♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して72年、
PBA『世の光』を文字で 

■鉄は鉄によって / 福井 誠

2024年05月18日 | Weblog

2024/02/03放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井誠です。この一週間、皆さんと聖書の箴言を読み続けることができて、本当に感謝でした。次回の私が担当するバイブルメッセージも楽しみにしてください。「継続は力なり」 ぜひ聖書を読み続けてください。
 今日は、「鉄は鉄によって」と題してお話しします。旧約聖書 箴言27章17節をお読みします。

 「鉄は鉄によって、人はその友によって研がれる」

 聖書を読んだことはなくても、このことばは聞いたことがあると思う方はいらっしゃるのではないでしょうか。「鉄は、鉄によって、人はその友によって研がれる」 言っていることは単純で、その通りのことです。

 私の人生も60年が過ぎ、これまでの人生を思い起こしてみると様々な出会いがあったと思います。ただこの歳になって考えていることは、あの人との出会いは悪くて、この人との出会いは良い、そのように考えるのは間違っているなと思うことです。つまりすべては神様が、私自身の人間としての必要と成長のために出会わせてくださった人、なくてはならなかった人なのだ、ということです。

 一昨年(おととし)、昨年、母と父を天に送り、自分が随分聞き分けのない少年時代・青年時代を過ごしたと考えさせられたことがあります。もう少し母がこういう人であれば、あるいは父がこういう人であれば、自分の生き方も、人に対する姿勢ももっと違っていたのではないか、と。
 しかし、そのようにあれこれ考えて、やはりそうではないな、と思うところがありました。人の人生は、決して親子二代で完結しているわけではありません。また、私にとっての親もまた自分の親との関係の中で、悩み考えたことがあるはずです。

 人は神によって不思議な巡りあわせを与えられて生きています。その巡りあわせの中で、人は心を試され、また建て上げられながら生きています。そこで人は自分の人生での出会いの良し悪しを決めたがるものですが、むしろ大切なのは、神が与えてくださったすべての出会いから何かを学ぶことでしょう。そのようにして研がれた器に、神はさらに良き働きを与えられるのです。


 ( PBA制作「世の光」 2024.2.3放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■近くにいる隣人 / 福井 誠

2024年05月17日 | Weblog

2024/02/02放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 今週は福井誠が担当しています。その第五日。
 「継続は力なり」 日々聖書を読み深めるなら自然と養われてくるものがあるものです。
 今日は箴言の27章の続きから学んでまいりましょう。「近くにいる隣人」と題してお話しします。旧約聖書 箴言27章10節をお読みします。

 「あなたの友、あなたの父の友を捨てるな。あなたが災難にあうとき、兄弟の家に行くな。近くにいる隣人は、遠くにいる兄弟にまさる」

 伝統的に、この箴言を書いた著者はソロモンだと言われています。ソロモンがこの箴言を編集したと考えると、彼は父ダビデの生涯を思い起こしながら編集していたのではないか、と思うところもあります。つまり、ソロモンの父ダビデはサウル王の部下であった時に、サウル王に妬まれ、憎まれて王宮から追放され、荒野を彷徨った時がありました。

 ソロモンは言います。「憤りは残忍で、怒りはあふれ出る。しかし、ねたみの前には、誰が立ちはだかることができるだろうか」

 人の妬み心ほど恐ろしいものはありません。それは人を徹底して破壊しようとします。ソロモンは、このことばを綴りながら、父ダビデの生涯が描かれたサムエル記を思い起こしていたのではないでしょうか。

 そんなときにはどうしたらよいのか。ダビデを助けたのは神でしたが、実際には多くの近くにいる隣人がダビデを助けました。

「あなたの友、あなたの父の友を捨てるな。近くにいる隣人は、遠くにいる兄弟にまさる」

 人は、安定した地位を奪われ、まるで浮き草のように漂う人生を強いられることがあるものでしょう。
 しかし、そんな時に助けになるのは遠くにいる兄弟よりも身近な友です。
 なぜなら、心のつながった関係は血のつながりを超えた関係であるからです。

 いざと言う時に助けとなってくれる心の繋がった友を持っていくこと、人生において大切なものです。ちやほやしてくれる人間関係など幾ら持っても無駄です。信仰を持つ人は近くにいる隣人との関係を大切にする人でもあると心得ましょう。


