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生涯未婚率上昇と「親ロス」

『定年不調』より 男の孤独、孤立と向き合う
 親との死別でひとり取り残された喪失感を私は「親ロス」と名づけて、このところ、その症状や社会的背景、対応策について、メディアなどで発表してきました。
 各種の報道にあるとおり、50歳までに一度も結婚したことがない人の割合を示す「生涯未婚率」は、年々上昇しています。国立社会保障・人口問題研究所が『国勢調査報告』をもとに算出したデータによると、2015年の生涯未婚率は、男性23・37%、女性14・06%と、過去最高を記録しました。現在の日本では、50歳以上の男性のおよそ4人に1人、女性の7人に1人が未婚者ということになります。
 もちろん、意識して結婚を選ばなかった人、事実婚の人、ひとりで暮らすことを選んだ人など、それぞれ理由や事情はあると思います。その中で、結婚の意思はあっても何らかの理由でしないまま、親と同居してきた中高年の独身男性が、親の死をきっかけに、抑うつ状態やうつ病、更年期障害を発症するケースが目立って増えている、と日々の臨床の場で感じています。
 その一例を紹介しましょう。
 50歳の会社員男性・Eさんは、一人っ子で早くに父親を亡くし、母親との2人暮らしを続けていました。実家が東京都内にあり、通学や通勤に便利だったので、Eさんは就職後も実家を出ることはなく、食事や掃除、洗濯など身の回りの世話は母親がしてくれる生活を送ってきました。Eさんのお話では、「いい女性と出会えばいずれは結婚しようとは思っていたけれど、いまの生活が楽なので、自分から積極的に出会いを求める必要はなかった」ということです。
 ところが、Eさんが50歳になって間もなく、母親が病気で急逝しました。家事をめったにしたことがなかったEさんは途端に日常生活の諸事において難儀しましたが、「それ以上に痛手だったのが、家に帰って話す相手がいなくなったこと」でした。
 また、ご自身の性格について、「内気で親しい仲間はおらず、仕事が終わると自宅へ直帰していました。休日も用事以外は外出せず、自室でひとり、読書やゲームをして過ごすことを楽しく感じるタイプです」と明かされました。
 そんな生活でも、家にいるときは話し好きな母親が何かと話しかけてくるので、とくに不都合は感じていませんでした。ところが、「母親がいなくなった家は静まり返り、急に孤独感が押し寄せてきました。このままひとりの生活が続くかと思うと、何とも言えない不安と寂しさが襲ってきたのです」と言います。孤独感が募ったEさんは次第に不眠や胃痛を覚え、やがて抑うつ症状が強くなっていきました。
 当院ではいま、独身の患者さんをカウンセリングする中で、職場環境や仕事内容にさほどストレス要因が見当たらないため、よくよく話を聞いてみると、1年以内に母親を亡くしたという告白がポロリと出てくるケースが増えています。
 Eさんのように独身で親と同居していた男性が母親を亡くした後、「親ロス」による深刻な症状に見舞われることがあるのです。長年の臨床で得たデータでは、専業主婦が多数派を占めていた、団塊の世代くらいまでの母親は、一般的に男の子には大人になってもかいがいしく身の回りの世話を焼く傾向にあります。
 成人後も同居していると母親からのそうした過保護が定着し、家事はもちろん、生活習慣のありようまでを息子が母親に依存する関係が長く続くことになります。その結果、母親を亡くした後の息子の喪失感や孤独感は一段と深くなるのです。
 医学的に「親族の死」はストレッサーとしての順位が高く、大きな精神的ストレスになります。しかし、親の死の悲しみを乗り越えられずに抑うつ状態やうつ病など心身の病気になるのは、成長過程で親離れ・子離れができず、精神的に自立を果たせていなかったことが一因と考えられます。
 学校の卒業後も親との同居を続けて、親に経済面をはじめとする生活の基盤を依存する独身者を「パラサイトシングル」とも呼びますが、近年は「パラサイトの中年化」が話題になっています。総務省の調べによると、35~44歳で親と同居する未婚者の数は、1980年には39万人でしたが、2016年には288万人と、約7倍に増えています。45~54歳で親と同居する未婚者は2016年には158万人で、同年代の総人口の9・2%にのぼります。
 この数字からは、社会的背景として、バブル経済崩壊後に20年近く続いた不況と就職氷河期の影響で、経済的な問題で実家から独立できず、親と同居せざるを得なかった人が多数いることがわかります。また、いったん実家から独立したものの、親の介護のために再び同居を始めた人や、親に依存せずに同居している人、結婚の意思がない人なども相当数含まれると考えられるので、もちろん全員が親ロス予備群というわけではありません。しかし独身の中高年男性が急増していることを思うと、Eさんのように母親に先立たれた親ロスから抑うつ状態となる人が今後、ますます増えていくだろうことは予想できます。

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