逆に言えば、科学は、言葉を使って正確に語れるものについてだけ語る。厳密にそうすると、科学が語れるものは物質だけになる。物質についてしか語れないと、つまらない話しかできません。科学はそういう事情で、学ぶのが面倒な割に、いつもつまらなさが伴うことになってしまった。それでもめげずに科学は、あえて、目に見える物質についてだけ語り続けた。そうして大成功しました。
科学が使う言葉は、論文に書いても査読者にとがめられないように、決まり文句の羅列になったり、数学を援用したり、専門語をテクニカルに定義したり、かなり人工化されています。しかしそれにもかかわらず、科学の言葉は、まぎれもなく自然言語です(一九八八年 アラン・フォード、F・デイヴィッド・ピート『科学における言語の役割』)。物理学、化学、生物学、地学、など現代の自然科学は、どれも基本的には、自然言語を使って語られる。科学の言葉遣いは、自然言語が、使用目的にあわせて効率化されたものとみることができる。こういう言葉は、狭い領域で正確かつ迅速な情報の伝達と共有を必要とする専門家集団の内部で磨き上げられてくる。専門家以外の人々にとっては難解ですが、専門家にとってはとても分かりやすい効率的な言葉になっています。
拝読ブログ:つまらない話
拝読ブログ:ヌクレオチドの生成と生物史