♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して68年の
「世の光」を文字で 

■主はあなたを見放さず、見捨てず /福井 誠

2019年07月31日 | Weblog
2019/6/26放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。
 継続は力なり。聖書を一日一日と読み進むなら、不思議にも自然に養われていくものがあるものですね。今日も聖書を開きましょう。歴代誌第一28章20節 「主はあなたを見放さず、見捨てず」と題してメッセージをお伝えいたします。
 「強く、雄々しく、事を成し遂げなさい。恐れてはならない。おののいてはならない。神である【主】、私の神が、あなたとともにいてくださるのだから。主は、あなたを見放さず、あなたを見捨てず、【主】の宮の奉仕に関わるすべての仕事を完成させてくださる。

 歴代誌の著者はソロモンの神殿建設に至る事情を詳しく取り上げます。ダビデがこれを準備し、設計図を授け、そしてソロモンを励まして、これに当たるように仕向けた様子を説明しています。そして著者はダビデのことばを借りながら、神殿建設への取り組みを繰り返し促しているのです。「勇気を出して実行しなさい。強く、雄々しく、事を成し遂げなさい。恐れてはならない。・・・主は、あなたを見放さず、あなたを見捨てず、【主】の宮の奉仕すべての仕事を完成させてくださる。 神が助けてくださり、神が完成させてくださる、」と。

 歴代誌の著者が列王記には取上げられなかったこのダビデの時代のエピソードを詳しく取上げるのにはそれなりの意味があったというべきでしょう。けれどもこの歴代誌を読んだ最初の読者は、捕囚期間後の民であり、まさに神殿の再建・イスラエルの再建に取り組んでいた者たちだからです。つまり彼らは廃墟と化したエルサレムにあって再建の困難に直面していました。しかしこれによってかつてあった栄光のエルサレムもゼロから形造られたものであったことを思わされたはずです。かつての時代は良かったなあ、ではないのです。あの栄光の背後にも人知れぬ苦労があったということです。そして神が助け完成させてくださったのだという思いがあったことでしょう。同じように彼らもそのような信仰に立つ思いにさせられたはずです。信仰のない所に祝福はありません。「あなたを見放さず、あなたを見捨てず、・・・すべての仕事を完成させてくださるからだ。」と語る主に信頼して物事を進めたいものですね。

 では良き一週を祈ります。

 (PBA制作「世の光」2019.6.26放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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■ドルカス /板倉邦雄

2019年07月30日 | Weblog
2019/6/25放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
 今日は「ドルカス」という題でお話ししましょう。

 ドルカスとは「かもしか」という意味を持った女性の名前です。本名は「タビタ」です。彼女は人々に良い働きと施しをしていました。使徒の働き9章、ペテロの巡回伝道の続きです。

 ところがドルカス婦人は重い病気にかかり死んでしまいました。ペテロ先生が来ている、と聞いた仲間たちは、二人の人をペテロ先生のもとに送り、すぐに来てくださいと頼みました。ペテロは到着するとすぐ未亡人たちがペテロのそばに駆け寄ってきて、ドルカス婦人が生前作ってくれた下着や上着の数々を泣きながらペテロに見せるのでした。それにしてもこんなにも良い働きや施しをしていたドルカス婦人が重い病気になって死んでしまう。かと思うと悪人が元気で長生きしている、というこの世の不条理を見ることがありますねえ。私たちにはどうしてか分りません。すべては摂理の神様の隠れた計画の中にあるのでしょうか。私たちはあの人が死んでくれてほっとしたなどと言われないような人生を歩みたいものです。人々に惜しまれ、泣かれるような死に方をしたいものですねえ。ところでペテロは皆の者を外に出しひざまづいて祈りました。そして遺体の方に向いて、「起きなさい」と言いました。すると彼女は目を開けて起きあがったのです。私たちの死は眠りであると、生前ペテロたち弟子たちに語り、ラザロさんや12歳の女の子を生き返らせました。キリストを信頼する人の死は眠りですから、ペテロは、「ドルカス。起きなさい。」と言われて目を開けさせたのです。

