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時間の役割

『ファスト&スロー』より

経験する自己の生活は、瞬間の連続として表すのが論理的であり、一瞬一瞬にはそれぞれに価値がある。あるエピソードの価値すなわち実感計測値は、各瞬間の価値を合計すれば計算できる。だが私たちの脳は、エピソードをそんなふうには捉えない。記憶する自己は、記憶に基づいて物語を組み立て、選択をする役割も果たすが、そのどちらも時間を適切に考慮していない。物語では、エピソードは重要な瞬間に代表される。それは、始まりとピークと終わりである。持続時間は無視される。このようにいくつかの瞬間が偏って重視されることは、冷水実験や『椿姫』で確認することができた。

プロスベクト理論では、他の形で表れる持続時間の無視も扱った。ある状態が、その状態への移行によって代表されるという形である。宝くじに当選すると新しい資産状態に移行し、それがしばらく続くわけだが、決定効用は、当選したという知らせを聞いたときに予想される反応の強さによってのみ決まる。このほんの短い期間だけが考慮されて、新しい状態に対する注意の減退その他の順応は無視される。新しい状態への移行に焦点を合わせ、持続時間と順応を無視する傾向は、慢性的疾病に対する反応の予測に見られた。焦点錯覚に影響された回答者が犯した誤りは、選別された瞬間にのみ注意が集中し、それ以外のときに何か起きるかをすっかり無視したことに起因する。脳は物語を扱うことには長けているが、時間をうまく処理できるようには設計されていないらしい。

過去一〇年間に、私たちはしあわせということについて多くの新しい事実を知った。だが私たちは、「しあわせ」という言葉が単一の意味を持つのではないこと、したがって、あたかも単一の意味しか持たないように扱うべきではないことも学んだ。ときに科学の進歩は、以前よりも多くの難問を私たちに残すのである。

生活評価を話題にするときは

 「すごい車を買えばしあわせになれると彼女は思っていたらしいけど、それは感情予測のエラーだったことがわかった」

 「通勤の途中で車が故障して、彼はすっかり不機嫌になっているんだ。こんな日には仕事満足度を彼に訊ねるべきじゃないね」

 「彼女はいつも明るくて元気がいい。ところが生活満足度を訊かれたら、とても不幸だと言うんだ。その質問で最近の離婚のことを思い出したからだろう」

 「大きな家を買っても、長期的にしあわせになれるとは限らないわ。私たち、焦点錯覚にとらわれているのかもしれない」

 「彼は時間を二分して二つの都市を行き来することに決めたらしい。誤った願望の重症例だと思うね」
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