕える者としての生き方をこう言って示されました。 
「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。あなたがたの間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしもべになりなさい。」(マタイの福音書 20:26-27 、マルコの福音書10:43-44)

 イエスご自身がそのことばの通りに皆に仕える者として生きていました。 そして皆の救いのために十字架の上で死なれたのです。

 このヤコブは後に大きく変えられ、イエスが救い主であることは証しする忠実な人となりました。そしてその信仰のゆえに王によって殺されたのです。かつてすぐに怒りをぶちまけ、自分が上に行くために人を落とそうとした男が十二使徒たちの中で最初に福音のために自分の命を落とす者となったのでした。

 イエスが教えてくださった仕える者としての生き方は、あの雷の子ヤコブの中にしっかりと根を張ったのです。 

    ( PBA制作「世の光」2020.11.11放送でのお話しより )

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