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哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

私たちの毎日の関心

2011年09月16日 | xx6「する」とは何か

Godwardgreciangirl 私たちの世界では、何かが何かを「する」ことによって推移していく。私たちにとっては、次の瞬間に、あるいは一時間後、あるいは明日に、だれが(あるいは何が)何をするのか、その結果何がどうなるのか、それを予測することが重要です。仲間と気持ちを通じあって、それについて語らって、それを予測し、仲間とともに予測を確認していく。そういうことに私たちの毎日の関心のほとんどが集中しています。私たちは、科学とかかわるとしても、物質現象の変化をもそうして、何かが何かを「する」ととらえて、予測に使います。

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言語世界に生きる私たち

2011年09月15日 | xx6「する」とは何か

私たちは、「~する」という図式を使う日常言語が表現できる世界に生きています。毎日、仲間とともにそういう言語で語り合い、一人で考えるときもその言葉で物事を考えている。そのように言葉を使える世界をだれとも共有できる現実と思って生きています。まさに、私たちはその世界に生まれ、その中で死んでいきます(拙稿18章「私はなぜ言葉が分かるのか」 )。

この世界とは別に、科学の描くような原子や素粒子やビッグバンの世界があると思うとしても、そんなものはないと思うとしても、私たちにとってはつまるところ、どちらでも構わないわけです。

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かなり別の世界

2011年09月14日 | xx6「する」とは何か

Godwardg それにもかかわらず私たちは自分たちが物質の世界の中で生きていると思っています。私たちの身体は細胞でできた物質であって、私たちが住んでいる環境は地球という惑星である、と思っている。そういう物質でできている世界は(拙稿の見解によれば)「~する」という図式を使う日常言語で表現できる世界、つまり私たちが仲間とともに住んでいる世界とは、かなり別の世界です。

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ふつうの会話の世界

2011年09月13日 | xx6「する」とは何か

物質世界を私たちが知っているのは、ふつう言葉を通してであるので、物質世界がすべてであるということはありえません。なぜならば、「~する」という図式を使う日常言語が表現できる世界が現実であると思っている私たちにとってはこの言葉の意味を説明できない科学理論による物質世界は(すべてであるどころか)特殊な狭い世界でしかないからです。一方、私たちにとっての物質世界は、日常言語で表現できるような際立った物質現象を含む日常の光景であるので、衛星搭載放射計や電子測定器でしか観測できないような、言葉で説明しても意味がはっきりとは分からないような、科学が対象とする物質現象のすべてを含むものではありません。つまり科学が描くような物質世界と、私たちがふつうの会話で話しているような世界との共通部分はあまり大きくない、ということでしょう。

拝読ブログ:inside FUTUREEXPRESS GAMEFallout NewVegas その8 DLCOld World Blues

拝読ブログ:閉じられたドアの向こう側で 無音の世界

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言葉に意味があるのか?

2011年09月12日 | xx6「する」とは何か

Godwardi 物質世界がすべてだとすれば(「~する」という図式を使う)私たちの言葉は意味がないし、私たちの言葉に意味があるとすれば物質世界は私たちが知ることができる物事のすべてではない(拙稿23章「人類最大の謎」 )。

拝読ブログ:愛の夢とか/川上未映子

拝読ブログ:プギャー

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