 私たちが毎晩、床に入り、眠りから目覚めるのと同じです。ここに私たち人間の死後の希望があります。

 聖書のことばです。
 「眠っている人たちについては、兄弟たち、あなたがたに知らずにいてほしくありません。あなたがたが、望みのない他の人々のように悲しまないためです。イエスが死んで復活された、と私たちが信じているなら、神はまた同じように、イエスにあって眠った人たちを、イエスとともに連れて来られるはずです。」  テサロニケ人への第一の手紙4章の13節、14節 (新改訳2017)

  (PBA制作「世の光」2019.6.25放送でのお話より )

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東海福音放送協力会へのお問い合せは、
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ

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■アイヌ語保存の使命に生きた知里幸恵(ちり ゆきえ)/岩井基雄

2019年07月29日 | Weblog
2019/6/24放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。
 第四週の月曜日は歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日はアイヌ語保存の使命に生きた知里幸恵(ちり ゆきえ)について学んでみましょう。

 アイヌは北海道などに住んでいた日本の先住民族で、歌や踊りに秀でた独特の文化を持っていました。しかし明治期に北海道開拓が始まるとアイヌは土地を追われ、同化政策によって日本人化させられたのです。アイヌ語には文字がありませんでした。日本語教育が進む中、アイヌ語を話せない人々も増え、アイヌ語という民族のよりどころすら失われつつあったのです。

 明治36年にアイヌに生まれた知里幸恵(ちり ゆきえ)は聡明で偉大なアイヌの語り部を祖母に持ち、アイヌ語と日本語を巧みに操れる稀有な存在でした。また当時には珍しいクリスチャンの一族であったことから、幼い頃から差別も受けました。彼女も幼い時に宣教師バチェラーから洗礼を受けています。幸恵はおばが住む旭川で生活するようになり、職業学校在学中、研究で北海道に来た言語学者金田一京助と出会います。そして彼に才能を認められ、幸恵はアイヌの口伝を和文にする作業を始めます。気管支や心臓を患いながらの不安な日々の中、幸恵は神様が与えられた使命を全うしたいと上京し、アイヌ語の保存に尽くしたのです。上京する1ヶ月前、幸恵は同じ教会に通う青年と仮祝言を挙げたばかりでした。東京に出た幸恵は、医者から「結婚は不可。安静にしていれば命は保たれる。」と宣告を受けます。しかし彼女は「私ははっきりと行く手に輝く希望の光明を見た。涙の内から神の大きな愛を認めました。」と語り、その身を神にまかせたのです。アイヌ語の口伝を和文に訳すことは学者への協力ではなく自分にしかできない使命だと幸恵は受け取っていたからです。苦しみの中、最後の力をふりしぼって『アイヌ神謡集』の構成を終えた晩、彼女は19歳の短い地上の生涯を終えました。晩年の彼女の手紙や日記は心の葛藤と共に神を求める祈りに満ちていました。

 聖書のことば
   「人にはおのおの、負うべき自分自身の重荷があるのです。
           新約聖書 ガラテヤ人への手紙 6章5節  新改訳聖書 第三版

 あなたの使命は何でしょうか。

(PBA制作「世の光」 2019.6.24放送でのお話より )
 
