大正5年刊の『大日本偉人唱歌集』には、60余名の偉人の歌が収録されています。その一人に和気清麿(麻呂)がありました。和気清麻呂といえば、称徳天皇の時代に皇位をねらった僧弓削道鏡に対して、宇佐八幡宮で神のお告げを受けて、道教を退け、皇位を守った忠臣として知られています。その和気清麻呂の功績が歌に見事に表されていて、この歌を歌えば、和気清麻呂のことが子どもでもよくわかるようになっていました。歌詞は次のとおりです。
和気清麿 西一満作歌
一、奈良の都の空高く、あやしき雲のあらわれて、朝日のかげも光りなく、世は常闇(とこやみ)となりにけり。
二、道鏡天位に上りなば、民安らけく治まらん、八幡の神の御告(おつげ)ぞと、君を矯(いつ)はる主神(かんづかさ)。
三、御帝(みかど)もさすが惑ひけん、心も清き清麿に、みことおほせてはるばると、宇佐の里にぞ下したる。
四、天つ日嗣(ひつぎ)の高御座(たかみくら)、うかがふものの世にあらば、はやく除けと雄々しくも、神の御教(みおしへ)奏しける。
五、知るや知らずや世の人は、葛野(かどの)の里に地を見立て、平安京(たいらのみや)の宮居(みやい)にと、定めし公(きみ)のいさをしを。
六、その名も高し高尾山、国を護りの神なれや、千代萬代(ちよよろづよ)の末までも、臣の鑑と仰がれん。
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