私たちが現実について語るとき、日常会話、世間話、仕事上の会話、政治、科学、神学その他すべてのコミュニケーションや言語表現は、このように共有する現実の上に作られた種々の理論について語り合っている、といえます。
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逆に言えば、仲間が感じ取っているはずの現実をそのまま現実として感じ取るように作られた身体を持っていることが、人類が緊密な社会を維持し生存繁殖するために大いに便利であったから、私たち現代人は、そう感じ取る身体を持っている、と考えることができます。
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私たち人間は、身体が感じとる現実世界の存在感、あるいは実在感、という錯覚に惑わされるように進化したおかげで繁殖に大成功した動物です(拙稿第一部 哲学はなぜ間違うのか・第4章「世界という錯覚を共有する動物」 )。私たちは、身体が感じ取る身の周りの物事の存在感を手がかりにして、仲間とそれを共有することで客観的現実世界全体を感じ取り、さらにその上に言語を作り上げ、言語を使って文化を作りあげることで、皆で共有する現実世界を安定化し、そこにいろいろな理論を作って日常生活に使っています。
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私たち人間にとってこの現実の現れ方は、それ以外には何もないという意味で、すべてが現れている、といえます。目や耳で感じられる光景や音声が確かなものだと感じられることとまったく同じように確かに、この現実世界全体の存在を、私たちの身体はいつも感じ取っています。
それは人間の身体の物質的な構造そのものから来るからです。この身体の中に生きる私たちもまた、この身体が感じ取る現実以外に何か他のものを感じ取ることはできようがない、というべきでしょう。何か他にあるはずだ、と思うことは幻想です。
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その行き止まりの中で私たちは生きている。人間はだれもそうです。それはかつて哲学者たちが形而上学 と呼んだ問題ですが、(拙稿の見解では)これは実は高尚な哲学問題であるというよりも私たちの体感が(錯覚として)こう感じさせるのであって、それは私たち人間の身体が(進化により)そう作られているから、という理由以外の理由はありません。
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