♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■地上での残された時 / 福井 誠

2022年02月28日 | Weblog

2021/8/23放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井誠です。継続は力なり。聖書を一日一日と読み進むなら、不思議にも自然に養われるものがあります。今日も聖書を開いてまいりましょう。今日は、ペテロの手紙第一 4章2節から「地上で残された時」と題してメッセージをお伝えいたします。

 「あなたがたが地上での残された時を、もはや人間の欲望にではなく、神のみこころに生きるようになるためです。」

 この働きに就いて、もう16年になりますが、振り返って思い出深いことが一つあります。それはPBAラジオ牧師の集まりがあった時のことです。その日は羽鳥明先生が車椅子で参加しておられました。私はその時に初めて羽鳥明先生とお会いしたのですが、挨拶をしようと近づきましたら、先生から手を差し伸ばして手を握り、「メッセージを聴いています。ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。」と言われたのです。

 普通の挨拶のようでありながら何か思いがけないことばをかけられたような気がして、心に残っていることです。そのことばの発し方、また手の握り方が、何か「本当に頼みましたよ。」という風に感じてきて、私は改めて自分はこの働きを神に託されているのだなあと思った記憶があります。何とも自分の例で申し訳ないのですが、ペテロが私たちに語っていることもそういうことでしょう。

 ヨハネの福音書を読むと、ペテロ自身、イエス様から直接、宣教の働きを託されていることが分かりますね。「わたしの羊を飼いなさい。」と繰り返され、更に、ペテロが他の働き人のことを気にしていると、他の人はどうでも良いから「あなたは、わたしに従いなさい。」と、ペテロはイエスに直接、働きを託されるのです。そういう意味でペテロは自らの経験を通して、私たちにも神が託されている働きがあることを伝えているのですねえ。
 神を信じ、新しい人生に踏み出したというのなら、もはやこれまでどおりの人生は歩まない。自分の欲望の赴くままではなく神のみこころを成し遂げる、そのような歩みを心がけたいものです。

 では今日も、良き一日となるように祈ります。

    ( PBA制作「世の光」 2021.8.23放送でのお話しより )


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。でも、新型コロナ禍で集まるのを制限したりオンラインの集まりに切り替えたりしているかもしれません。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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■真の平和と平安 ~どうしても伝えたいこと~/岩井基雄

2022年02月26日 | Weblog

2021/8/21放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。今年(※2021年)で70周年を迎えるラジオ番組「世の光」は、いつまでも変わることのない三つのもの、「信仰」と「希望」と「愛」を届けています。今日は、その他でどうしても伝えたい「平和」「平安」を一緒に考えましょう。

 1945年に終戦を迎えて以来、私たちは戦争のない平和を願っていますが、世界にはなお争いがあり、新型コロナの問題は私たちに不安を与え、平安を奪います。しかし聖書は、違う視点で平安を語ります。神の御子キリストのことばをお読みします。

 「わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。」
    新約聖書 ヨハネの福音書14章27節

 これはキリストが、十字架にかかられる前に弟子たちに残したことばです。キリストが与える平安は世が与えるのとは違うというのです。それは、私たちが受けるべき罪のさばきをすべてキリストが十字架で代わりに受け、三日目に死からよみがえられたからです。
 「死は勝利に呑まれた」という勝利の事実にこそ真の平安の基盤があります。キリストを信じる者はどんな中でも心を騒がせる必要がないのです。聖書はこう証します。

 「主イエスは、私たちの背きの罪のゆえに死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられました。こうして、私たちは信仰によって義と認められたので、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。」
      新約聖書 ローマ人への手紙4章25節から5章1節

 神との平和とは神にある永遠の平安をも意味します。神の愛を受け取り、キリストを信じ、罪赦されて義と認められた者は、どんな中でも神との平和、神にある平安を持つのです。どのような困難や危険のただ中にあっても神にある平安を持って、永遠の希望を待ち望んで歩むことができるのです。あなたもこのまことの平和そして平安をご自身のものとなさいませんか?

