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村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

摺師は知らぬ

2024-12-04 20:19:52 | 村雨庵 稽古 

短日や摺師は知らぬ絵の心 万太郎

【久保田万太郎】
クボタマンタロウ
[1889~1963]
小説家・劇作家・俳人。
東京の生まれ。
俳号、暮雨・傘雨。
東京の下町を舞台に、
市井の人々の生活と情緒を描いた。
文化勲章受章。
小説「末枯うらがれ」「寂しければ」「春泥」、
戯曲「大寺学校」、句集「流寓抄」など。


今日はクマショウさんちで 
七事式
皆クマショウさんのお道具
軸は無事
師走だねぇ

玄関に掛かる錦絵は
名所江戸百景
虎の門外あふひ坂

あふひ坂は葵坂
月と犬と堰がキーワード
と出ていた

滝のように流れているのは
赤坂どんどんと呼ばれていたところで
溜池の余った水が
石堰を越えて外濠にながれてくるところ
大きな水音がするので
赤坂どんどん
だそうだ

その滝の上部にある辻番所から
「松平肥前守」中屋敷に添って下る坂が
「葵坂」
辻番所の傍らに葵が植えられていたことに因み
葵坂

上部の木は、
溜池築造の記念樹・印の榎
と呼ばれる大樹とか

面白い
詳しく見れば
まだまだ あるはず

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あまりにも

2024-11-28 23:43:08 | 村雨庵 稽古 

今日は木曜稽古
掛けものは
大口周魚
和歌をよむと
虫の音とあるから
もっと早い時期に掛けるべきだった
11月ではあまりにも遅すぎる
失敗した

あまりにも
にわのむしのね
ほどちかし
まくら移して
明日の夜はねむ


大口 周魚
オオグチシュウギョ
元治元年4月7日(1864年5月12日) - 大正9年(1920年)10月13日)
名古屋生まれの歌人、
書家、古筆研究家、宮内省御歌所寄人。
本名は鯛二タイジ

明治から大正時代を代表する歌人
明治29年(1896年)8月、
京都西本願寺の庫裡の古書の中から
後奈良天皇下賜の
『西本願寺本三十六人家集』を
発見して世に紹介したことは、
学界・書道界への一大功績であった。
古筆の研究に励み、
阪正臣や田中親美らと
古筆やその情報を交換しあった。
門弟の尾上柴舟も古筆第一主義をとり、
周魚の古筆研究への貢献は甚大であった。

とウィキペディアより

写真は森金さんの部屋から撮った
富士山
現物はもっともっと美しかったと

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時雨るか夜の

2024-11-21 23:34:34 | 村雨庵 稽古 

草枕犬も時雨るかよるのこゑ  芭蕉


「山花開以錦」
ネットで見たAIによる概要には

「山花開いて錦に似たり」は、
山々の花が錦のように咲き誇る様子を指し、
その花も必ず散ることを知ることも
大切である
という意味が含まれています。
この言葉は、
大龍禅師が「お前は、一刻一刻遷ウツり変わりながら、
一瞬の輝きを放ち、
そして散っていく
この花たちの素晴らしさがわからぬか?」
と問いかけたことに由来しています。
大龍禅師は、
この花々のように輝き、
そして散っていく姿こそが
尊い「法身」であると説いています。

なるほど

今日は木曜稽古
昨日より暖かいと聞いたが
寒い
茶事の案内が届くとぽっと温かくなる

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岡紅葉

2024-11-14 22:17:33 | 村雨庵 稽古 

 岡紅葉
  陸奥介平景恒
岡辺なる
奥手の色は
かりあげて
ほすかとばかり
薄紅葉なり

香川景恒
カガワカゲツネ
1823-1866 
幕末の歌人。
文政6年3月21日生まれ。
香川景樹の子。
公卿徳大寺家につかえる。
父の創始した桂園派をつぐ。
書にもすぐれた。
慶応元年11月16日死去。43歳。
初名は景周。
通称は式部。
号は桂園,東塢亭。
家集に「景恒翁歌集」。
(コトバンクヨリ)

今日は木曜稽古
写真は今日の掛けもの
和歌を読んで見たが
意味不明
どこか違ってる

読めないのはずっと掛けておくと
いつか読めるようになりますと
先生が仰ってたが

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宵月夜

2024-11-13 20:27:48 | 村雨庵 稽古 

水仙に狐あそぶや宵月夜    
 蕪村

出掛けに木戸の所で
水仙の葉が伸びてるのを見つけた
花はまだまだ先だろうが
まっすぐふっくらと延びた葉っぱ
十枚くらいが固まってる
水仙は毒だけど 
葉は先端が丸くて可愛らしい

