メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

海からの贈物 ( アン・モロウ・リンドバーグ)

2022-02-03 14:28:30 | 本と雑誌
海からの贈物( GIFT FROM THE SEA ) :アン・モロウ・リンドバーグ 著
                     吉田健一 訳  新潮文庫
 
こういうタイトルの本があるということは知っていた。著者(1906-2001)の夫は史上初の大西洋単独横断飛行に成功した飛行家で、自身飛行家でもある。
 
1955年に出版されたこの小冊子は一見変わった内容である。ある一夏、夫と子供たちからしばし離れ、小さな島の家ですごし、浜辺で手に入れたいくつかの貝殻を観察し、そこに自身の立ち位置、生き方をかさね、思索し、発見したことがらからなっている。
 
他人との一致、ちがい、しばし一人になることの重要性、つまり世間の、家庭の雑事にかこまれそれらを真摯にこなしていくことは大事であるが、それだけでいいかというところから始まっている。
 
今なら女性としての生活基盤についてはちがう見方、書き方もあるだろうが、当時もうかなり進んだアメリカにおいて、身の回りそして社会に対して、きわめて地に足がついた思索がここにはあって、それが読み応えあるものになっている。
 
言葉のつらなり、進め方は必ずしもわかりやすいとは言えないが、ロングセラーになっているのもなるほどである。
 
存在を知っているだけだった本書を読んでみようと思ったのは、このところ再びいくつか読んでいる須賀敦子が「遠い朝の本たち」で取り上げていたからである。ちょっと意外な感じがしたが。
 
そして訳がなんと吉田健一である。どういう経緯でこの人が訳することになったのか、不思議なのだが、考えてみると、著者はアメリカ人でそうラディカルではないにしろプロテスタントらしいが、頭の中で考えたことをすぐにストレートに主張するいう感じではない。
英国的かどうかわからないが、おそらく足が地についた経験主義的なトーンはあるようだ。文化や思想というより文明ということであれば、あいまいな言い方だが吉田健一のイメージに合いそうな気がする。
 
ついでにもうひとつ。リンドバーグ一家の子供の一人は誘拐殺害されるという悲劇に見舞われた。アガサ・クリスティーの「オリエント急行殺人事件」はこの事件が話の始まりになっており、このところ原作、二度にわたる映画化、TVドラマと続いたあとで、この人の一家だったかと感慨があった。
 


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