♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して68年の
「世の光」を文字で 

■十戒 -自由への励まし89- 姦淫してはならない / 大嶋重徳

2019年01月31日 | Weblog
2018/12/27放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒を始めとした聖書のことばは、人間を縛りつけるものではなく自由へと導くためのことばなのです。十戒第七戒には、「姦淫してならない。」(出エジプト記20章14節、申命記5章18節)とあります。姦淫とは結婚以外で体の関係を持つことです。これまで聖書の語る結婚の祝福また結婚まで体の関係を待っている事の祝福について学んできました。

 ではクリスチャンどうしの結婚でクリスチャンどうしの夫婦であれば愛しあう夫婦になるのでしょうか。そんな簡単なことでありません。聖書から愛を夫婦で学び続ける必要があります。特に独身時代から聖書から結婚を学び続けることが必要です。なぜなら私たちの結婚観は聖書とほど遠い所で形成されていることが多いからです。しかも若い頃は私たちは自分の愛という感情に自信を持ちすぎている傾向があるのではないかと思います。しかし愛することを独身時代に学ぶことがなかった人は、結婚した後にも自分の理想像を相手に押し付けるだけで、私の知っているあなたそんなあなたじゃない、となってしまいます。独身時代のつき合いは将来の結婚生活に必ず影響を及ぼしていきます。この場合、独身時代の失恋は大きな意味を持ちます。私はいつも結婚前の中高生、学生たちに、どうぞきちんと失恋してください、と言います。きちんとしてない失恋とは一体何でしょうか。それはあの人と自分は合わなかったんだよねという失恋です。ではきちんとした失恋とは何か。自分は相手を十分に幸せにする愛が分かっていない者だと気づく失恋です。そして愛するとは何かという事を聖書から深く学んでいく失恋です。皆さん、愛するごとの報酬は何だと思いますか? 愛するごとの報酬は愛されることではないと思います。もっと愛せるようになることです。誰かを愛し始めたとき、私たちはすぐに愛のない自分に気づきます。そして愛のない自分に気づかされつつも聖書から愛を教わっていくのです。そして自分なりに小さくとも聖書から教わった愛で愛していく。そこで愛とは忍耐すること、赦すこと学ぶのです。愛には涙することがあるのだと神様から教えられながら、少しずつ少しずつ愛せる人格に成長していくのです。私たちは聖書から愛を学びながら愛する夫婦になっていくのです。十戒第七戒は私たちに、聖書の神様から愛を学んでいきなさい、と励ましてくれるのです。

    ( PBA制作「世の光」2018.12.27放送でのお話しより )

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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。


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■あなたを見放さず、見捨てない / 福井 誠

2019年01月30日 | Weblog
2018/12/26放送


世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「あなたを見放さず、見捨てない」です。申命記31章6節から読んでみましょう。
 「 強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身があなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。

 皆さんお早うございます。聖書通読は進んでおられますでしょうか? 継続は力なり。一日一章を読みこなすとき、不思議にも自然と育っていくものがあるものですね。ぜひ神様と良き時を過ごす時間を続けてくださいね。

 さて今日は申命記31章。クリスマスの期間に特別番組をしている間に、随分と通読が先に進んでしまいました。34章で申命記は終わりなのでもう年内には読み終わりそうですね。少し御無沙汰しましたので、簡単に申命記の流れを説明しておきましょう。申命記はモーセが死を直前にして民に語った四つの説教が中心となっています。そしてかつて40年前にシナイ山で神と交わした契約を新しく起こった世代に向けて再び確認している内容ですね。これから神のもとへ帰ろうとしているモーセが、出エジプト後、荒野で成長した新しい世代にもう一度荒野の旅を振り返り、シナイ契約の意味と精神を語り聞かせているのです。そういう意味でこれはモーセの告別説教集というべきものですね。

 そこで31章はもう終わりの部分に入るのですが、120歳になるモーセが80歳のヨシュアを後継者として立て、イスラエルの民を指導するように語りかけている所です。
 「 強くあれ。雄々しくあれ。彼らを恐れてはならない。おののいてはならない。あなたの神、主ご自身があなたとともに進まれるからだ。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。
 モーセが神と共に歩んできた人生から出てきた深い確信に満ちたことばでした。神を人間と同じように考えてはなりません。神は約束を守る真実なお方です。ですからあなたはどんな状況に置かれようと、人生諦めてはいけませんし、腐ってしまうようでもいけませんね。「わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない」(参照申命記31章6節、8節、ヨシュア記1章5節、ヘブル人への手紙13章5節 )と語られる主を信じて人生には常に新しい展開があると信じて歩ませていただきましょうね。