今日はクマショウさんの所で
炉になって初めての七事式だ
掛けものは「関」
花は照葉とまだ小さな椿
織部はじきの香合に
備前の灰器
フクベは生憎無いとのこと
クマショウさんの茶道具
今日はお休みが四名もいて
午前午後ともに足りない
クマショウさん姉妹も参加して
ようやく定員の五名になった

炭付花月は
炭が得意のカズ子さんが
月に当たったが
灰を撒くのを忘れた
濃茶花月は中蓋
中終いを忘れた
折据の扱いや
札のとるタイミング
足の運びなど
古い人は何十年もやってるのだから
初心者にはなかなか難しいもの
何でも急には入らない

写真は
クマショウさんちの
細葉ヒイラギ南天
黄色い花が見事

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海辺紅葉 千種有功

2024-11-07 22:15:03 | 村雨庵 稽古 

今日は木曜稽古
掛けものは和歌の短冊
筆者は千種有功

千種有功
ちぐさ-ありこと
1797-1854 
江戸時代後期の公卿,歌人。
寛政9年11月9日生まれ。
正三位,左近衛権中将。
歌を一条忠良タダヨシ,
飛鳥井家にまなび,
香川景樹,賀茂季鷹らとまじわる。
嘉永7年8月28日死去。58歳。
通称は橘蔭道。
号は鶯蛙園,在琴,千々迺舎(ちぢのや)。
歌集に「和漢草」
「日枝の百枝」など。
(日本人名大辞典ヨリ)

題は「海辺紅葉」
しぐれつる海の笠松・・・・・
むこの山辺はうつろいにけり 有功

ムムム よめない

2015.11.18このブログで書いていた
9年経っても
読めないところが読めない
トホホ

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炉ひらきに

2024-11-06 21:44:22 | 村雨庵 稽古 

炉ひらきに
這出たまへ
きりぎりす 許六

今日は水曜稽古
村雨庵の炉開きだ
かつては私自身が点前をしたり
炉開きの茶事だったり
茶会だったり
何かしらの行事をしたものだが
だんだんエネルギー乏トボしくなって
昨今サッコンはなにもしなくなった
残念だけど

ともあれ炉の初めての稽古日
香合を炉用に変え
香は練香になる
炭手前は炭が大きく
手前も新鮮だ
濃茶点前は中仕舞いがあり
気分がガラッと変わる

掛けものは
「満山紅葉錦」
読んだそのままだ
実際の風景はまだまだだろう
結構寒い一日だった

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村時雨

2024-10-30 20:39:58 | 村雨庵 稽古 

むらしぐれ
紅葉ながらにふりくれば
心とどくや
ぬらしけるかな

筆者は千種有功

【千種有功】チクサ アリコト
[1797~1854]
江戸後期の歌人。
京都の人。
号は千千廼舎ちぢのや。
左近衛権中将に至り、
堂上派に属したが、
香川景樹らと交わって、
新風の和歌を志した。
歌集「千千廼舎集」など。
(コトバンクより)

今日は有功の自画賛を掛ける
紅葉に時雨の画
有功の和歌

京都の時雨を詠ったものだろう

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花すすき

2024-10-23 21:58:22 | 村雨庵 稽古 

花すすき露を冷たくへだて住む
 花朝女 自画賛

生田 花朝女
いくた かちょうじょ、
1889年(明治22年)11月22日 ~ 1978年(昭和53年)3月29日、
明治時代から昭和時代にかけての日本画家。
菅楯彦と北野恒富の門人。
父は国学者の生田南水。
父に俳句、
藤沢黄波に漢学、
近藤尺天に国学を学ぶ。
大阪第一師範学校附属小学校を卒業後、
喜多暉月に四条派を教わる。
1912年、菅楯彦に師事
大和絵と有職故実を学ぶ
1921年に北野恒富に預けられ、
白耀社にも所属した。

今日は水曜稽古
雨が降ったりやんだり
そして暑い
掛けものは写真の画賛

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花すすき

2024-10-16 18:36:56 | 村雨庵 稽古 

 道命法師
花すすき
まねくはさがと
知りながら
とどまるものは
心なりけり

筆者は中院 通躬
ナカノインミチミ
江戸時代前期から中期にかけての公卿・歌人。
内大臣・中院通茂の長男。
官位は従一位・右大臣。
中院家18代当主。

今日は水曜稽古
10月とは思えないほど
暑い
明日もお稽古だ

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月にはつらき小倉山

2024-10-10 23:06:47 | 村雨庵 稽古 

掛けものは菅楯彦

曲舞々
月にはつらき小倉山
その名はかくれざりけり

曲舞クセマイの絵である
曲舞(くせまい)とは、
南北朝時代から室町時代にかけて流行した芸能。
鼓に合わせて謡い、扇を持って舞う
男装した女性または男性の演者が、
叙事的な歌謡をリズミカルに歌い、
簡単な所作が伴う
白拍子舞が母体といわれ、
その音曲は謡曲に入って曲(くせ)となった