 聖書のことば
 「どうか、希望の神が、信仰によるすべての喜びと平安であなたがたを満たし、希望にあふれさせてくださいますように。」
      ローマ人への手紙15章13節

   (PBA制作「世の光」 2021.8.21放送でのお話より ) 


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東海福音放送協力会へのお問い合せは、 
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ 

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■永遠で真実の愛 ~いつまでも残る3つのもの ②~ / 岩井基雄

2022年02月25日 | Weblog

2021/8/20放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。
 今年(※2021年)で70周年を迎えるラジオ番組「世の光」は、決して変わることのないものを皆さんにこれからも届けていきます。

 いつまでも変わることのないものの三つのうちの二つを学びました。今日は最も大切なものを学びたいと思います。聖書をお読みします。

 「こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。」
         新約聖書 コリント第一の手紙13章13節

 三つ目は、最も優れている「愛」です。この手紙の受け取り手であるコリントの町は非常に栄えた町でしたが大きな混乱がありました。それは特に愛に基づく混乱でした。それゆえ本物の愛、永遠の真実の愛を人々は知る必要があったのです。

 日本語で「愛」と訳されるギリシャ語は四つあります。それは男女の愛を表す「エロース」、そして友情を表す「フィリア」、また家族の愛を表す「ストルゲ」、そして神の永遠の愛を示す「アガペー」です。

 どれもとても大切なすばらしいものですが、正しく用いられていかないと混乱が起こるのです。「エロース」も「フィリア」も「ストルゲ」もとても美しい愛で、私たちにどうしても必要です。しかしそれはやはり条件が付きます。美しいから、優しいから、我が子だから愛するというような条件です。

 しかし神の愛「アガペー」は無条件の真実な永遠の愛です。弱さも汚(けが)れもあるにも関わらず私たちを愛してくださる、唯一絶対に信頼できる愛なのです。

 そして神の御子キリストは罪ある私たちを愛し、私たちの罪のさばきを身代わりに受けて十字架で死んでくださり、死に打ち勝ってよみがえられたのです。

 このキリストのいのちがけの愛、永遠の愛で、あなたも愛されているのです。この神の愛こそ、いつまでも残る永遠のもの、そして私たちが求めるべきものです。そしてこの愛を私たちが受け取って初めて他の人を真実に愛し、赦し、耐え忍ぶことができるものとされ続けていくのです。

 あなたも、いつまでも変わることのない神への信仰と、キリストにある希望、そして、永遠で真実の神の愛をご自分のものとして力ある人生を歩んでいきませんか?

   (PBA制作「世の光」 2021.8.20放送でのお話より ) 


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■信頼と希望の輝き ~いつまでも残る3つのもの~ / 岩井基雄

2022年02月24日 | Weblog

2021/8/19放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
 今年(※2021年)で70周年を迎えるラジオ番組「世の光」は、時代が変わっても決して変わることのないものを届けています。聖書は、いつまでも変わることのないものが三つあると語ります。そのうちの二つを今日学び、明日はその中でも最も大切なものを学びましょう。今日の聖書の箇所をお読みします。

 「こういうわけで、いつまでも残るのは信仰と希望と愛、これら三つです。その中で一番すぐれているのは愛です。」
               新約聖書 コリント第一の手紙13章13節

 最初の二つは「信仰」と「希望」です。この箇所は今のギリシャ、コリントの町にある教会にあてた手紙で、当時コリントは非常に栄える中心的な町でしたが、性的混乱をはじめ秩序の混乱があったのです。そして当時のキリスト教会にも影響を与えていました。その中だからこそ聖書は彼らに本当に大切なものに心を留めて歩むようにと促しました。

 その最初が「信仰」でした。それは「信頼」とも訳すことができ、全世界を創造された神様に信頼して歩むことでした。人間の力に頼り混乱をきたしていた人々に、何よりも神様に信頼して歩むよう促したのです。それこそが神を知る者が決して失ってはならないものでした。どんな状況の中でも私たちは永遠の神様に信頼を置き、神の存在と力を信じて歩むことができるからです。

 第二は「希望」です。それも神によって与えられるものです。どんな困難や痛みが私たちを襲おうとも、神様に信頼を置く者には希望があるからです。哲学者キルケゴールは、「死に至る病は『絶望』である」と語りましたが、確かに失望や絶望は私たちから生きる力を奪います。

 しかし、神の御子イエス・キリストは私たちの罪の身代わりに十字架にかかってくださいましたが、三日目に死に打ち勝ってよみがえってくださったのです。死をも打ち破る永遠の希望が神の御子キリストにあってあるのです。あなたにも、失望に終わることのない永遠の希望が用意されているのです。あなたも、いつまでも変わることのない神への信仰とキリストにある永遠の希望をご自分のものとして力強い人生を歩んでいきませんか?
 
   (PBA制作「世の光」 2021.8.19放送でのお話より ) 


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■壊れた器の新しい輝きと力 / 岩井基雄

2022年02月23日 | Weblog

2021/8/18放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
 
 村田珠(むらたじゅこう)から武野紹鴎(たけの じょうおう)を経て千利休が完成させた「わび茶」の世界には、質素な器などに美を見い出す美しい文化がありますねえ。利休が教えた「わび茶」に、キリシタン大名たちによるキリスト教の文化や聖書の影響を指摘する学者も少なくありません。

 さらに古い日本の文化に「金継ぎ」があります。「金継ぎ」は器の割れや欠け、ひびなどの破損部分を漆によって接着し、金などの金属粉で装飾して仕上げる修復技法で、「金繕い」とも言われます。欠けたところが漆で継ぎ合わされ金で飾られた器は、より味わいのある陶器へと生まれ変わります。諸外国の人たちに感銘を与える人気の文化ですが、そこにキリストにある新しいいのちに生まれ変わった姿を覚えるという方も少なくないのです。

 昨日も紹介した聖書のことばを改めて紹介し、その続きに注目したいと思います。

 「『闇の中から光が輝き出よ』と言われた神が、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせるために、私たちの心を照らしてくださったのです。私たちは、この宝を土の器の中に入れています。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものではないことが明らかになるためです。」
     新約聖書 コリント第二の手紙4章6節、7節

 欠けの多い土の器の中に与えられたキリストにある神の栄光を知る知識の輝きは私たちの闇の心を照らし、そこから光が輝き出るようにしてくださるのですが、その宝はキリストにある新しいいのちであり、はかり知れない力を私たちに与えるというのです。しかも聖書の原文では、ダイナマイトにもつながる「デュナミス」というギリシャ語がこの「力」に用いられているのです。

 新しいいのちの輝きをもって私たちを新しい器とし、神が与えてくださる計り知れない力によって私たちはどんな苦難をも乗り越えていけると聖書は語っているのです。

 イエス・キリストにある新しい人生、欠けが埋め合わされるだけではなく、内なる輝きと力をもって私たちの歩みを造り変えてくださる、その人生がキリストにあってあなたにも用意されているのです。あなたもキリストにある新しい人生を歩みませんか?

   (PBA制作「世の光」 2021.8.18放送でのお話より ) 


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■土の器の内なる輝き / 岩井基雄

2022年02月22日 | Weblog

2021/8/17放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。

 昨日は、私たちは土の器で神様が私たちを造られた陶器師であることを学びました。今日は、「土の器の内なる輝き」について考えましょう。
 
 聖書は私たち人間を、もろく欠けやすい土の器として表現します。確かに私たちは弱く、地上の生涯を終えると身体は土に戻ります。器である私たちの身体も大切ですが、その内側の心や魂はもっと重要ではないかと思わされるのです。

 神様を賛美する「土の器」という歌があります。東京の世田谷にある玉川聖学院というミッションスクールの卒業生が作った曲です。土の器の内側にある輝きが、器の欠けたところから周りに光と輝きを届けていくという歌で、私の大好きな賛美の一つです。この歌は次の聖書の箇所をベースとしているようです。

 「『闇の中から光が輝き出よ』と言われた神が、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせるために、私たちの心を照らしてくださったのです。私たちは、この宝を土の器の中に入れています。」
       新約聖書 コリント第二の手紙 4章6節、7節

 陶器師である神様の御手で造られた私たちも、弱さや欠け、ひびを経験します。そして本来の役割を果たせなくなるのです。しかし弱さに妨げられず、欠けさえ用いて、神様によって与えられた愛と光が周りの人々に届られていくとは何という恵みでしょうか。
 しかも、「闇の中から光が」と語られているように、私たちの心の闇すなわち罪の汚れをキリストが光に変えてくださるのです。それはキリストが私たちの身代わりに罪のさばきを受け、私たちの罪が赦される道を開いて下さったからです。それゆえキリストを信じ受け入れるすべての人の心から神の栄光を知る恵みの光が輝くのです。