 では良き一週を祈ります。

 (PBA制作「世の光」2018.12.26放送でのお話より )

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■初代教会の姿 -3 / 板倉邦雄

2019年01月29日 | Weblog
2018/11/13放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
 今日は「初代教会の姿 その3」ということでお話しします。
 
 初代エルサレム教会の姿は現代のキリスト教会の模範を示しているでしょう。大切な原則を学びたいと思います。使徒の働き5章です。

 まず初代教会の姿はみんなが一つ心になっていたという点でしょう。何千人あるいは何万人という人々が一ヶ所にいたかあるいは分散していたと思いますが、みんなは一つ心になっていたというのが驚きです。一つの心とは考え方において思いにおいて自由意思において一つの方向を向いていたということです。

 その一つの方向性とは救い主イエス・キリストを信じる信仰において一つの心でした。皆が自分の心で考え自分の心で思い自分の心で自由に決断した信仰によって彼らの心は一つだったのです。指導者にコントロールされたり強要されたものではありませんでした。人は心で信じて義とされ、口で告白して救われるのです。

 次に初代教会の姿は教会の交わりに加わろうとしなかった人々からも尊敬されていたという点でしょう。尊敬されるということは反対されていなかったということです。反対者でないということは親派であるということです。信者たちに反対しない人は仲間だということではないでしょうか。私たち教会は人々から尊敬されているでしょうか。そしてやがて彼らが信者となっていったのですねえ。

 では第三に、初代教会の姿から学びたいことは、私たちは癒しの働きをしているだろうかという点です。病人や汚れた霊に苦しめられている人が一人残らず癒された、と書いてあります。初代教会からキリスト教会の働きの中で癒しの働きは大きな働きだったということでしょう。身体と魂と霊は創造主である神様によって造られています。身体や心の病になったらまず私たちは私たちを造られた製造元である神様にお祈りしたいです。私たちの身体と心の癒し主は神様ですから、神様に祈ってからお医者さんに行くように心がけたいと思っています

  (PBA制作「世の光」2018.11.13放送でのお話より )

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■主の偉大なるわざを見よ / 岩井基雄

2019年01月28日 | Weblog
2018/11/5放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。
 
 第一月曜日は詩篇から学んでいますが、今日は詩篇111篇から「主の偉大なるみわざを見よ」と題して、私たちの思いをはるかに超えた神様のわざに心を留めてみましょう。

 聖書が語る神様の偉大さはその創造のわざの素晴らしさに表されます。無から全てを創造された神は時間も空間も存在するすべてを愛の内に造られました。私たちをも神が愛と目的をもって創造されたのです。この詩篇は様々な苦悩や悲しみを通る神の民に、創造主なる神のみわざに目を留め、感謝と賛美をささげるように招いています。お読みします。
 「ハレルヤ。
  私は心を尽くして【主】に感謝をささげよう。

  ・・・
  【主】のみわざは偉大。
  それを喜ぶすべての人に 尋ね求められるもの。
  そのみわざは威厳と威光。
  その義は永遠に立つ。
  主はその奇しいみわざを人の心に刻まれた。
  【主】は情け深く あわれみ深い。

           旧約聖書 詩篇111篇1節から4節 (抜粋)

 神様が奇しいみわざを人の心に刻まれたこと、神の偉大さを喜ぶすべての人に神は訪ね求められる存在だと謳われていますね。どんな苦難の中でも私たちは神様を認め、神様の素晴らしさを感謝し賛美することができるのです。「ハレルヤ」は神を賛美し誉め歌うヘブル語そのものの表現です。しかも神様のみわざは威厳と威光に満ちるだけではなく、神の義と情け深さと憐れみ深さが豊かに表わされ、私たちの心に深く届けられるのです。苦難や悲しみの中からも、私たちは「ハレルヤ」と神様を賛美することができるのですね。
 更に詩篇の後半9節で、作者は神の民に与えられた救いのわざに心を留めます。
 「主は 御民のために贖いを送り
  ご自分の契約をとこしえに定められた。
」 と。

 確かに神は神の民イスラエルをエジプトやバビロニアから助け、贖い出され、神がそのために約束された契約を成就されました。そしてその助けと救いは神を求める全ての人々に備えられ、イエス・キリストの十字架と死からのよみがえりの勝利を通してキリストを信じるすべての人に与えられるのです。

 聖書のことば
 「知恵の初め それは【主】を恐れること。
  これを行う人はみな賢明さを得る。
  主の誉れは永遠に立つ。
」 詩篇111篇10節

 (PBA制作「世の光」 2018.11.5放送でのお話より )
 
