哲学はなぜ間違うのか

why philosophy fails?

将来予測に身体が反応する

2010年06月30日 | xx2私にはなぜ私の人生があるのか

Rubens_thedrunkenhercules

たとえば、自分が産んだ子が腕の中にいれば、サルはこれを抱きしめる。人間も同じです。けれども、サルは、過去に出産の経験があるとしても、まだ次の子を産んでいないときにこれから産むであろう子が腕の中にいると想像してこれを抱き締めることを想像することはしません。ところが、育児の経験を持つ人間は、そういう想像をすると、腕の筋肉がわずかに動いて想像上の赤ちゃんを抱こうとするように運動神経系が活動する。内分泌線も産婦のような活動をする。このとき、その人はかわいい赤ちゃんを抱くことを考えている。こういう働きが、人間の身体にはある。

私たちの身体は(拙稿の見解では)、客観的現実がこれからどう変化するか予測して、その予測結果に反応して運動の準備が起こり、自律神経系が活性化され、内分泌腺が活動する。つまり人間は、現在の状況にしか反応しない他の動物と違って、将来の予測に反応して現在の身体活動が起こるようになっている。何日も先の、何年も先の、将来に起こるであろうと予測される物事に対して、まるで今起こっていることのように身体が反応する。こういう場合(拙稿の見解では)私たちは、自分は考えている、と思う。予測の精度は事後の経験と照合して評価学習される。こうして予測の精度は学習によって向上していく。子供より大人が、若い人より老人が、現実的なのはこのためでしょう。

拝読ブログ:心身症

拝読ブログ:途中から記憶がない

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過去への反射・未来への反射

2010年06月29日 | xx2私にはなぜ私の人生があるのか

人生保持機構は過去に対しても働きます。家族や仲間の視点から

見てとる過去の自分の姿を(存在感を伴う現実として客観的に)回想したときに引き起こされる自分の身体の反応を感じとって、現在の行為に反映する。たとえば親孝行せねばな、とか、兄弟や仲間を助けてやろう、とかいう(考えや)行為が起こる。

大事なことは、未来や過去のこれらの想像や記憶が存在感を伴う現実世界で起こることであり、また起こったことだ、と感じられるところです。それが現実であると感じるということは、拙稿の見解では、身体がそれに反応して動く、ということと同じことです。逆にいえば、自分の身体がそれに反応することを感じとるとき、私たちはそれを現実という。つまり、人間の身体は、過去の自分や未来の自分を思い描くことで、動物の身体が目の前の現実に対して反射運動を起こすのと同じように、反射的に動く。人間以外の動物は人生保持機構を持たないので、過去の自分や未来の自分を思い描くことができない。つまり人間以外の動物は、目の前でいま起きている物事以外に反応することができない。

拝読ブログ:幼い頃の未来予想図

拝読ブログ:レスラー 

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人生保持→行為形成

2010年06月28日 | xx2私にはなぜ私の人生があるのか

Rubens_theconsequencesofwar

以上の拙稿の仮説が正しいとすれば、人生保持機構は、家族や仲間の視点から見てとれる将来の自分たちの姿を(存在感を伴う現実として客観的に)想像して、その想像に対して自分の身体がどう反応するかを感じとることで、現在の自分の行為を形成する機能としてできあがっているはずです。

たとえば生まれた子供と暮らす自分の姿を想像することで身体が暖かくなって心地よいと感じとった場合、子供を作る行為はポジティブに評価されて、促進される。その想像が心地悪く、背中がひんやりする感じがする場合は、ネガティブな反応が起こって、忌避される、という具合でしょう。これが人生保持機構の働きです。

拝読ブログ:春日武彦「17歳という病」

拝読ブログ:アウシュヴィッツ

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人生の存在理由

2010年06月27日 | xx2私にはなぜ私の人生があるのか

このように考えてくると、現代人が自分や家族の人生がどうだとか、どうなるかとかを、いつも真剣に考えていることは当然である、と思えます。明日の自分や家族の人生に関心を持たないような身体を持つ人々は、手間のかかる大きな頭脳を持った子の育児を遂行することができないため子孫を残せず消えていった、という推論が得られるからです。

ですから私たちが他の動物と違って、「幸せな結婚をしたい」とか「出世したい」とか「金持ちになりたい」とか「子供を幸せにしたい」とか「収入が減ったら困る」とか「歳を取るのは嫌だ」とか「死ぬのは怖い」とか、何年も先の人生の問題を悩むことは、まさに、私たちが、これほど頭脳が大きい身体を子孫に引き継いでいく動物である以上、逃れようがないことなのです。

拝読ブログ:電球替えた

拝読ブログ:店長代理のお仕事終了!

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生物進化過渡現象の謎

2010年06月26日 | xx2私にはなぜ私の人生があるのか

Rubens_susannaandtheelders

もちろん、進化は漸進的でしょうから、中間点では脳が大きくなった割には人生保持機構が完全ではない状態があったでしょう。その時期の人類は、幸運であってたまたま食糧が豊富な環境にいたのかもしれません。幼児を抱えた母親が、協力者がなくても、一人で簡単に多くの食料を獲得できる環境が存在したのかもしれない。たとえばアフリカに住む現在のチンパンジーなどはこういう生態です。その後、環境が悪化したとき偶然人生保持機構を獲得した一族だけが生き残って大繁殖したのかもしれない。そこは謎です。生物進化にはよくある過渡現象の謎です。中途半端な翼をもった始祖鳥は空を飛べずにどうして繁栄できたのか、とか、暗すぎて見えないランプしか持たない初期のホタルはそれをどう役立てたのか、とか、生物進化にかかわる謎はいくらでもあります。

いずれにせよ、現生人類の私たちの特徴として、古い時代の人類に比べて大きな脳を持ち子供の養育にエネルギーと時間と手間がかかることは事実であるし、原始人類に比べるとずっと精緻な人生保持機構を持っていることも確かです。このことから、この二つの特徴が相互に依存しながら共進化したという(拙稿の)仮説は否定しにくいでしょう。

拝読ブログ:「人間とチンパンジー:DNA2%の相違」を見て/武田瑛夢

拝読ブログ:チンパンジー、殺し合いで縄張りを拡大

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