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イスラーム倫理は格差是正に有効か

『アラブ革命への視角』より

大きな不平等と格差を生み出し続けている新自由主義志向経済下において、イスラームは社会的結束を維持するためにどのような役割を果たせるのだろうか? AKP政府はその社会福祉政策の基礎を家族および社会連帯ネットワークにおいている。AKPの社会政策は市民社会による相互支援(日本で最近“互助”と呼ばれるものに近い)を強化することに焦点を当てている。それには、イスラーム的倫理に基づく社会の連帯強化が不可欠であるという。実際、慈善活動NGOはムスリム企業からの寄付金を集め、貧しい人々に分け与えている。地方自治体も社会支援提供に参加している。地方自治体予算は個人からの寄付に大きく依存しており、自治体は慈悲深いムスリム寄付者と地域の貧困世帯との仲介役を演じている。これは新自由主義下で称揚される社会福祉の民営化を支えることに奉仕し、社会問題解決を個人の公徳心と慈善精神に依拠するギュレン運動のイスラーム倫理によって強化されている。こうしたイスラーム倫理は、緊縮財政を強いられる新自由主義志向国家にとって、誠に好都合なイデオロギーであることは間違いない。

とはいえ、相互責任・尊重・信頼を謳う互酬主義がどこまで社会を支え切れるかは未知数である。そもそも資本家と労働者の間の互酬関係は基本的に搾取的である。実際、AKP政権が誕生した後でも失業率は必ずしも落ちてはいない。社会保障制度予算の削減も行われている。AKP政府は、新興のアナトリア資本家階級を代表するMUSIADの圧力に折れ、三〇人以下の労働者を抱える会社は雇用保障義務を免れるという二〇〇三年労働法を成立させた。以前の労働法は労働者一〇人以下の会社のみがそれを免除されていた。その上、MUSIAD加盟会社は公然たる組合嫌いである。賃金をめぐる階級的矛盾も表面化している。親イスラーム的労働組合の中には、輸出を遅延させかねないという理由でAKP政府がストライキに干渉したことと、貧困・失業・非正規雇用問題に真面目に取り組まないことに対して政府を非難する組合も出てきている。

将来的に、イスラーム倫理だけで、大きな不平等を生みだす新自由主義経済の実際のダイナミクスを埋め合わせることは実際には難しいであろう。こうしたトルコの現状と将来について、トルコ研究者のイルディズ・アタソイは「ケマリスト国家に対するアナトリアの憤憑政治を通した中間階級の新自由主義的再編成はやがて階級不平等に対する労働者・貧困層の側の新しい意味のルサンチマンに取って代わられるかもしれない」と言ってなる

トルコが注目されるのは、新自由主義をうまく利用して成長を遂げつつあるイスラーム系の新興資本家グループと、政治の分野で強いリーダーシップを発揮するイスラーム政党とが強い連携を持ち、社会的にはギュレン運動等と深くつながることによって、イスラーム志向の多数派国民の支持を勝ち得ていることである。トルコの例は、同じくIMF/世銀の指導下で数字の上ではそれなりの経済成長率を維持しているにもかかわらず、経済格差を放置し、政治抑圧を強め、民営化を利用した不正蓄財や汚職・腐敗が蔓延していたチュニジア、エジプトとは際立った対照を示している。それは、トルコが政治制度において、より民主的で、イスラーム新思考に基づく倫理観と正義感の強い政治指導者、官僚行政官に恵まれていたからだろうか。少なくとも、アラブ革命後の新イスラーム政権が、トルコを見習わねばならない最大のものに、高い倫理性と柔軟で現実的なイスラーム解釈があることだけは確かなようだ。
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砂漠の民の戒律 (μ)
2012-07-13 03:39:08
互助の精神を暮らしの中に入れ込んでいる。
これが世界を救います。
 
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