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■まっすぐな歩み / 羽鳥頼和

2019年01月26日 | Weblog
2018/12/8放送

 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。
今日は箴言23章の後半から、良い人生を送るための秘訣をお話しします。

 まず良い人生を送るために気をつけるべきこと、避けるべきことは何でしょうか。聖書には避けるべきこととして具体的に多くのことが挙げられています。大酒飲み、暴飲暴食、そして怠け癖、更に遊女や見知らぬ女が人生を狂わせると警告しています。見知らぬ女とは、異教の女の人のことだろうと思われますが、今なら価値感が自分と全く違う人のことと言えるでしょう。更に気をつけるべきこととして、嘆く者、悲嘆の中にある者、理由もなく傷ついている者のことが挙げられています。これらは厳しい現実の中で神のことを忘れてしまい神の救いを期待せずに諦めてしまい絶望してしまうことを言っています。更に争うこと、そして不平を言うことに気をつけるように教えています。

 それでは聖書は良い人生を送るためにどんな事を教えているでしょう。聖書はまずこのように語っています。「わが子よ。よく聞いて、知恵を得よ。あなたの心が道をまっすぐ進むようにせよ。」(箴言23章19節) 具体的には両親を敬い、親によく聞き従って知恵を得るようにと勧めています。

 知恵を得ることについて聖書は更にこのように語っています。「わが子よ、あなたの心をわたしにゆだねよ。あなたの目が、わたしの道を喜ぶようにせよ。」(箴言23章26節) このことばを語っているのは神です。つまり、神の言うことに喜んで聞き従うようにと勧めています。

 実は聖書が教える知恵とは神の言われることを行う力のことを意味しています。神の言うことに喜んで聞き従おうとする心を持って神のことばを聞くならば、その人は神から知恵を与えられて神のことばを行うことができるのです。これが良い人生を送る秘訣です。
 明日は日曜日です。神のことばである聖書のメッセージを聞くために、お近くのキリスト教会にいらしてください。

  (PBA制作「世の光」 2018.12.8放送でのお話より )
 
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■希望の到来 / 関根弘興

2019年01月25日 | Weblog
2018/12/07放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 日本のことわざに「転んでもただでは起きぬ」ということばがあります。ま、転んでも必ず何かを拾って起きるというような、まあちょっと欲の深い人のことを指すことばなのでしょうけれども、今日はもっといい意味で考えて、たとえ転んでも必ずそこで何かを受け取って起き上がる、そんな人生でありたい、そんな話をしたいと思うんですねえ。

 人生には転んでしまうような経験がよくあるものです。例えば人生の外からやってくるいろいろな試練がありますね。災害があったり、仕事が思うようにいかなかったり、失業したり、病気になったり、別れがあったり、このようなものは誰にも襲うそれは辛い経験です。

 また箴言の中にこんなことばがあります。「人の霊は病苦も忍ぶ。しかし、打ちひしがれた霊はだれが担えるだろう。」(箴言18章14節) こう書かれています。人は相当の苦しみに耐えることができるけれど、心が萎え、生きる目的とか意味とか希望を見失ってしまうと、もう身動きができなくなってしまうというわけですねえ。

 旧約聖書の中にイザヤという人が登場します。イエス・キリストがお生まれになる約700年も前に活躍した預言者の一人です。彼が生きた時代はユダヤの国、それがどんな状態だったでしょう。それはちょうど蛇に睨まれたカエルのような状態でした。というのは強大な力を誇るアッシリア帝国の残虐な行動に人々は怯え、周りの国々は次から次へと滅ぼされてしまったからです。彼らはそんな中で恐れ慄(おのの)いていました。まさに転んでも立ち上がることができない。心が萎え、絶望的な思いの中で生きていたのです。しかしイザヤはそんな中でこう語りました。イザヤ書9章6節
 「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。

 これは救い主が生まれるという預言のことばなんですね。イザヤは現状が絶望的な中にあっても私たちを引き上げ立ち上がらしてくださる方が来てくださる。救い主が来てくださるという希望のメッセージを語ったです。希望が生まれると、そこに生きる力が出てきます。

 今月はクリスマスを迎えますよね。不思議な助言者であり、力ある神であり、永遠の父であり、平和の君と呼ばれる救い主イエス・キリストは、あなたのために来てくださったのです。それはあなたに生きる希望を豊かに豊かに与えるために来てくださったのですね。

