津々堂のたわごと日録

わたしの正論は果たして世の中で通用するのか?

■宇土「宇土支藩初代・行孝公」が教えること

2024-03-25 06:57:09 | 史料

1、宇土細川藩初代の行孝(宮松)3歳から荻原兼従に預けられたが、それが7年にも及んでいたこと。
1、三斎の死の時期、興津弥五右衛門は愛宕下屋敷(三斎屋敷)詰であったこと。
1、「志方半兵衛御暇申上候故、願之通御暇下候得共、不届之子細在之付、行孝公ヨリ身上御構被成、
   熊本被召出候事も不被為成、御扶持方下一生埋レ罷在候也」
  この記述は、その後も志方家五家が枝葉を広げており、何かの間違いではないか。
           
■志方一族略系図

 細川家記では伺えない、側近の記述である井門文三郎著の「井門家文書」が著すところだが、疑義も残る。

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