♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して68年の
「世の光」を文字で 

■親子の断絶 / 羽鳥頼和

2019年08月31日 | Weblog
2019/7/27放送

 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。
 現代において家庭には様々な問題があります。聖書でも実際にあった家庭の問題が語られています。今日は旧約聖書サムエル記からダビデの家の問題についてお話しします。

 その問題とは家庭内暴力と性的不品行、更に兄弟を殺してしまうこと。そして長く続く親子の断絶です。まずダビデの長男のアムノンが母親の違う妹を好きになり彼女を恥ずかしめてしまいます。その妹の実の兄であるアブシャロムはその事を知り、怒ってアムノンを殺してしまいます。自分の兄を殺したアブシャロムは外国へ逃げます。ダビデはただ長男アムノンの死を悲しむだけでアブシャロムに対しては何もしませんでした。こうして3年が過ぎてしまいます。ダビデの部下ヨアブはこのままではいけないと考えて、賢い女性の助けを借りてダビデを説得します。ダビデは自分の間違いを認めて、アブシャロムが自分の所に帰ることを許します。しかしダビデはアブシャロムに会おうとしませんでした。ダビデはアブシャロムを完全には赦すことができなかったのです。

 このように聖書は、家族の問題と共にダビデの弱さ、そして罪を語っています。実はダビデは自分の息子たちが間違いを犯すよりも以前に、大きな罪を犯していました。それは自分の部下の妻を好きになり、不倫をし、それを隠すために王の立場を使ってその部下を戦場に送って殺してしまい、彼の妻を自分のものとしてしまったのです。聖書はダビデが罪人であったことを語ります。しかしそれで終わりではありません。聖書は、神がダビデを悔い改めさせて彼に救いと回復を与えられたことを語っていくのです。

 聖書は私たちにもこう約束しています。
主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」 
               (新約聖書 使徒の働き16章31節)  
神様は私たちの家族を救おうとしておられます。

 明日は日曜日です。ご家族でお近くのキリスト教会にいらしてください

 (PBA制作「世の光」 2019.7.27放送でのお話より )
 
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このサイトは URL名として
 http://yonohikari.biblica.info 
が使えます。。携帯からもこのURLでどうぞ。

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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

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■ザアカイの応答 / 関根弘興

2019年08月30日 | Weblog
2019/7/26放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 イエス・キリストがエリコという町にやってきた時のことでした。大勢の人がイエス様を見ようと集まってきました。その中に、町一番の嫌われ者の取税人ザアカイという人が木の上に登って、向こうからやってくるイエス様を見ていました。すると何とイエス様は、このザアカイに向かって、「ザアカイ、急いで降りてきなさい。わたしは今日、あなたの家に泊まることにしてあるから。」と言われるんですねえ(ルカの福音書19章5節)。彼はびっくりして急いで木から降りてきて、大喜びでイエス様をお迎えしたんです。それは単に家に泊まっていただき接待したという以上のことを実は示しています。自分の家、つまり自分の一番大切な場所にイエス様に来ていただいた、お迎えしたということなんですね。

 イエス様をお迎えしたザアカイの人生は実はここから一変していきます。ザアカイは、「主よ、ご覧ください。私は財産の半分を貧しい人たちに施します。だれかから脅し取った物があれば、四倍にして返します。」(ルカの福音書19章8節) そのように告白し始めたんですねえ。今までの愚かな行為を反省するだけではなくその償いをすること。また人々に自分の財産を分け与えることを約束していったんですね。ザアカイは決して強いられてでも無く、いやいやながらでも無く、自発的にこのことを言い出したんです。

 私はこう考えるんですね。人はありのままを受け入れられたら、もはやそのままでは居られなくなる。そう思うんです。イエス・キリストがありのままの自分を受け入れてくださる。そのことを知った時に、以前のままではなく新しくキリストの愛に生きる歩みを始めていこう、そんな出発となっていくんですねえ。