     (PBA制作「世の光」2018.12.07放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

■十戒 -自由への励まし88- 姦淫してはならない / 大嶋重徳

2019年01月24日 | Weblog
2018/12/06放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒を始めとした聖書のことばは、人間を縛りつけるものではなく自由へと導くためのことばなのです。十戒第七戒には、「姦淫してならない。」(出エジプト記20章14節、申命記5章18節)とあります。しかし「姦淫してはならない。」はただ単に夫婦以外の存在と体の関係を持たないという教えだけではありません。むしろ神様の造られた夫婦の愛の中に生かされていくこと、具体的に夫婦の身体の関係にまで神の愛に生きる喜びが広がっているのです。

 しかし、キリスト教会の歴史では信仰とは霊や魂の高い次元のことであって肉体的なことは低次元のことだと理解されてきた歴史がありました。古代の教会の指導者であったオリゲネスは禁欲のために自分の生殖器を切り取ったとも言われます。また古代教会に大きな影響を与えたアウグスチヌスは自分自身が若い頃に性的に乱れた生活を送っており、その悔い改めから禁欲に傾いていることとなります。そして聖書から結婚の意義は解きつつも、子どもを産むための性的な関係のみ許されるという理解を超えることはありませんでした。しかし聖書は夫婦のみに与えられた性がどれほどの祝福であって、どれほどの喜びをもたらすかを語っているのです。

 私がいつもミッションスクールや中高生や大学生たちに向けて話す話があります。それは私たちの結婚のことです。私たち夫婦は結婚してから1ヶ月ほど、身体の関係をうまく持てませんでした。妻も初めてのことで非常に不安を覚えていたのです。しかし二人で祈りつつその時を待ち続けました。そうして初めてその関係を持つことができた時に、妻がこう言ってくれたのです。「しげちゃん。ずっと待っていてくれてありがとう。ずっと待っててくれたから、これからもずっと私だけなんだとよく分かった。ありがとう。」 このことばが涙が出るほどに嬉しかったのです。もしあの時、自分たちは結婚してるんだからと無理やりに妻との身体の関係を持ったとしたら私たち夫婦の大切なものが損なわれてしまったことでしょう。十戒第七戒の戒めは頭の古い固い教えではありません。むしろ安心して愛しあえる関係を私たちに持って欲しいと神様は願っておられるのです。十戒第七戒「姦淫してはならない。」は神の愛に満ちたご計画なのであって安心した愛の中に生きる神の関係への招きなのです。

    ( PBA制作「世の光」2018.12.06放送でのお話しより )

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■あなたの幸せのために / 福井 誠

2019年01月23日 | Weblog
2018/12/05放送


世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「あなたの幸せのために」です。申命記10章12節、13節から読んでみましょう。
 「イスラエルよ。今、あなたの神、【主】が、あなたに求めておられることは何か。それは、ただあなたの神、【主】を恐れ、主のすべての道に歩み、主を愛し、心を尽くし、いのちを尽くしてあなたの神、【主】に仕え、あなたの幸せのために私が今日あなたに命じる、【主】の命令と掟を守ることである。」(新改訳2017)

 皆さん、おはようございます。聖書通読は進んでいますでしょうか? 継続は力なり。一日一章を読みこなすときに不思議にも自然と育っていくものがあるものですねえ。ぜひ神様と良き時を過ごす時間を続けてくださいね。

 さて今日の聖書は私たちに、あなたの幸せのために私が今日あなたに命じる、【主】の命令と掟を守りなさい、と語ってきますね。皆さんは今、幸せだと思っておられますか? どうでしょうか。正直、自分の心には人を羨む思いがあり、妬む思いがあり、くさくさうつうつとし、何とも表面は幸せそうであっても心が幸せではないなあと思う人はいませんか? もしあなたはそのような人だとしたら、まさにこのことばはあなたに語りかけて来るものですね。

 聖書の神様は天地万物をお造りになり、この世界を支配しておられる神様です。そのお方を目で見ることはできませんが、その存在を認めて神様を畏れ神様のことばに従う心を持って人生を歩むなら、そこにあなたの幸せはやって来ると言うのです。

 しかも神様がイスラエルの民にこのことをお語りになった背景に注意しましょう。この時イスラエルの民は神様の存在を否定して、偶像の神である金の子牛を造って拝み、神の怒りを受けた後のことでした。本当だったら、ご自分を認めようとしないイスラエルの民など神様も知らない、と言うところでしょう。しかし聖書の神様は愛情深い方です。人間が裏切ろうとその関係を断ち切ることはありません。むしろ、あなたの幸せのために私が・・・命じる、・・・命令と掟を守りなさい、と再度チャンスを与えてくださっているのです。今週も愛情深い神様を覚えて、幸せな人生へ進ませてくださいと一緒に祈って参りましょうね。