 ( PBA制作「世の光」 2024.2.2放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■明日のことを誇るな / 福井 誠

2024年05月16日 | Weblog

2024/02/01放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 今週は福井誠が担当しています。その第四日。「継続は力なり」 日々聖書を読み深めるなら、自然と養われてくるものがあるものです。
 今日は箴言の27章から見てまいりましょう。「明日のことを誇るな」と題してお話をします。旧約聖書 箴言27章1節をお読みします。

 「明日のことを誇るな、一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないのだから」

 物事が計画通りに進むかどうかなど誰にも分からないものです。確かに一体誰が2019年末に新型コロナの問題で社会がこれほど破壊的な影響を受けるなど考えたことでしょうか。このコロナのためにおよそ3年間、自分の計画や働きが全く思わぬ事態に直面させられた、と思わされた人も多いことでしょう。まさに「明日のことを誇るな」 自分の業績を誇り、物事をああしてやろう、こうしてやろうという傲慢さに陥らないようにしたいものです。人生は思う通りにはならない。これが現実なのです。

 そこで箴言の著者は、色々な物事に謙虚になるように、と勧めます。
 ということは、逆に思い通りにならないときには、その緩慢とした時に漂うことを考えてみたいのです。 つまり、思い通りにならないからといって、へそを曲げてしまわない。他人がうまくいっているからといって妬まない。うまくいっている人がいたとしても、その先どんな結末が起こるかも分かりません。ただ物事が流れるように物事を見ていく。

 新約聖書の中でイエスは、「明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります」と語りました。その意図は、天の父が、私たちが心配する以上に私たちの将来のことを考えてくださっている。そして天の父が、野のゆりを美しく飾り、空の鳥を養ってくださるように私たちに対しても配慮をしてくださることを伝えようとするものでした。

 確かなのは、私たちをお造りになり私たちの人生にご自分の支配を及ぼしておられる神様の存在です。今日も自分の人生は神に守られていると信頼し、安心して今日の務めに出てまいりましょう。

 では今日も元気にいってらっしゃい。


 ( PBA制作「世の光」 2024.2.1放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■質の悪い銀を塗った土の器 / 福井 誠

2024年05月15日 | Weblog

2024/01/31放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 今週は福井誠が担当します。その第三日。昨日に続き、26章の後半を読みますが、今日は、この三日間お話ししたことをまとめて、「質の悪い銀を塗った土の器」と題してお話します。旧約聖書 箴言26章23節をお読みします。

 「燃える唇も、心が悪いなら、質の悪い銀を塗った土の器」

 箴言の著者は、人も様々、人生、人に躓かないために、人間についての洞察を深めるように教えてきました。愚か者、自惚れ屋、怠け者そしておせっかい屋、嘘つき、噂好きや争いごとの好きな人、つまり困った人たち、様々な人がいるのです。
 26章の最後で著者が取り上げるのは口上手な人間です。「口に蜜あり、腹に剣あり」と言います。あるいは「巧言令色鮮(すくな)し仁(じん)」ということわざもあります。しばしば親しみを込めて近付きながら、腹には「七つの忌み嫌われるもの」、つまり様々な悪い考えを持っている人もあるもの。いわゆる建前と本音が違う人はいるものでしょう。これが人間の現実です。

 ただそこで色々と注意すべき人、警戒すべき人のことばかり考えていたら、何となく疑心暗鬼になって、人生にも消極的な思いが出てくるのではないでしょうか。しかし著者は、注意すべき人があることを示しながら、たとえ洞察が足りず人に躓くことがあっても、いちいち慌てないことだと言い切っているようです。

 つまり、人が心の中に憎しみを持っていたなら、それは隠しとおせるものではない、いずれ露わにされるのだ、と。また、密かに悪を図るものは自分で自分の身を亡ぼす運命にある、と言います。

 大切なのは、私たちの人生に関わり正しいことをなさる神がいることです。そして、神を恐れて生きる者には、神の守りと助けがあるということです。
 たとえ神に守られなかったと思うようなことがあっても、落胆してはなりません。先を見ることです。また物事をよきにしてくださる神に期待することです。

 大切なのは、聖書のことばによっていつも心を引き締め、物事をよく見極めながら歩むように努めることでしょう。質の悪い銀を塗った器を人は見極めますが、人を見極める力も神に育てていただきたいものです。


