ふるさと加東の歴史再発見

少し気をつけて周囲を見回してみると、身近なところにふるさとの歴史を伝えるものがある。

河高の渡舟の思い出-「滝野つたえぐさ」より

2018年05月31日 05時51分15秒 | Weblog
 以前、加東市河高地区の歴史をめぐるウォーキングに参加した折りに、加古川を跨ぐ中国自動車道の橋の辺りで、昔はここに渡舟があり、対岸へ渡っていたということを教えてもらいました。
 『滝野つたえぐさ』(滝野町老連編、平成5年刊)に、「ここは河高、向かいは穂積」の題で、河高の大久保さんがその渡舟の思い出を書いておられました。
 河高地区は加古川の右岸、穂積地区は左岸ですが、左岸に河高地区の田圃や畑があり、対岸に渡るために渡舟があったということです。橋は上流の北野の大正橋か、下流の福田橋を利用せねばならず、渡舟は便利でよく利用されていたようです。
 「ここは河高 向かいは穂積 中をとりもつわたし舟」の串本節の替え歌もあり、よく歌われたとあります。また、小学生の頃、社の佐保座に映画を観に行き、終わって解散時は河高地区の子供は、家原から穂積を通って、この渡舟に乗って帰ったことも懐かしい思い出として書いてありました。
 
 
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする