shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

インチワーム / メリー・ホプキン

2012-03-04 | Standard Songs
 “ポールのスタンダード” 特集第5弾は「インチワーム」(←英語でシャクトリムシのこと)という曲で、作曲したのはポールが敬愛する作曲家、フランク・レッサーだ。 shoppgirl姐さんのブログで知ったのだが、2009年10月にブロードウェイで開かれたフランク・レッサー生誕100年を祝うチャリティー・コンサートにポールが出演して「スロー・ボート・トゥ・チャイナ」を歌っている映像が YouTube にアップされており、歌い始める前に “子供の頃、親族一同で集まって父のピアノに合わせてみんなでよく古い歌を歌ったものだけど、その時はそれが誰の曲かなんて考えもしなかった。やがて時が経ち、あの時歌っていた曲の多くがレッサーの作品だと知ったんだ。” とスピーチしているのだ。調べてみると、バディー・ホリーだけではなくレッサーの曲の版権もポールの MPL が所有しているというからその傾倒ぶりがわかろうというものだ。
Paul McCartney - On A Slow Boat To China


 この「インチワーム」という曲は元々1952年のミュージカル映画「アンデルセン物語」のためにレッサーが書いたもので、 “マリゴールドの花を測るシャクトリムシさん、計算が得意だね... でも立ち止まって花の美しさを見たらどうだい?” という主旋律部分と、“2+2=4, 4+4=8, 8+8=16, 16+16=32...” という足し算リフレイン部分で構成されており、“算数みたいに何でもビジネスライクに割り切って考えるのはやめたら?” と示唆する内容の歌だ。映画では教室の中で子供たちが足し算の輪唱パートを歌い、外の花壇の脇で主演のダニー・ケイがそれを聴きながら主旋律のパートを歌うという演出。素朴そのものだが、原点の光が輝いている。
Danny Kaye - Hans Christian Andersen


 一般的にこの曲はジャズのスタンダードというよりもむしろ子供向けのポピュラー・ソングという認知を与えられているようで、実際セサミストリートなんかでも使われている。ジャズでこの曲を取り上げたのは、大ベテランのイブシ銀ピアニスト、ジーン・ディノヴィのアルバム「リメンブランス」ぐらいしか思いつかない。シーツ・オブ・サウンドとかいう楽曲破壊奏法を得意とする某テナー・サックス・プレイヤーも演っているようだが、あんな悪魔の呪文みたいな気色悪い演奏はもちろん問題外。この「インチワーム」は曲を慈しみ、聴き手を癒すように優しく歌うシンガーにこそピッタリの佳曲なんである。ということで、以下の3ヴァージョンが私的トップ3だ。

①Mary Hopkin
 「インチワーム」と聞いて真っ先に頭に浮かんだのがポール自らがプロデュースした “アップルの歌姫” メリー・ホプキンのデビュー・アルバム「ポストカード」(1969年)に入っていたこのヴァージョン。まるで天使のような彼女の透き通った歌声、そしてそんな彼女の持ち味を存分に活かしたポールのアレンジがこの曲の髄を怖いぐらいに引き出しており、大袈裟ではなく、聴いていて背筋がゾクゾクしてしまう。その少し憂いを含んだ心に沁み入るような歌い方(←サムに教えてもらったのだが、英語では haunting って言うらしい...)はあの「悲しき天使」に迫る名唱と言えるだろう。
 それにしても自分の秘蔵っ子に歌わせ、40年余の時を経て再び自分のアルバムに入れるとは、ポールは余程この曲がお気に入りのようだ。「ポストカード」には他にも「木の葉の子守唄」や「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」、「ショーほど素敵な商売はない」といった古き良きスタンダード・ナンバーが収録されており、ポールの趣味・嗜好が色濃く反映されたアルバムになっているので、今一度そういう耳でチェックしてみるのも面白い。
Mary Hopkin - Inch Worm


②Anne Murray
 「インチワーム」の隠れた名唱として一押しなのがこのアン・マレー。常日頃愛聴しているというわけではないけれど、折に触れ取り出して聴いてみるとやっぱりエエなぁと思わせる... アン・マレーは私にとってそういう存在だ。この人はどちらかというとカントリー系のポップス・シンガーという位置付けで、大ヒット曲の「スノーバード」も「ダニーズ・ソング」も「ユー・ニード・ミー」も私にはいまいちピンと来ないのだが、カヴァーとなると話は別。特にモンキーズの「デイドリーム・ビリーヴァー」やビートルズの「ユー・ウォント・シー・ミー」のカヴァーなんかもうオリジナルに勝るとも劣らない必殺のキラー・チューンだと思う。
 この「インチワーム」は彼女が1977年にリリースした子供向けアルバム「ゼアズ・ア・ヒッポ・イン・マイ・タブ」(邦題:「愛のゆりかご」)に収録されていたもので、聴き手を優しく包み込むようなヴォーカルが絶品だ。モンキーズやビートルズをカヴァーした時と同様に、彼女の温か味のある歌声とキャッチーなメロディーとの出会いがマジックを生むのだろう。他にも「ユー・アー・マイ・サンシャイン」や「この素晴らしき世界」といった名曲が彼女のハートウォーミングな歌声で楽しめるこのアルバム、 “ウチのバスタブにはカバがいるぜ” というふざけたタイトルと可愛らしいジャケットのせいでスルーしてしまうと損をする1枚だ。
Anne Murray - Inchworm


③Doris Day
 ハートウォーミングな癒し系ヴォーカルの元祖といえばドリス・デイだ。彼女は数多くのスタンダード・ナンバーを始めとして様々なジャンルの曲を歌っているが、この曲は子供向けの曲ばかりを集めた企画物アルバム「ウィズ・ア・スマイル・アンド・ア・ソング」(1964年)に入っていたもので、子供たちの可愛らしいコーラスをバックにその人柄が滲み出るような優しい歌声を聴かせてくれる。このアルバムは子供向けのレコードということであまり取り上げられることはないが、アメリカの国民的シンガーとしてジャンルを超えた存在だった彼女ならではの1枚と言えるだろう。子供たちに囲まれて幸せそうなドリス・デイの表情が印象的なジャケットも実にエエ感じだ。
Doris Day - The Inch-Worm