 ( PBA制作「世の光」 2024.1.31放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■争いをかき立てる / 福井 誠

2024年05月14日 | Weblog

2024/01/30放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 今週は福井誠が担当しています。今日はその第二日。今日は昨日の続きで、「争いをかき立てる」と題してお話しします。旧約聖書 箴言26章20節をお読みします。

 「薪(たきぎ)がなければ火が消えるように、陰口をたたく者がなければ争いはやむ」

 人も様々、人生人に躓かないためには、やはり人を見る目をよく養うことが大切です。それで昨日は、愚か者、自惚れ屋、怠け者に注意、というお話をしました。これまでの人生を振り返ってみると随分苦労させられたな、と思う人間関係があるとすれば、それは避けるべき人と真正面に向かい合っていたため、あるいは自分がそうであったためなのか、と考えさせられたところです。

 新しい年はぜひ良い年にしたいです。ですから、箴言をよく読んで、人生の躓きのもととなる人の在りようについて洞察を深めてまいりましょう。

 以前「困った人たちの精神分析」という本を読みました。精神科医の小此木圭吾先生が書かれた本ですが、若い頃の自分にとっては、人間関係を考える上で非常に役に立った記憶があります。
 今日の箇所で箴言の著者が語っていることも、その内容に重なるようなところがあります。つまり著者は、ここで困った人たちについて語っているのです。

 例えば、自分に関係のないことに口出しをするおせっかいな人。また真顔で嘘を突き通す人つまり平気で人を騙す人です。このような人に近づいたら災いは免れ得ません。さらに噂話の好きな人。うかつなことを話したら大変なことになります。距離を取るべき人間関係があるのです。それから、何かと争いごとが好きな人も要注意。彼らは愉快犯のようなもので、人と人が衝突するのを本能的に楽しみとするような人です。ですから、何か衝突が起こったら、ひょっとしてこれが目的かも? と考える思慮深さも必要です。争いごとはつまらず、人のエネルギーを無駄にします。

 こうしてみると、聖書はただ信仰を解き明かしているというよりも、人間存在の在りようを根本から深く考えさせてくれる書だと言えます。神を信じるのは、人生をより良く生きることでもあるのです。


 ( PBA制作「世の光」 2024.1.30放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■理由なしに呪いは来ない / 福井 誠

2024年05月13日 | Weblog

2024/01/29放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか? お久しぶりです。今週は福井誠が担当します。新しい年も早いもので、もう一か月。皆さんのスタートはどのようなものであったでしょうか。聖書のことばに励まされ押し出された歩みであったでしょうか。「継続は力なり」、今日からまた聖書の箴言を読んでまいりましょう。

 今日は「理由なしに呪いは来ない」と題してお話しします。旧約聖書 箴言26章2節をお読みします。

 「逃げる雀のように、飛び去る燕のように、理由なしに、のろいが来ることはない」

 逃げる雀、はたと脇を見れば猫がいる。あるいは、飛び去る燕、はたと脇を見れば棒で巣にいたずらしている子どもがいる。そんな光景でしょうか。物事が起こるにはそれなりの理由があるものだ、ということでしょう。

 このように語る著者が読者の注意を向けるのは人です。人も様々です。もちろん色眼鏡をつけて人を決めつけて見るのはよくないことでしょうが、箴言の著者はある程度、人を見極めてお付き合いすべきであると教えているようです。それによってさまざまな結果が生じるからです。

 例えば、箴言の著者が今日読んだ箇所のあとで取り上げているのは「愚か者」です。愚か者は議論が通じないので、馬にむち打つように打ちたたいて教える以外に道のない人だ、と言い切ります。
 けれども、その愚か者に輪をかけて始末の悪い存在は「自惚れ屋」です。自信過剰の人間はもう矯正不可能だ、と言うのです。もしこのような愚か者とどうしても関わらざるを得なくなったのなら、その愚かさに巻き込まれないように努めることだ、と言います。

 また著者は「怠け者」を挙げます。怠け者はあれこれ言い訳をして仕事や責任から逃れようとします。面倒くさいことをしたがらない人です。このような人には最初から物を頼まない、関わらないことでしょう。

 どうでしょう、これまでの歩みを振り返って、自分はどうだったかなと考えてみたいところです。どういうわけか苦労したなと思う人間関係、実は自分の問題だったのかなと考えてみる。少し、聖書を読みながら自分の新しい年の歩みを点検してみたいところです。