 イエス・キリストはそんなザアカイに対して、「今日、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。」(ルカの福音書19章9節)と言われました。この「アブラハムの子」というのは神様の祝福を受け継ぐことのできるものという意味があります。つまりザアカイは人々から今までは無視され、嫌われ、罪人呼ばわりされているような人でしたよね。でもそんな彼も、神様に愛されてる大切な人ですよ、とイエス様は言われたのです。イエス様はザアカイの名を呼び、ザアカイの家に来てくださり救いを実現してくださいました。そしてこの同じイエス様があなたの名を親しく呼び、あなたのありのままを受け入れてくださり、共に歩もう、と招いてくださっています。この招きに応答し、新しい人生をあなたも始めていきませんか?

     (PBA制作「世の光」2019.7.26放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

■十戒 自由への励まし-115 偽証してはならない / 大嶋重徳

2019年08月29日 | Weblog
2019/7/25放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒第九戒は「隣人に対し、偽証してはならない。」(申命記 5章20節 新改訳第三版、参照出エジプト記20章16節)です。
 
 それでは、自分は正直に生きている、自分は嘘をついていません! と言い張る人は第九戒に違反をしていないのでしょうか? しかし本人の気が付いていない自分の正当性をのみ主張する正義感ほどたちが悪いものはありません。第九戒は「隣人に対して」ということばがあることを私たちは忘れてはいけません。第九戒は、自分が正直であることへの自己満足を目的とはしていません。第九戒は自分の正しさを言い張るための道具ではなく、隣人に対しての自らのあり方を問うているのです。私たちは事実に即したことばであるかよりも愛に満ちた真実が含まれているかという事を問うべきです。私たちが語ることばが真実に忠実であろうとするならば、私の語ることばが誰に語るかに応じて違ってきます。真実なことばは硬直したことはではなく、私たちの生活の中に生きて働く優しさを伴ったことはであるはずなのです。

 ある人(※東欧の神学者ロッホマン)がこう言いました。「真理は常に当惑している隣人の事情を考えて探求され証言されるものである。真理は自分に好都合なものではない。真理は第九の戒めの中にあるのであって、キリストの光の中にある。すなわち愛へとと向かう方向付けの中にあり、それは隣人の事情を考慮することを意味する。」と語りました。十戒第九戒の語る真理こそキリストの光、イエス様の愛の方向づけがあるのかということを問うのです。幾ら正しいことを言う場合も、いや正しいことを言おうとする時にこそ、今私の動機は愛から始まっているのか?という事を考える必要があるのです。

 第九戒は、隣人に起こっている事柄や事情を無視し、原理原則論でさばき、訴えることもまた許していません。私は牧師をしていますが、牧師には守秘義務があります。そこで、いくら教会員に「先生、本当のこと言ってください。」と突きつけられても、選び取らなければならない沈黙があるのです。その時むしろ自分が非難を受け恥をかかされたとしても、信頼を失いそうになったとしても、孤独に秘密を守らなければならないこともあるのです。これは先に挙げた隠蔽や自己弁護の言い訳とは全く違うものです。

 今朝、私たちの正しさが隣人への愛の光の中にあるものとなりたいと思います。今日も私たちのいかなる言動の動機も愛となるようにお祈りしましょう。

    ( PBA制作「世の光」2019.7.25放送でのお話しより )

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■自分の道を確かなものとした / 福井 誠

2019年08月28日 | Weblog
2019/7/24放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。
 継続は力なり。聖書を一日一日と読み進むなら、不思議にも自然に養われていくものがあるものですね。今日も聖書を開きましょう。歴代誌第二27章6節 「自分の道を確かなものとした」と題してメッセージをお伝えいたします。
 「ヨタムは勢力を増し加えた。彼が、自分の神、【主】の前に、自分の道を確かなものとしたからである。
 
 先週に続いて器の小さい王様のお話が続きます。今度はヨタム王。彼は神に大いに祝福されました。その理由は、彼の神、主の前に自分の道を確かなものとしたからである、とあります。つまり彼は主に従うことを第一とし、自分の道を正したのです。実際の所、ヨタムの生涯は短く、その統治期間も余り長くはありません。けれども山室軍平という救世軍と呼ばれている団体の牧師であった人が、「善政は長政に勝る」と言いました。そのように、どれだけ長く生きたかではなく、どのように生きたかが大切ですね。そのような意味でヨタムはただ長く生き延びたのではなくて、短くも神の前に正しい人生を選び取り、ユダの国を繁栄に導いたのです。

 そこでラジオを聴いている皆さんに問いかけたい事は、このヨタムのエピソードを収めた歴代誌を最初に読んだのは誰か、そしてその読者は何を考えたか、ですね。ユタム王以降、やがてユダの国はバビロン(※新バビロニア帝国)という国に滅ぼされて多くの人が捕虜となってバビロンに連れ去られていきました。そのあと彼らはイスラエル再建のために祖国に戻ってきます。歴代誌はその人々に向けて書かれたものですね。惨めな敗北の過去を背負いながら、新しく祖国を再建しようとした人々に向けて書かれたのです。ですから彼らはこの歴代誌を開いて、神の前に自分の道を確かなものとしたヨタムが神の祝福を受けたことを知り、考えさせられたことでしょう。「善政は長政に勝る」 短くも神の前に正しい人生を送るならば、そこに神の祝福もあるではないか、と。このことばに彼らが立って、やがてイスラエルの再建が実ったことは言うまでもありません。あなたも主の前に自分の道を確かなものにしてみませんか?

 では良き一週を祈ります。
 
 (PBA制作「世の光」2019.7.24放送でのお話より )

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■殻を破る / 板倉邦雄

2019年08月27日 | Weblog
2019/7/23放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
 今日は「殻を破る」という題でお話ししましょう。

 私たちが住んでいる地域や家庭、学校や職場、そして教会にもそれぞれの伝統やしきたりがあって、その殻を破りそこから抜け出すことは大変なことです。使徒の働きの10章の続きです。

 さて、ペテロは立ってコルネリウス隊長の使いの人たちと一緒に出かけました。百人隊長コルネリウスは親族や親しい友人たちを呼び集め、ペテロ一行を待っていたのです。殻を破るためにはまずペテロのような指導者が神からの幻ビジョンを見なくてはなりません。そして信仰による第一歩を仲間たちと踏み出すことではないでしょうか。

 そこで集まっている人々の前でペテロは率直に語りました。「あなたがた外国人もよく知っている通り、ユダヤ人が他国の人と交際したり家に出入りしたりすることは昔から禁じられています。ところが神はどんな人間をも、きよくないとか汚れているといってはならない、と私に示してくださいました。そこでうかがいますが、どういう訳で私を招いてくださったのですか?」

 すると百人隊長コルネリウスが答えました。「四日前のことです。私が自宅で午後3時の祈りをしていますと、突然、輝いた衣を着た人が前に立って申しました。『コルネリウスよ、あなたの祈りは聞き入れられ、あなたの施しは神の御前に覚えられている。そこでヤッファに人を送ってペテロと呼ばれるシモンを招きなさい。その人は皮なめしシモンの海沿いの家に泊まっている。』 そこで早速あなたをお呼びしたのです。ようこそおいでくださいました。今、私たちは主なる神があなたにお告げになったこと残らず伺おうとしてみな神の御前に集まっています。」

 殻を破るためには一方だけではなく、お互いが神様からの夢・幻を分かち合うことではないでしょうか。ペテロは今までのユダヤ人の伝統やしきたりを破ってまで外国人であるコルネリウスを訪ねました。それは外国人にイエス・キリストが伝えられるためでした。そして私にもあなたにもイエス・キリストが伝えられているのです。

  (PBA制作「世の光」2019.7.23放送でのお話より )

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■己のごとく人を愛した永井隆 -1 / 岩井基雄

2019年08月26日 | Weblog
2019/7/22放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
 第四月曜日の今日は、「己のごとく人を愛した永井隆」について学んでみましょう。

 永井隆は明治41年、島根県松江市で医者の家庭に生まれました。医師を志し、旧制松江中学・高校へ進みます。その高校時代に、恩師松原武夫氏から初めて聖書が語るキリストの福音を聞きます。その後、長崎医科大学に進みますが、その時に下宿した家が後に妻となる緑の実家で、その家は隠れキリシタンの末裔だったのです。神に信頼して歩む家庭のぬくもりを永井はそこで経験します。大学の卒業式の直前に、永井の急性中耳炎が悪化し、命の危険が襲う中、周りのクリスチャンの祈りに支えられ癒されたことも忘れられない経験でした。自分の存在の限界を知ると共に、聖書が語る神は生きておられ、祈りに応えてくださる方だと心に刻んだ時だったのです。

 永井は一時、軍医として従軍します。戦争が生む様々な痛み、人間の罪の姿とも永井は向き合ってきたのです。その中でも彼は痛みを抱える方に寄り添い続けました。軍医の働きを終え帰還し、長崎医大に勤務します。その中で永井は天地万物を創造された神様の前に自分の罪を悔い改め、キリストを救い主として信じ、洗礼を受けました。 彼の歩みの背後には多くの方々の祈りがあり、学生時代に既に出会っていたキリスト者、緑と結婚しました。

 自分の使命として永井は放射線医学を研究しました。研究熱心な彼は当時、不治の病と言われた結核を研究し、一日に何百人ものレントゲン写真を撮る無理が重なり、37才の時、白血病にかかってしまいます。しかしその後も病気の身体をおして熱心に治療と研究を続けていくのです。キリストの命がけの愛を受け取っていた永井は自分の身を削りつつ、病む方々をケアし、医療を通し寄り添い続けたのです。それはキリストの愛と恵みに基づいたものでした。

 聖書のことば
 「『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい。』
   これらよりも重要な命令は、ほかにありません。

    新約聖書 マルコの福音書 12章31節

(PBA制作「世の光」 2019.7.22放送でのお話より )
 
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■ダビデの王権の確立 / 羽鳥頼和

2019年08月24日 | Weblog
2019/7/20放送

 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。

 神はイスラエルの王サウルの次の王としてダビデを選ばれました。そのダビデに神は素晴らしい約束を与えられました。「あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ。」(2サムエル記 7章16節) これはダビデが王の立場を全うするだけでなく、ダビデの後もダビデの家系がずっと王となるという約束です。今日はその神の約束の通りにダビデの王権が確立されたことを語っている旧約聖書サムエル記からお話しします。

 聖書はまずダビデの活躍ぶりを語っています。ダビデはペリシテを打ち、屈服させ、その領土の一部を奪いとりました(2サムエル記8章1節)。そしてモアブを打ち、彼らを従わせました(2サムエル記8章2節)。更にダビデは勢力を回復しようとしたツォバを打ちました(2サムエル記8章3節)。また強敵であるアラムとエドムをも打ち倒したのです(2サムエル記8章5-14節)。これらのダビデの活躍の記述の後で、聖書は、神が「ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた。」と語っています(2サムエル記8章14節)。ダビデの勝利は神によって与えられたのです。

 次に聖書は、外国との戦いで得た分捕り物のことを語っています。ダビデは非常に多くの貴金属を奪いとりました。彼はそれらをすべて神に捧げたのです(2サムエル記8章11節)。こうしてダビデは全イスラエルを治め、その王権を確立したのです。

 聖書はこのように、ダビデの王権が確立したのは神が成し遂げられたことである、と教えています。神はダビデへの約束を守られたのです。そしてダビデは神の約束を信じ、神のために行動したのです。

 更に、ダビデの王座をとこしえに堅く立てるという約束はイエス・キリストによって成し遂げられました。イエスはダビデの子孫としてお生まれになり、人々を救うために十字架にかかって死なれたのです。旧約聖書イザヤ書はこのことを、「主の熱心がこれを成し遂げる」(イザヤ9章6節)と語っています。ダビデの約束を成し遂げられた神は、平和の王、救い主イエス・キリストによる救いを成し遂げてくださったのです。

 明日は日曜日です。神が成し遂げられたキリストによる救いを知るために、お近くのキリスト教会にいらしてください。

 (PBA制作「世の光」 2019.7.20放送でのお話より )
 
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■名を呼ぶ / 関根弘興

2019年08月23日 | Weblog
2019/7/19放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 イエス・キリストがエリコの町にやってきた時のことでした。大勢の人がイエス様を見ようと集まってきました。その中にザアカイという人がいました。ザアカイというこの名前はヘブル語で「きよいもの」という意味があります。ユダヤ人の伝統的な名前の一つなんですね。そしてこの人は取税人の頭でした。取税人とはローマ帝国のために税金を取り立てる徴税請負人です。ローマ政府に雇われている人ですね。当時ユダヤ人たちは取税人をローマの犬、汚れた罪人と呼んで、神の救いを受けることなど決してできない人間だとみなしていました。

 イエス様がこのエリコの町に来られた時、ザアカイもイエス様を見たいとやって来ましたら、群集はここぞとばかり、背の低かったザアカイを無視し阻害し押し退けてしまいました。そこでザアカイはすぐ近くの、いちじく桑の木に登って、向こうからやってくるイエス様を見ていたんです。
 
 そんなザアカイにイエス様は、「ザアカイ、急いで降りて来なさい。わたしは今日、あなたの家に泊まることにしているから。」(ルカの福音書 19章5節)と呼びかけられたのです。

 ザアカイは驚きました。何で私の名前を知っているんだろう。名前を知っているということは私の職業もそして私が今までしてきたことも全部知っておられるに違いない。それなのに、なぜ親しく呼びかけてくださるのだろう。そう思ったと思うんですね。

 イエス様の最も短い愛のメッセージは、あなたの名を呼ぶということです。
 旧約聖書 イザヤ書43章には、「恐れるな。・・・ わたしはあなたの名を呼んだ。」(1節)とあります。「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(4節)と記されています。イエス様はザアカイを批判したり、ザアカイを追い払ったりする事をしませんでした。ザアカイの名を呼んで、「急いで降りてきなさい。」と、ご自分のもとに招いてくださいました。そして「今日は、あなたの家に泊まることにしてあるから。」とイエス様は言われたんです。

 実はここに福音の良き知らせの本質が示されていると思うんですねえ。福音とはイエス様があなたのことをすべてご承知の上で、あなたの名を呼び、あなたの家つまりあなたの人生のただ中に来てくださる、ということです。そしそれは神様が永遠の昔から計画してくださっていたことなのだと聖書は教えているんですね。

     (PBA制作「世の光」2019.7.19放送でのお話しより)

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■十戒 自由への励まし-114 偽証してはならない / 大嶋重徳

2019年08月22日 | Weblog
2019/7/18放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒第九戒は「隣人に対し、偽証してはならない。」(申命記 5章20節 新改訳第三版、参照出エジプト記20章16節)です。
 
 十戒第九戒はもともと、裁判での偽りの証言をしてはならない、という意味がありました。しかし個人的にも悪口陰口をいうのではなく、互いを建て上げることばを語り合うように、と自由への指針を与えてくれています。

 では人間関係を立ち上げることばとは何でしょうか? 聖書には、互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりも勝っていると思いなさい、と言うことばがあります。ここの箇所をノルウェー語の聖書訳を日本語で直訳すると、互いに誉め合うことを競争しなさい、となると聞いた事があります。時に私たちの周辺では、誉めるとつけあがる、と言われるのを聞くことがあります。しかし事実がそうでないのに言うのは誉めているのではなくおだてるということです。確かに事実がそうでないのにおだてることは間違いでしょう。しかし私たちは相手にきちんとことばで感謝をし、その人の労が労(ねぎら)われ、報われ、誉められることは必要な事です。なぜならば私たちの信じている神様は、よくやった、よい忠実なしもべだ、と私たちのわずかな奉仕であっても労い励まし誉めてくださる神様だからです。

 どんな事であってもやって当たり前などという事は何一つありません。なされた親切や優しさ、働いた労働や懸命な努力は労われ感謝のことばを聞くべきです。するとそのように誉められ労われた場所で育った子どもは自分を偽って大きく見せたりする必要が無い安心した交わりの中で安定した人格として成長していく機会が与えられます。それは大人になっても同じことです。偽りのことば、陰口悪口が周りにあると私たちは緊張を強いられます。偽証をしない交わりを形成するために、私たちが必要なことは疑心暗鬼や不安を生み出す悪口と陰口を捨てて、安心して過ごすことのできる誉め合う関係を築きあげなさい、と第九戒は語ります。そうする時に、そこには自由なるのびやかな空間が生まれます。私たち家族、職場、友人関係がそのようなことばに満ちていくならば、第九戒の願う自由に満ちた関係が生まれていきます。

 誰かを誉めることばを今日を一つでも言いませんか? そこには笑顔が一つ生まれます。そんな社会になっていくことに私たちも今日貢献していきたいと思います。

    ( PBA制作「世の光」2019.7.18放送でのお話しより )

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■ただあなたに目を注ぐのみです / 福井 誠

2019年08月21日 | Weblog
2019/7/17放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。
 継続は力なり。聖書を一日一日と読み進むなら、不思議にも自然に養われていくものがあるものですね。今日も聖書を開いてまいりましょう。歴代誌第二20章12節 「ただあなたに目を注ぐのみです」と題してメッセージをお伝えいたします。
 「私たちの神よ。彼らをさばいてくださらないのですか。攻めて来るこの大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいのか分かりません。ただ、あなたに目を注ぐのみです。
 
 皆さんは歴代誌を読んでどんなところが面白いと思いますか? 私などは歴代誌が、ソロモンのように知恵に秀でたり、ダビデのようにカリスマ性のあったりする偉大な王についてはそれほど関心を向けず、非常に平凡なヨシャパテのような王様のエピソードを詳しく取り上げるところですね。歴代誌の著者は、器の小さい彼もまた神様に愛されて、神にその祈りや願いを聞き入れられて祝福されたと力のこもった書き方をしているのです。

 そのヨシャパテ王ですが、彼はある時、アンモンとモアブの連合軍の大軍に迫られて窮地に陥っています。そんな時に、ダビデ王でしたら「ダビデは主の名によって奮い立った」とかっこよく書かれるところでしょう。しかし、ヨシャパテの場合は、彼のことばが次のように記録されています。「私たちの神よ。・・・ 攻めて来るこの大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいのか分かりません。ただ、あなたに目を注ぐのみです。

 何とも格好の悪いことばですねえ。弱腰で、ダビデのような野生的な何としてもこの窮状を打開してみせるぞという気概が感じられませんね。けれども、そこがとっても良いのです。私は好きですねえ。非常に不器用に、「ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」と、ありのままに助けを求める、そんな所に信仰の模範としてのハードルの低さを感じます。ヨシャパテと同じように祈ってみようという気持ちにさせられるのです。歴代誌の著者が狙っているのもそこなのでしょう。凡人にこそ、いや弱い者にも分け隔てなく答えてくださる神様がいることを覚えたいものです。

 では良き一週を祈ります。

 (PBA制作「世の光」2019.7.17放送でのお話より )

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