東京国立博物館所蔵の
職人尽歌合(七十一番職人歌合)に
この曲舞の絵と同じようなものがある
というより
そちらの方が本歌だろう

職人歌合というものがある
職人を題材とした日本中世の歌合。
歌、判詞のみでなく職人の姿絵も描かれていることから
職人歌合絵巻、
職人尽絵、
職人歌合絵草子とも呼ばれる。
鎌倉時代、室町時代のもの各2種計5作品が知られている。
曲舞々の相手は白拍子

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菊のした水

2024-10-09 22:47:19 | 村雨庵 稽古 

水曜稽古
今日の掛物 

百首歌の中に
 式子内親王
むすぶべき
末もかぎらじ
君がよに
つゆのつもれる
菊のした水

式子内親王
ショクシナイシンノウ
シキシナイシンノウ
[?~1201]
平安末期・鎌倉初期の女流歌人。
新三十六歌仙、
女房三十六歌仙の一人。
後白河天皇の第3皇女。賀茂の斎院になり、のち出家。
和歌を藤原俊成に学んだ。
萱斎院、大炊御門斎院とも呼ばれた。
法号承如法。
新古今集に49首入集。
家集「式子内親王集」。



お菓子は練切
梢の錦

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野路の玉川萩越えて

2024-10-03 18:34:14 | 村雨庵 稽古 

 源俊頼
明日も来む
野路の玉川萩越えて
色なる波に
月宿りけり

写真は六玉川のひとつ
野路の玉川の和歌の意

筆者は菅楯彦
浪速の絵師と呼ばれた日本画家
日本三名妓の
東京赤坂の万竜、
京都祇園の千賀勇
大阪南地の富田屋の八千代
その八千代が
「手鍋さげて押し掛けた男」
として一躍有名になった


絵の内容は和歌を表すと言うが
箱がないので不明であるが私は
六玉川の野路の玉川(萩の玉川)と思っている

野路の玉川は、
平安時代末(12世紀)から有名になった歌所で、
萩の玉川とも言われ、
日本六玉川のひとつ

野路の玉川は、
平安、鎌倉時代の
東山道沿いに位置し、
往来の旅人たちも、
秋には一面になみいる
萩の花の景観を堪能したか

【源俊頼】は
[1055~1129]
平安後期の歌人。
経信の子。俊恵の父。
自由清新な和歌によって高く評価され、
保守派の藤原基俊と対立した。
金葉集を撰進
家集「散木奇歌集」
歌学書「俊頼髄脳」

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わがまつ秋ぞ

2024-10-02 21:36:42 | 村雨庵 稽古 

 よみ人しらず
なでしこの
花ちりかたに
なりにけり
わがまつ秋ぞ
近くなるらし

今日は久しぶりに七事式
クマショウさんちで
濃茶付花月と雪月花

雪月花の順
①八畳に席入
 5名以上
 今日は七名
②迎付 客は袱紗つける
③主は莨盆と菓子器
 続けて折据正客に運ぶ
④茶碗の置合せ
⑤建水を踏込畳に置き仮座に座る
⑥「どうぞ折据おまわしを」
折据え回し花のみ名乗る

折据は茶巾で回し
雪は菓子
月は茶
花は点前
雪月花が揃ったら
札を外の畳に出す
その次は折据をスミカケで回し
もう一度点前

後は常の通り

正客は菓子器の上に折据のせて
逆に向けておく

主は水次して下がり
改めて正客のところへ
総礼して菓子器をさげ
送り礼

写真は
クマショウさんちの

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秋の夕暮れ

2024-09-19 21:38:46 | 村雨庵 稽古 

 寂蓮法師 
村雨の 
露もまだひぬ 
槇の葉に
霧立ちのぼる 
秋の夕暮れ

今日は木曜日稽古
掛けものは
三夕の歌の画賛
賛は
大国隆正オオクニタカマサ
1793~1871
江戸末期の国学者。
石見の津和野藩士。
江戸の生まれ。
姓は今井、のち野之口。
平田篤胤に国学、
昌平坂学問所で古賀精里に儒学を学んだ後、
文人墨客と交わる。
また、村田春門に音韻学を学び、
長崎に遊学し洋学を修めた。
著「六句歌体弁」「古伝通解」など。
(コトバンク )


 寂蓮
さびしさは
その色としも
なかりけり
槙 まき 立つ山の
秋の夕暮れ

 西行
心なき
身にもあはれは
知られけり
しぎ立つ沢の
秋の夕暮れ

 定家
見渡せば
花も紅葉もなかりけり
浦の 苫屋 の
秋の夕暮れ

秋になると毎年
何となく思いだし
口ずさむ
秋の夕暮れ
所々忘れてたどたどしいが
年相当だろう

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