とうやのひとり言

佐藤とうや ブログ

大震災での自衛隊

2011年05月06日 | インポート

002  4月28日県議団が被災地に入った最初の訪問地は、自衛隊仙台駐屯地第6師団への表敬訪問である。「自衛隊は暴力装置」と言った仙石官房長官の言葉が残るが、10万人とも言われる自衛隊抜きの災害復旧はあり得ない。その活動は多岐にわたっていて報道される所だけではない。
 第一義的に実施されたのが情報収集と人命救助である。どこに誰が助けを求めているか。何を使って救助できるのか、瞬時の判断が求められる時間との闘いである。次の行動は行方不明者の捜索である。家族の悲痛な叫びが痛いほど感じながらの活動となる。そして、被災者の生活支援活動も一刻の猶予も許されない重大な使命である。せっかく助け出された方たちを含めて生存に直結する、給食、給水、衛生、毛布等の物資輸送が緊急行動として不可欠である。
 時間の経過と共に、入浴や全国から届く支援物資の仕分けと輸送が始まる。石巻総合運動公園が支援物資輸送基地となっている。そこから孤立地域への空輸や、軽トラックを使っての輸送作戦が始まった。洗濯機や簡易トイレ等も欠かすことは出来ないが、被災地域が広大なためなかなか行き届かない難しさも出た。
 米軍との共同活動も実施された。校庭の汚泥除去や体育館の清掃など、日米の円滑な連携作戦がされ、特に仙台空港の復旧に米軍は威力を発揮し、短時間で空港の一部が回復するなど、空港関係者は感嘆の声を上げていた。
 自衛隊は、激励演奏会を被災地の要望に応える形で、小中学校の卒業式などで演奏し心のケアも含めて、きめ細かな活動をしている。自衛隊は国民の財産である。過去に自衛隊の卒業式で「君たちの活躍の場がないほど国にとっては良い事だ」と訓示した総理大臣の言葉が心に残る。

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