 (PBA制作「世の光」2018.12.05放送でのお話より )

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■神から出たものなら / 板倉邦雄

2019年01月22日 | Weblog
2018/12/04放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。今日は「神から出たものなら」という題でお話ししましょう。

 真実かどうかは歴史が証明する、とよく言われます。真実なものであれば歴史の批判に耐えて残って行きます。しかし真実なものでなければ歴史の中で消えてゆくのではないでしょうか。使徒の働き5章の続きです。

 キリストの弟子たちは、イエス・キリストの名を使って語ったり教えたりしてはならないという通達を無視して、弟子たちは神殿で語りました。
 
 さて今再び捕まって議場の人となっています。弟子たちの弁明を聞いた議会の人々は激しい怒りの余り弟子たちを殺そうと思い立ちました。ところがここにガマリエルという人物が立って発言しました。ガマリエルは国民全体から尊敬されていた聖書学者で、後に改宗してキリスト信徒になるパウロという人の師匠でもありました。彼は弟子たちをしばらく議場から出すように要求して議会の一堂に向かってこう言いました。「イスラエルの指導者である諸君。あの人たちをどう扱うか、よく気をつけるがよい。先頃、チウダという人物が自分は何か偉いもののように言い触らした。チューダに従った男の数が400人ほどもあったが結局からは殺されてしまった。従った者は皆、散り散りバラバラになり、全く跡形もなくなっている。その後ガリラヤ出身のユダが民衆を率いて反乱を起こしたが、この人も滅び、従った者もみな散らされてしまった。そこでこの際、諸君に申し上げる。あの人たち、イエスの弟子から手を引いて、そのなすままにしておきなさい。その企てとしわざが人間から出たものなら自滅するであろう。しかし、もし神から出たものならあの人たちを滅ぼすことはできない。まかり間違えば諸君は神を敵に回すことになるかもしれない。」 そこで議場はガマリエルの勧告に従い、弟子たちを呼び入れ、鞭打った後、釈放しました。

 真理は歴史が証明するのです。

 イエスのことばです。
 「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。
            ヨハネの福音書14章6節

  (PBA制作「世の光」2018.12.04放送でのお話より )

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■光は闇の中に輝き昇る / 岩井基雄

2019年01月21日 | Weblog
2018/12/3放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。第一の月曜日は詩篇から学んでいますが、今日は詩篇112篇から「光は闇の中に輝き上る」と題して私たちの思いをはるかに超えた神様のわざに心を留めてみましょう。

 今日の詩篇には、神様を恐れ、真実に歩む人の祝福が語られています。お読みします。 「直ぐな人たちのために 光は闇の中に輝き昇る。
  主は情け深く あわれみ深く 正しくあられる。
  幸せなことよ。
  情け深く 人に貸し
  自分に関わることを公正に扱う人は。
  その人はとこしえまでも揺るがされない。
  正しい人はとこしえに覚えられる。

          旧約聖書 詩篇112篇4節から6節

 まことの幸いと祝福は、神である主を正しく恐れ、主の真理に喜んで従うことにあるということが歌われています。そして主を恐れる者が祝福の光を受け、深い闇の中にあっても輝くというです。その光は主御自身が情け深く、憐れみ深く、正しいことによる、その主の光の反射と言えるでしょうね。神様に従うアブラハムに、あなたは祝福の基となると語られたその祝福が、神様に従うすべての人にも注がれ、更に他の人々の祝福ともなっていくのです。そして神様を恐れ従う人は永遠に揺るがされないと語られています。私たちは様々なことに揺るがされることがありますね。しかし、神御自身が揺るがされない堅固なお方であるゆえに、神様に信頼する者もゆるがされることなく歩む者へと変えられ続けます。そしてまたその人が他の人に注いだ小さな愛も神様は覚えていてくださり、他の人々の心にも主の愛が伝えられていくのです。

 次の節からも主を恐れ従う者の祝福が続いています。
その人は悪い知らせを恐れず
 【主】に信頼して 心は揺るがない。」
「彼は貧しい人々に惜しみなく分け与えた。
 彼の義は永遠に堅く立ち
 彼の角は栄光のうちに高く上げられる。

        詩篇112篇7節、9節

 弱く小さな私たちですが、真実な主を正しく恐れ、従い、主の祝福に与る者としてその祝福と愛を具体的に届けさせていただく者とさせていただきましょう。

 聖書のことば
 「直ぐな人たちのために 光は闇の中に輝き昇る。
  主は情け深く あわれみ深く 正しくあられる。

 
  (PBA制作「世の光」 2018.12.3放送でのお話より )
 
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