レーヌスのさざめき

レーヌスとはライン河のラテン名。ドイツ文化とローマ史の好きな筆者が、マンガや歴史や読書などシュミ語りします。

『ウェルテル』の思いつき

2008-06-04 05:29:43 | ドイツ
 ハイネいうところの「いと麗しき五月」も過ぎた。
 講義は、春学期なので「春」「夏」という季節に注目して題材を選んでみている。春に絡んで『若きウェルテルの悩み』を先月採り上げた。いくつかの場面の抜粋を配布物にしたが、そのあと、雨が大降りの日にあたったので、この際だからと嵐の場面も加えた(まえに「あらし」をテーマにしたときにつくったプリントを引っ張り出して)。外が雷雨のときに、ロッテが「クロップシュトック!」と呟く。クロップシュトックは当時のドイツの若い読者に圧倒的な人気のあった詩人で、『春の祝祭』は、雷雨とそのあとの晴れやかさを敬虔さをこめてうたっている。だから上記のロッテの一言で、多感な青年男女が心を通じ合わせることができるという重要な場面になっている。
 ところでこの『ウェルテル』、婚約者のある令嬢ロッテに恋して自殺する話、といえばそのとおりなのだが、原題はDie Leiden des jungen Werters で、「悩」は複数形である。18世紀は市民の時代とはいえ、まだまだ残る貴族支配、その中で市民階級の青年がその身分社会の壁にぶつかっての挫折という要素もまたポイント。(%) ラストでウェルテルの机上にあった本『エミーリア・ガロッティ』も意味深長なのだった。G.E.レッシングの戯曲で、横暴な貴族の邪まな企みにより非業の死を遂げる娘の悲劇である。古来、「悲劇」の主人公は神々・王侯貴族であったが、この時代に「市民悲劇」と呼ばれるジャンルが出てきており、『エミーリア』もこれに属している。
 ウェルテルは、ある伯爵家を訪れるが、貴族しか出入りしてはならない場に知らずに入ってしまい、白い目で見られて屈辱を感じるという事件がある。この重大事件のあったのが3月15日であることは、かのBC44年にローマで起きた暗殺事件、世界史上屈指の運命の日、をもしかして意識しているのだろうか?--読み返しながら私はふと思った。単なる思いつきである。


%唐突ながら「うたかたの恋」、19世紀末のオーストリア皇太子ルドルフの心中事件はたびたび映画にもなっているけど、これまた、保守的な父皇帝と、リベラルな息子との政治的対立、帝国没落への危機意識が意味を持っており、ラブロマンスだけの話ではない。なんとなくそういう点で『ウェルテル』と連想が重なる。
 『ルドルフ ザ・ラスト・キス』、本だけ読んだ。ごく短い期間に、ルドルフだけでなく当時のウィーンにうごめく芸術家たちの群像も丹念に書かれていて、めくるめくパノラマという感じだった。
コメント
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