 神の栄光の輝き、恵みの輝きをあなたもご自分のものとして受け入れませんか? あなたがどんなに自分の弱さに悩むことがあったとしても、その内側に素晴らしい光と輝きを神様があなたに与えて下さるのです。

 キリストのことば
「わたしの恵みはあなたに十分である。わたしの力は弱さのうちに完全に現れるからである」
   コリント第二の手紙 12章9節
 
   (PBA制作「世の光」 2021.8.17放送でのお話より ) 


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■陶器師なる神の御手 / 岩井基雄   

2022年02月21日 | Weblog

2021/8/16放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。「暗き世の光」から始まり(※2021年で)70周年を迎える「世の光」ですが、この番組を始められた羽鳥明先生が好きだった焼き物に、石川県能登の珠洲焼というのがあります。

 「幻の古陶」と呼ばれる珠洲焼は十二世紀後半から十五世紀末にかけて能登の珠洲市周辺で作られた中世を代表する焼き物です。十四世紀には日本列島の四分の一に広がるほど隆盛を極めましたが、戦国時代に忽然と姿を消したのだそうです。しかしわずかに残された断片からその素朴で力強い美しさが人々を魅了し、約四百年の時を経て再び発祥の地、能登によみがえりました。よみがえった珠洲焼が放つ深い黒の輝きや、手仕事ならではの温かみが人々の心を捉え、珠洲焼に情熱を注ぐ陶工たちが新たに誕生しているそうです。ロマンがありますねえ。一度は失われた輝きがまた本来の輝きを取り戻すというこの珠洲焼は、キリストにある新しい人生、新しいいのちを表しているかのようです。

 聖書の中に、神様が陶器師で私たちはその手によって創造された陶器、という表現が幾度か出てきます。

 「しかし、今、主よ、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。私たちはみな、あなたの御手のわざです。」
        旧約聖書 イザヤ書64章8節

 私たちは神様によって造られたすばらしい作品、神の御手のわざなのだと聖書は語っています。

 そして真の陶器師である神様は私たちを内側から造り変え、本来の輝きをよみがえらせてくださることができるのです。そのためにも私たちが本来のあり方から離れてしまっていることを自覚し、神のもとに、真の父であり造り主である神様のもとに戻り、神様の御手に私たちの人生を委ねることが必要です。

 昨日は終戦記念の日でしたが戦争の悲しみや痛みは今なおこの世界に残っています。しかし、だからこそ私たちは真の平和を願い、まず私たちの内側に真の平和そして平安が与えられるようにと願います。真の平和を私たちも求めていきたいと思います。
 
   (PBA制作「世の光」 2021.8.16放送でのお話より ) 


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■イエスがそばに立っておられる / 羽鳥頼和

2022年02月19日 | Weblog

2021.8.14放送

 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。ラジオは、送り手と受け手の関係をパーソナルな親しい関係にするメディアと言えます。今日もあなたに神のことばをお届けしたいと思います。

 私が奉仕している教会の今年度の主題は「主とともに歩む」です。コロナ渦でソーシャルディスタンス(人との距離)を取らなければならない時代です。でもイエス・キリストはいつも共にいてくださいます。教会はその主としっかりとつながり、主と共に歩んでいけることを願っています。

 断絶の時代です。人の絆、家族をも分断してしまうこの時代にあって、キリストこそ断絶の壁を取り払い、私たちに幸せな絆を作って下さるお方です。そのことを聖書が教えてくれています。今週は、神のことばを宣べ伝えているパウロのことをお話ししてきました。

 パウロが律法のことでユダヤ人に訴えられて最高法院で尋問を受けた時のことです。パウロは弁明をしますが、議員たちは一致団結してパウロを攻撃していました。そんなとき、パウロは議員たちの一部がサドカイ人で、一部がパリサイ人であるのを見てとって、「私はパリサイ人です。私は死者の復活という望みのことでさばきを受けているのです。」と言いました。

 パリサイ人は人の復活を信じていました。しかしもう一方のサドカイ人は人の復活を認めていませんでした。パウロのこの発言によって議員同士が真っ二つに分かれて激しい論争が始まりました。その裁判を監視していたローマの千人隊長はパウロに危害が及んではいけないと、彼をその場からローマ軍の駐屯地の兵営に移しました。