 では今日も良き一日となるように祈ります。


 ( PBA制作「世の光」 2024.1.29放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■わたしは決してあなたを見捨てない / 岡 好美 ②

2024年05月11日 | Weblog

2024/01/27放送

 「世の光」の時間です。私は、山形県山形市にある山形南部教会の牧師の岡 好美です。

 ヘブライ人への手紙13章5節を聖書協会共同訳でお読みします。
 「わたしは決してあなたを見捨てず、決してあなたを置き去りにはしない」

 ある日、一人暮らしの父がサウナで熱中症になり救急車で運ばれICUに入ったということを知らせる電話を貰いました。新幹線の中で今までのことが思い出されました。高校二年生の時イエス様を信じたこと、その時から家族のためにお祈りを始めました。母がイエス様を信じて、それから二年後、再婚した父夫婦も信じました。離婚した父と母は仲直りなどできないと思っていましたが、この倒れる前の夏、父は「いろいろすまなかった。いつも祈っているよ」と母に電話で詫び、一緒に感謝の祈りを捧げました。そんなことが走馬灯のように頭の中を駆け巡りました。

 ICUでは父との面会が許されました。三日目に父は私に気付き、驚いた顔をしていました。祈りをささげると唇がアーメンと動きました。「イエス様はずっと一緒、天国まで一緒ですよ」というと、父は頷きました。

 それでも長引く病院での日々、私は先が見えず、疲れ切っていました。
 クリスマスイブの日、私は独りぼっちで、無力感の中でどうしていいか分からずにいました。「神様、お助けください。あなたを礼拝したいのです」とお祈りしたその時、「諸人こぞりて・・・」と賛美歌が聞こえてきました。見ると多くの看護師がキャンドルを片手に笑顔で集まり、それぞれキャロリングに出発するところでした。一般の病院です。「きよしこの夜」と次々に賛美歌が響きました。

 「わたしは決してあなたを見捨てない」というみことばとともに、イエス様がすぐ近くにいてくださるのを感じました。
 数日後、父は穏やかな顔で召されました。神様の御手の中で人の一生は本当に尊いものだと気づかされます。

 イエス様はあなたをも愛しておられます。ぜひお近くの教会へ足を運んでください。祝福をお祈りいたします。


 ( PBA制作「世の光」 2024.1.27放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■求めよ、さらば、与えられん / 岡 好美 ①

2024年05月10日 | Weblog

2024/01/26放送

 「世の光」の時間です。私は山形県山形市にある山形南部教会の牧師の岡 好美です。

 マタイによる福音書7章7節を聖書協会共同訳でお読みします。
 「求めなさい。そうすれば、与えられる。
   探しなさい。そうすれば、見つかる。
    叩きなさい。そうすれば、開かれる」

 ある日、高校の宿題の中に、Ask, and it shall be given to you. 「求めよさらば与えられん」がありました。友人に誘われて教会に通うようになった私は、聖書を読み進めるうちに、このことばを見つけました。「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる」 鳥肌がたちました。

 教会である祈祷会にも参加するようになりました。自分のためにも教会のためにも、他の人たちのためにも祈ります。集会の最後に一言ずつ書いて葉書を送ります。「うちの教会は新会堂のためにお祈りしています。そちらは20世紀梨が名産ですね。私の好きなみことばは『求めよさらば与えられん』です」

 次の週、教会宛に会堂建築の献金と、私宛に20世紀梨が二箱届きました。なぜ会ったこともない人のために、こんなことができるのだろうと思いました。私は、これからの人生、何のため生きていくのか考えはじめました。
 祈る中で、両親の離婚のことで傷つき、父に対して赦せない心を抱いている自分を隠して生きてきたことに気づきました。

 夏の中高生会で、キリストの生涯について聖書から辿りました。まるでその聖書のことばが映像と共に浮き上がってくるようでした。あざ笑う人々の前で十字架の苦しみを受けながら、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」とイエス様は祈られました。そしてその祈りはこの私のためであったと分かりました。赦せない心を持っている私の代わりにイエス様は十字架で死なれました。三日の後に復活して、今も生きて愛していてくださることを知りました。