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■イエスの奇跡が教えていること /羽鳥頼和

2019年07月27日 | Weblog
2019/6/22放送

 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。
 聖書はイエスが五つのパンと二匹の魚で五千人以上の人々を満腹にしたと語っています。これは本当のことでしょうか。聖書は本当にあったこととして語っています。新約聖書のマタイの福音書は、「人々はみな、食べて満腹した。そして余ったパン切れを集めると、十二のかごがいっぱいになった。食べた者は、女と子どもを除いて男五千人ほどであった。」(14章20、21節)と語っています。満腹した人の数が五千人ほどでしたが、それは女と子どもの人数を入れていないと語っています。当時は成人男性だけの人数を記録するのが普通だったのです。聖書は事実としてこの奇跡を語っています。そしてそれだけではありません。その奇跡によって明らかにされる真実、真理を語っているのです。ヨハネの福音書ではイエスのなさったこのような奇跡のことをしるしと言っています。奇跡はある真実、真理を表すしるしなのです。この五つのパンと二匹の魚の奇跡はイエスが救い主キリストであるという真実、真理を教えています。この奇跡はイエスが旧約聖書で預言されていた救い主であることのしるしなのです。イエスの奇蹟を通して聖書はイエスが旧約聖書で預言されていた救い主であることを教えているのですが、私はこの奇跡の出来事を読むと旧約聖書の詩篇23篇のことばを思い出します。
 「【主】は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。・・・私の前に食卓を整え・・・(て)くださいます。私の杯はあふれています。まことに私のいのちの日の限り いつくしみと恵みが 私を追って来るでしょう。

 イエスは人々を養い、慈しみと恵みを豊かに与えてくださる救い主です。今も主はご自分の所に来る人々に慈しみと恵みを豊かに与えてくださいます。

 明日は日曜日です。お近くのキリスト教会にいらしてください。
 
 (PBA制作「世の光」 2019.6.22放送でのお話より )
 
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■報いのある人生 /関根弘興

2019年07月26日 | Weblog
2019/6/21放送

 世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか? 関根弘興です。
 イエス・キリストの弟子の一人ペテロはイエス様に従っていった人物です。そんな彼がある時イエス様に、こう言い出しました。
 「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるでしょうか。
         (マタイの福音書19章27節 新改訳 第三版)

 まあずうずうしい質問ですねえ。ペテロは自分は何もかも捨ててイエス様に従ってきたという自負がありました。ですからそれ相応の見返りがあるはずだと思ったのでしょう。まあでもすべてを捨てて従ったのなら特に何ももらわなくても良いはずなんですけどね。

 するとイエス様は、ルカの福音書18章29節(、30節)でこう語られました。
 「まことに、あなたがたに言います。だれでも、神の国のために、家、妻、兄弟、両親、子どもを捨てた者は、必ずこの世で、その何倍も受け、来たるべき世で、永遠のいのちを受けます。
 こう言われました。

 実はこのイエス様のことばはよく誤解されてしまうことがあります。「ああそうか。家族を捨てたら幾倍かの報いを受けるのか。よし家出して父と母から逃げよう。それに妻も捨ててしまおう。こりゃあいいことばだわー。」と考えたらこれは大間違いなんですね。

 ではイエス様のことばはどういう意味なのでしょう。この「捨てる」ということばは不要になったのでごみ箱にポイと捨ててしまうという意味ではありません。聖書は白か黒かというような書き方をする特徴があります。例えばここに美味しそうなリンゴが二つあったとしましょう。私が右のリンゴを選んだら「関根弘興は左のリンゴを捨てた」とか「関根弘興は右のリンゴを愛し左のリンゴを憎んだ」というような表現をすることがあるんです。ですから神の国のために家族を捨てるというのは、家族をないがしろにするということではなくて、家族を大切にすることは大前提なんだが神様に人生を委ねて神様にすべてのことを支配していただくことを優先していきなさいね、というその事を教えている訳です。「イエス様、私がぎゅっと握っていた手を開きます。イエス様のことばを信頼し委ねて生きていきます。」と告白しながら歩むことの大切さを教えています。そしてそうした人生にこそイエス様が約束されたように、この世にあってその幾倍かを受けない者はなく、後の世で永遠のいのちを受けない者はない、とイエス様は約束してくださっているんですね。

     (PBA制作「世の光」2019.6.21放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでも、ちょっときてみました、いいですか? と言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

■十戒 自由への励まし-110 偽証してはならない /大嶋重徳

2019年07月25日 | Weblog
2019/6/20放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか。大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。十戒を始めとした聖書のことばは人間を縛りつけるものではなく自由へと導くためのことばなのです。十戒第九戒は「隣人に対し、偽証してはならない。」(申命記 5章20節 新改訳第三版、参照出エジプト記20章16節)です。

 十戒第九戒「偽証してはならない」という戒めは当然のごとく偽証されてもいけないということを私たちに語りかけています。時に、騙すよりも騙されている方がまし、ということばは正しいようにも思える言い方かもしれません。しかし私たちが本当かどうかを見極めなければならない事柄をきちんと見極めることをせず、偽りの情報に騙され正しい判断ができなくなってしまうならば、その被害を受ける人たちの痛みは誰が背負うことになるでしょうか。私たちの生きている時代の間違った判断の犠牲は次の世代が引き受けなければならないことが起こり得ます。私たちは私の時代にした判断の理由を説明できるようにしておかなければなりません。

 もし私たちが無批判に誤った情報を手に入れて、それをネット上で拡散し、やがてそれが間違った情報であるということを知った時に、自分もまた騙されたんですよねと被害者感情に逃げ込んでしまうことはやめにしておきたいと思います。ソーシャルネットワークをはじめとした様々なツールは私たちが繋がることを簡単にしました。情報の発信力としてマスメディアに頼ることなく個人が公の場所で発信する機会が増えました。良いことも多くあるでしょう。しかしこの時代、私たちの前にはまことしやかに語られる偽りの証言が撒き散らされています。このインターネット空間の情報の荒波をうのみにしてはいけません。ましてやその情報の拡散に手を貸してしまってもならないのです。

 インターネット上には見るのもおぞましい中傷や個人の尊厳を傷つけることばが飛び交っています。国と国を壊すように意図をもって流されている偽りの証言が匿名で流されています。そのような場所で語られている情報は中毒性があります。自分だけがその本当のことを知っている特別な存在であるかのような錯覚をもたらしてくれるからです。そしてネットの中のコミュニティーが世界の全てであるかのような独善性に陥ってしまいます。

 私たちは今朝も神様のことばを聞きましょう。本当のことばを聞いて、自らが犯してしまう過ちをきちんと認めて悔い改め易い者でありたいと思います。そして祈りながら見極めるのです。簡単に騙されないように、神様のことばに守られながら祈りつつ、世界が神様の前で正直にいられるよう今日もお祈りしたいと思います。



    ( PBA制作「世の光」2019.6.20放送でのお話しより )

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■主はあわれみ深いからです/福井 誠

2019年07月24日 | Weblog
2019/6/19放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。
 継続は力なり。聖書を一日一日と読み進むなら、不思議にも自然に養われていくものがあるものですね。今日も聖書を開きましょう。歴代誌第一21章13節 「主はあわれみ深いからです」と題してメッセージをお伝えいたします。
 ダビデはガドに言った。「それは私には非常に辛いことです。私を【主】の手に陥らせてください。主のあわれみは深いからです。私が人の手には陥らないようにしてください。」
 サムエル記に詳しく、歴代誌がまったく触れていないのがバテシェバとの姦淫の事件ですね。しかし歴代誌はダビデが犯したもう一つの罪、人口調査の問題を取上げています。しかし、人口調査それ自体に問題があった訳ではありません。というのも、それは軍事力の調査、あるいは神殿税義務者の調査、更には相続地割当ての調査といった形で歴史的にも自然になされてきたことでした。なのにこれが部下のヨアブに異を唱えられたのみならず、神の意にも反したように描かれているのには理由があるようです。つまりこの時ダビデは神殿建設を控えていました。となれば彼はまず税金を集めるために納税義務者の数を調査すべきところでしたが、実際には軍事力を誇るかのように兵隊の頭数の調査をしてしまったのです。ダビデは王としてすべきことの優先順位を誤っていました。実に罪は姦淫と言った倫理的な不道徳以上のものです。神の主権を認めず、神の御心にそぐわぬことはすべて罪です。しかし歴代誌の著者はここで罪に対するさばきではなく神の恵みを強調しています。神は赦しと憐れみと忍耐に富んでおられるお方です。そのような神の憐れみのもとでダビデは悔い改めをし、人ではない神の裁きがなされることを願っていますね。

 ここから教えられることは、ダビデはイスラエルの偉大な霊的な指導者であるとも言われていますが、実際には彼も失敗を通して一つ一つ学ばせられていることです。偉人も一夜にしてはならず、神の懇切丁寧な指導による、というのが大事な点でしょう。憐れみ深い神に教えられていく歩みをしたいものです。

 では良き一週を祈ります。

 (PBA制作「世の光」2019.6.19放送でのお話より )

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■ペテロの巡回伝道 / 板倉邦雄

2019年07月23日 | Weblog
2019/6/18放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしですか? 板倉邦雄です。
 今日は「ペテロの巡回伝道」という題でお話ししましょう。今日の使徒の働き9章の32節からペテロの巡回伝道」という主題に入ります。使徒ペテロが巡回伝道でどのような働きをしたかが作者ルカによって描かれていきます。

 さてペテロがあらゆる所を巡回していた時のことでした。ペテロはエルサレムの都から西方約50キロメートルにあるリダ(※新改訳第三版ではルダ)の町に住むキリスト信徒たちの所へ下っていきました。そこでペテロはアイネヤという名の人に出会ったのです。アイネヤは8年間、身体が麻痺する病気のために床に張り付いていました。私も6年前、足の手術をして1ヶ月ベッドに張り付いていました。1ヶ月の入院生活でも辛かったのですから、8年間となりますとそれは辛さを越えたことだったでしょう。病気というものは病気そのものの苦しさだけではなく、将来への不安や心配をもたらすものですねえ。しかし使徒ペテロは言いました。「アイネヤよ、イエス・キリストがあなたをいやして下さるのだ。起きなさい。そして床を取りあげなさい。」(使徒の働き9章34節 口語訳聖書)

 聖書に「わたしは主であって、あなたをいやすものである」(出エジプト記15章26節 口語訳聖書)ということばがあります。私たちの病苦を癒してくださるのは主イエス・キリストです。なぜなら主イエス・キリストは私たちの身体と魂と霊を創造された神であるからです。機械が壊れた時、私たちはメーカーの会社に持って行きますねえ。主イエス・キリストがあなたを癒してくださるのです。

 するとアイネヤは直ちに起き上がりました。そして張り付いていた床を取上げたのです。

 さて、私たちは病気になりますと第一にお医者さんの所へ行きます。お医者さんは薬を調合してくださったり、ある時は外科の手術をしてくださったりします。私たちの病気がそれ以上悪くならないように処置してくれますねえ。しかし私たちの病気を癒して起き上がらせてくださるのは神である主イエス・キリストです。ペテロの巡回伝道の働きは、8年間床についていたアイネヤをイエス・キリストの名によって癒してあげることでした。私たちもペテロのように人々のために癒やしの働きをしたいものですねえ。

  (PBA制作「世の光」2019.6.18放送でのお話より )

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■神よりも人のことを選ぶ誘惑 / 岩井基雄

2019年07月22日 | Weblog
2019/6/17放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。
 第三週の月曜日は、マルコの福音書から学んでいますが、今日はキリストが弟子たちに語られたことばから、私たちの心にある誘惑を一緒に考えてみましょう。

 主イエスの弟子ペテロは、「あなたはキリストです。」と素晴らしい信仰告白をした直後でした。主イエスはご自身が、「多くの苦しみを受け、長老たち、祭司長たち、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日後によみがえらなければならない。」と弟子たちに教え始められたのです。
 するとペテロはイエスを脇にお連れして諌め始めました。ペテロは、自分の先生が祭司長たちに捨てられ殺されるなど、あってはならないことであり、そんなことを語らないで欲しい、と思ったのでしょうか。主が語られたよみがえりのことばなどは全く彼に届かなかったようです。

 そのペテロの態度に対し、主はこう語られました。聖書はこう語ります。
  イエスは振り向いて弟子たちを見ながら、ペテロを叱って言われた。
  「下がれ、サタン。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」

          新約聖書 マルコの福音書8章33節

 先に素晴らしい信仰告白をし、主から賞賛されたペテロにとって「下がれ、サタン」との主の叱責は屈辱的だったことでしょう。しかし確かにこの時ペテロは人間的な考えで判断し、主を諌めたのです。神のご計画に想いを留めず自分の都合、人間的なことを考え優先したのです。文字どおり神のことを思わず人のことを思ったのですね。

 私たちにもそんな弱さがありますよね。しかし主イエスはそのペテロだけではなく、周りの弟子たちの弱さも愚かさもよく御存知でした。その上で主イエスは自分に従って来るようにと彼らを招かれたのです。よく分からない弟子たちに対して、キリストは「わたしに従って来なさい。」(マルコの福音書8章34節)と招かれます。それは自分中心の考えを捨て、自分の十字架を負ってキリストに従うという厳しい歩みへの招きでもありました。しかしそれは祝福への道、かけがえのない栄光の道への招きでもあったのです。キリストに従う歩みは豊かな祝福に満ちているからです。そして主はあなたを招かれます。「わたしに従って来なさい。」(マルコの福音書8章34節)と。あなたはそれにどうお答えになりますか?

  (PBA制作「世の光」 2019.6.17放送でのお話より )
 
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■預言者ヨナのしるし / 羽鳥頼和

2019年07月20日 | Weblog
2019/6/15放送

 世の光の時間です。お聴きくださりありがとうございます。羽鳥頼和です。
 今日は新約聖書マタイの福音書12章で語られているイエスのことばを聞きましょう。

 イエスは「神の国はあなたがたの所に来ているのです」(28節 )と言われました。
 それを聞いた律法学者たちはイエスに言いました。「そのしるしを見せていただきたい。」(38節参照)  イエスは答えて言われました。「今の悪い不信仰な時代はしるしを求めますが、しるしは与えられません。ただし預言者ヨナのしるしは別です。ヨナが三日三晩、大きな魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるからです。」(39、40節参照)

 神の国が来ているしるしは預言者ヨナのしるしだというのです。預言者ヨナはアッシリヤのニネベに行くようにとの神の命令に逆らったために、海で嵐に遭い、船から海に投げ出され、大きな魚に丸のみにされ、三日三晩その魚のお腹にいました。イエスはこの出来事と同じようなことが起こるとおっしゃったのです。その出来事がイエスの十字架と復活です。イエスは十字架につけられて殺されます。そして墓に葬られますが三日目に復活されるのです。神の国が来ているしるしとは、イエスの十字架と復活なのです。神の国とは神によって人々が救われて神による平和が実現した状態のことです。イエスの十字架と復活によって、神の救いが実現するのです。

 ヨナから神のことばを聞いたニネベの人々は神のことばを信じました。しかし律法学者たちはイエスを疑い、イエスのことばを信じようとしなかったのです。この後イエスは、ご自分が言われた通り十字架につけられて殺され、墓に葬られ、三日目に復活されました。

 このイエスの十字架と復活によって神の救いが実現しました。私たちはこのイエスの十字架と復活の出来事を神の救いと信じましょう。

 明日は日曜日です。イエスは凡そ二千年前の日曜日の朝、復活されました。それでキリスト教会は日曜日に礼拝をするのです。あなたもぜひお近くのキリスト教会にいらしてください。

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