 その夜のこと、何とイエス・キリストがパウロのそばに立たれました。「勇気を出しなさい。あなたはエルサレムでわたしのことを証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」と言われたのです。主イエス・キリストは、いつもパウロと共にいて、共に歩んでおられたのです。今も主は私たちと共に歩んで下さるお方です。

   (PBA制作「世の光」2021.8.14放送でのお話より)
 
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■迫害する者がみことばを宣教する者に / 羽鳥頼和

2022年02月18日 | Weblog

2021.8.13放送

 世の光の時間です。羽鳥頼和です。

 ある新宗教団体に興味を持ち、その団体が独自に放送していたラジオ番組を聴こうとした人がいました。チューニングをしていると、たまたま「世の光」の番組を聴きました。そしてキリスト教に興味を持ち、その方はキリスト教会に行くようになったのです。後にその新宗教団体は非合法な活動をしていきました。この方が「世の光」ではなくその番組を聴き続けていたら大変なことになっていたと思います。神は大胆な方法で神のことばを届けるお方だと思いました。

 今週お話ししているパウロも、神による大胆な方法で神のことばを伝える宣教師となりました。パウロは旧約聖書を熱心に学び、その教えに厳格な律法学者でした。彼は熱心のあまりキリスト信者たちを迫害していました。そんな彼に、復活されたキリストが語りかけました。彼はキリストのことばを聞き、この方が旧約聖書で預言されている神の御子、・救い主であることを信じたのです。

 パウロ自身、神のことばを大胆に語りました。反感を露わにした人々に対しても彼は神のことばを語ったのです。そのために騒動が起こりました。それを監視していたローマの千人隊長はパウロを捕らえて、鞭で打って尋問をしようとしました。ところが、パウロがローマの市民権を持っていることを知ると、隊長は鞭打ちの命令を取り消しました。市民権を持つ者は正式な裁判を受ける権利があったからです。

 パウロは裁判で神のことばを語る機会を与えられました。ローマの市民権はローマの法律による様々な特権がありました。ローマの市民権を持つ人は結婚や財産が法律で守られ、選挙権、被選挙権がありました。裁判を受ける権利があり、判決に不服があればローマ皇帝にも上訴できました。

 私たちはこのようなローマの市民権よりももっとすばらしい権利を持つことができます。それは神の国の市民となることです。イエス・キリストを信じるならば、その人は神の国の国籍をいただいて、必要なものはすべて与えられ、神の守りと導きをいつも受けることができるのです。

   (PBA制作「世の光」2021.8.13放送でのお話より)
 
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■キリストについてのみことばを聞くことから / 羽鳥頼和

2022年02月18日 | Weblog

2021.8.12放送

 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。今日は、どうして私が「お聴きくださりありがとうございます。」と御挨拶するのかお話ししたいと思います。

 二つの理由があります。一つ目は、あるリスナーのおばあさんのことばです。「以前、ラジオメッセンジャーに、『お聴きくださりありがとうございます。』と言われて、とても嬉しくて、思わずラジオに向かって、『こちらこそ、ありがとうございます。』とお返事しました。」と聞いたのです。ラジオは送り手と受け手がとても親しくなれるのだと思いました。

 「お聴きくださりありがとうございます。」と私が御挨拶するもう一つの理由は、聖書のみことばによるのです。信仰は聞くことから始まります。まずキリストについてのみことばが語られます。そのみことばを聞いた人がキリストの十字架と復活を知ります。そしてイエス・キリストを自分の救い主であると信じるのです。ですから聴いてくださることは感謝です。

 今週お話ししている使徒パウロは各地でキリストについてのみことばを語りました。パウロは旧約聖書を熱心に学び、その教えに厳格な律法学者でした。彼は初め、キリストの信者たち・教会を迫害していました。そんな迫害者であった彼はキリストのことばを聞き、この方が旧約聖書で預言されている神の御子・救い主であることを信じました。そしてキリストが人を救うために十字架にかかり死んでくださり、三日目に復活されたことを語ったのです。

 パウロは聖霊なる神から神のことばを語る力を与えられていました。同じ聖霊なる神は今も生きていて、私たちのうちに働いて下さっています。今も聖霊なる神は働いておられます。人にキリストについてのみことばを語らせ、聞いた人がイエス・キリストを自分の神・救い主であると信じることができるようにしてくださっているのです。

    (PBA制作「世の光」2021.8.12放送でのお話より)
 
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