旅から戻って、真っ先にすっ飛んで行ったのは、市から借りている菜園でした。3週間の間に大根や蕪やその他レタスなどの野菜類は大きく育ちすぎてお化けのようになっているのではないかと、心配でした。旅の間にも特に気になっていたのは、食用菊の花の状態のことでした。各地を訪れて菊の花が咲いているのを見るたびに、我が菜園の菊たちはもう花を咲かせ終えてしまっているのではないかと心配でした。
私の菜園には食用菊のモッテノホカという品種ともう一種類(品種の名はしりませんが、黄色い昔からの食用菊です)の菊が植えてあります。5mの長さの、たった1畝(うね)だけの作付けです。これ以上作ってもその処置が手に負えなくなりますので、これで十分なのです。菊は多年性の植物ですから、一度植えればその後は繰り返して花を咲かせてくれます。昨年は元々家の裏庭に植えていたものを、新しく借りた菜園に移植して株数も少なかったため、ホンの少ししか花を咲かせてくれず、ちょっぴり残念な思いをしたのでした。今年からが本番なのだと意気込んでいたのですが、いざ収穫の時期になると旅に出かけてしまっていることが多いため、なかなかベストの状態で花を摘むことが難しいのです。今回の旅では、出発した3週間前はまだ蕾の状態で、一体どれほどの花を咲かせてくれるのかが判りませんでした。
私が菊にこだわるのは、花を見るためではなく、食べるためなのです。勿論花も大好きですが、あの何ともいえない食感と香りがたまらないのです。食用菊は一般にスーパーなどでも販売されていますが、ほんの少しばかりがパックに入って売られているため、本当にその食感を賞味するためには、菊の花は茹でると小さくなってしまいますので、最低でも一度に5パックくらいは買わなければならないと思います。従って、結構値が張るものとなってしまいます。ですから存分に賞味できるようにするためには、自分の庭や畑で育てなければならないと思ったわけです。
私が食用菊に関心を持ったのは、それほど昔のことではなく、くるま旅をするようになってからのことなのです。子供の頃育った我が家でも、畑の縁に食用菊を植えていましたが、時々大人たちがそれを茹でて食べているのをみて、少し口に入れてみても苦いばかりで、とても美味いなどといえる代物ではありませんでした。
それが俄然目を見開かされたのは、旅の途中で知り合った青森県は三戸町のTさんから、これを食べてみて、と頂戴した食用菊でした。Tさんの話では、これは献上菊といって、昔から南部の殿様に献上して食べて頂いたものなのだということです。南部の殿様はその後盛岡の方に移られましたが、元々は三戸に居城があり、今もその大きな城跡が残っています。殿様が食べてきた菊というのは一体どういう味なのだろうと、興味津々でした。
いやあ、これが大変なものでした。超美味なのです。別に殿様への献上ということで特別の思いがあったわけではありません。食と言うもの、味というものは、本番勝負です。食べてみてその価値が分るのであって、前評判も事前の如何なる宣伝も、賞味には関係無いのです。その時に味わった菊の感触は、何ともいえない上品さに溢れたものでした。歯ざわりの豊かさというのか、歯に優しくフワーッと来て、キリリとした締りがあって、噛めば噛むほどに菊の気高い味わいが滲み出てくるといった感じなのです。甘くも無くわずかに苦味があって、これが何とも言えない上品な大人の味なのです。合わせて飲む一杯の酒も、まさに美酒と変じるというものだったのです。
この時決心したのです。よし、俺もこれと同じ様な菊を作ってやろうと。それから5年ほどが経っていますが、旅から戻った翌年に早速苗を買って来て家の裏庭に植えたのですが、日照不足だったのか期待していたほどの花を咲かせてくれませんでした。市から借りている菜園にと思ったのですが、契約期間に問題があり、移植を見送ることとなりました。それが、その後市が新しく菜園を増やして作ってくれて、その一つを借りることが出来ましたので、直ぐに今まで残っていた菊の株を移植したのでした。そして2年目、今年はその念願が叶うはずの年だったのです。
ということで、帰宅した翌日の早朝に畑に行ってみましたら、イヤア、今を盛りの満開でした。半端な咲きぶりではなく、転倒防止の柵の中で満杯の花、花、花だったのです。嬉しかったですねえ。これでようやく念願が叶うと思いました。菊の他の作物もお化けになるほどのふしだらさはなく、きちんと正調に育ってくれていました。しかし一番嬉しかったのは、何と言っても菊の花たちでした。
左はモッテノホカ、右は黄菊。今年はモッテノホカの方が断然多く、しっかりと咲いてくれていた。モッテノホカはその名の通り呆れ返るほど優れた食感の菊である。
とりあえず大形の袋に一杯だけ花を摘みました。良い香りがしました。1kg近くあったと思います。家に持ち帰り、家内に報告をしました。
ところで、食用菊というのは、どのようにすれば感動的な(?)賞味が叶うのでしょうか。少しばかりそのレシピ的なことを紹介したいと思います。いろいろな方法があるのだと思いますが、我が家の場合は次のようなものです。
1.摘んだ菊の花を1個1個ヘタの部分を取り除いて外し、花びらをバラバラにする
2.これを熱湯に2~3分浸して茹でる
3.茹でた花の塊を水に晒して冷ます
4.これをこぶし大くらいの大きさになるように小分けして絞る。
5.しっかり絞り込んだものをラップに包む
6.包んだものを冷凍庫に入れ保存する。
食べるときには、少し硬さが残る程度まで解凍し、これを5mmくらいの幅に切り、それに白だし醤油やポン酢などをかけていただくようにします。真に簡単な作り方、食べ方、保存の仕方ですが、このような方法で、我が家では1年中いつでも食べたいときにこれを味わうことが出来るというわけです。勿論冷凍などせずに、茹でたばかりの物を水に晒して冷まし、固く絞ってそれを切って食べても味はグーです。菊は、ヘタを外さずにそのまま食べても大丈夫ですが、この場合は苦味が一段と強くなりますので、子供さんなどを菊嫌いにさせてしまう心配があると思います。ヘタを取り除いた方が、ずっと上品な味になります。
今年は50個以上を貯蔵することが出来ましたので、毎週1回食卓に載せても大丈夫です。真に食い意地の張った話でした。
茹でて、冷凍後の食用菊。こぶし大ほどの大きさだけど、中身の密度は大きい。菊の花の生命がぎっしりと詰まっている。