 「求めよ、そうすれば与えられる」 変わらない永遠の愛を私は求め、それが与えられたのです。
 17歳の秋、キリストを信じた私は聖書をワクワクしながら読むようになりました。今も聖書を読む度に、朝ごとに力が与えられます。

 聖書を通して神様は語ってくださいます。あなたもぜひ神様を求めて聖書を読んでください。祝福をお祈りいたします。


 ( PBA制作「世の光」 2024.1.26放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■イエス様のもとに行きましょう / 渋谷 望

2024年05月09日 | Weblog

2024/01/25放送

 「世の光」の時間です。山形県山形市にある、あかねヶ丘キリスト教会の牧師、渋谷望です。

 皆さん、いかがお過ごしでしょうか。新しい年2024年になって早いもので、1月もあとわずかで終わりになります。みなさんにとって、去年一年間はどのような一年だったでしょうか。とても、充実した一年でしたか? 人生は順調なことばかりではありません。様々な挫折や失望を経験したり、辛い重荷を背負い続けて疲れていませんか?

 聖書には次のように書いてあります。
 「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのもとに来なさい。
    わたしがあなたがたを休ませてあげます」
              マタイの福音書 11章28節

 「わたし」とはイエス・キリストのことです。イエス・キリストは、「すべて疲れた人、重荷を負っている人は、自分のもとに来なさい」と言われました。だれであっても疲れている人は、その重荷を背負ったままでイエス・キリストの元に行くように、招かれているのです。

 それは、イエス・キリストを自分の個人的な救い主として信じて従う、ということです。

 イエス・キリストは私たちを招いておられます。その招きに応えることです。イエス・キリストの元に行きましょう。
 そうすれば、イエス・キリストご自身が私たちに本当の休みと安らぎを与えてくださいます。

 それは、どんなにお金があっても地位があっても得ることができない安らぎです。本当の休みと安らぎを知るならば、たとえ社会や家庭で辛いことがあっても、耐える力が与えられ、人生を歩み続けることができるのです。
 疲れたままで、重荷を負ったままで、私たちに休みを与えてくださるイエス・キリストのもとに行ってみませんか?

 キリスト教会では、イエス・キリストのことが書かれている聖書の話をしています。本当の人生の安らぎを得るため、イエス・キリストがどんなお方か知るために、聖書を読んでみませんか? 聖書のお話を聞きたいと思っているお方や、個人的に聖書を読んでみたいと思っている方は、どうぞこの放送で紹介しているお近くの教会にぜひお越しください。


 ( PBA制作「世の光」 2024.1.25放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■クリスチャンとの出会い / 森谷正志

2024年05月08日 | Weblog

2024/01/24放送

 「世の光」の時間です。山形市に住む牧会メンター森谷(もりや)正志です。

 クリスチャンとの出会いがもたらした私の意識の変化について紹介します。

 高校二年の夏、肺結核と診断され、即入院となりました。その二週目の日曜午後、看護師さんが、「教会の方々が慰問に来られています。一号室にどうぞ」との呼びかけに何気なく行ってみました。迎えてくれた男女四人ほどの青年たち、その柔和な優しい笑顔、謙虚な振る舞いに驚きでした。

 さらなる驚きはそれを機に、自分自身を見つめる意識が強くなったことです。人との比較の中での自己評価、成績順位に一喜一憂し、優位性に安堵感を覚える自分に気づきました。
 同時に青年たちの麗しい人格は単なる個性や性格ではなく、彼らが紹介してくれた聖書に秘訣があるのではと考えました。

 肺結核と診断され郷里に帰る時、お世話になっていた伯父さんから、「病院に入院したらこれを読みなさい」と渡されたのが聖書であることを思い出し、早速家に電話し持ってきてもらいました。詩篇付きの新約聖書で、ベッドで無我夢中に読んだものの核心を掴めません。青年たちの定期的な訪問の際に少しずつ理解を深めていきました。

 そしてクリスマスキャロル。その夜、寝静まる病院の内庭から聞こえる賛美の歌声に目覚め、窓のカーテンを開けると、雪明かりと揺らぐローソクの灯火の中、あの青年たちと看護師さんたちのにこやかな顔がはっきりと見えました。

 コリント人への手紙第二 5章17節
 「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。
        古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」

 クリスチャンとの出会いがあなたにも訪れるよう祈ります。


 ( PBA制作「世の光」 2024.1.24放送でのお話しより )


******
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
******  
 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする