とうやのひとり言

佐藤とうや ブログ

30年前の北小応援歌

2013年03月30日 | インポート

004 私の作詩した「北小応援歌」が、閉校で30年振りにわが家に帰ってきた。30年間北小体育館ステージ右に掲額され、子供たちを見守り、歌い継がれてきた歴史が重く感じられる。
 そもそもは、昭和58年の夏頃、今は故人の松田俊雄校長が「北小の応援歌を作ろうと思う。作詩を頼みたい」との依頼があった。当時PTA会長だった私は、迷いながらも「やってみましょう」と引き受けた。
 イメージは、リレー選手スタート直前の緊張感を表現しようと決めた。夏の暑い日を設定し、言葉選びが始まった。約1ヶ月の試行錯誤を重ね松田校長に手渡した。「おお、いいね」と採用が決まった。音楽の先生だった松田校長が、「曲は一瞬で出来た」といい、楽譜作りが始まり、8月14日の北小同窓会総会の時、金管バンドの演奏も併せて、お披露目がされた。
               北小応援歌     作詩 佐藤 藤彌
                           作曲 松田 俊雄
         1 ひたいに汗が  流れてる  
           こぶしでそっと  ぬぐったら
           どこか勇気が  湧いてきた
           北小われら   いざゆかん
         2 隣の友が    振り向いた
           ようしやるぞと 胸熱く
           心ひとつに   まとまって
           北小われら   いざゆかん
         3 黒いあいつの 目が光る
           つらい練習   耐えぬいた
           戦いぬくさ   意地がある
           北小われら  いざゆかん 

 
 手作り応援歌はこのように誕生した。

閉校に際して木製の立派な額を頂き、わが家に納まった次第である。

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由紀さおりさん閉校式で歌う

2013年03月21日 | インポート

009 20日に幕を閉じた酒田市立北平田小学校閉校式典は、穏やかな天候に恵まれた。校旗返納のクライマックスに「あー終わったか」とつぶやいた。138年の歴史は重い。
 式典の後、由紀さおりさんの特別コンサートが予定通り始まった。500人を超える地区民や北小関係者が駆けつけた。由紀さんは「北小がなくなるのは寂しいけれど、みんな前を向いて進もう。私は、日本語の美しさを伝えて行きたい。その凝縮されたのが童謡です。メールのピコピコで気持ちは伝わらない。思いやり、優しさ、いたわり、親切は目に見えないもので、伝えるのは言葉です。鼻濁音が崩れてきていますが、しっかり発音しましょう」と呼びかけた。
 「春が来た」「めだかの学校」「うれしい雛祭り」を会場みんなで合唱。大きな古時計を由紀さんが熱唱、「手のひらを太陽に」は全員で手のひらダンス。北小校歌を歌いながら児童が退場。最後に「ふるさと」をみんなで歌って終わった。選ばれた、それぞれ曲の深い意味の解説は、説得力があった。
 夜遅く、由紀さおりさんのブログを開いたら、北小の事がもうアップされていた。3年前、飛行機に乗り合わせた時「閉校記念にぜひ」とのお願が実現できた。関係者の皆さんに感謝。

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新人国会議員に激しいヤジ

2013年03月17日 | インポート

003 「安部総理は、昨日、TPP交渉に参加する旨の表明を行った。国民に対する十分な情報開示と国民的議論が行われていない中で、TPP交渉参加の意思を表明したことは、国民との約束を反故にするもので、誠に遺憾であり、強く抗議する」で始まった「TPP断固反対」山形県民緊急集会の会場、山形テルサは異様な雰囲気に包まれた。
 身近にせまる農業の崩壊や、新自由主義に押し流されようとする地方の危機意識に火がついた格好だ。国際価格の農産物を瀬戸際で守っているのが関税である。これに守られてきた食料品を中心とした農産品は500種類にも及ぶと言われ、その価格の根底が揺らぐ一大事である。インフレターゲットに齟齬が出てくるなど不安は尽きない。
 集会であいさつに立った、先の総選挙で初当選の自民党衆議院議員は、平謝りと弁解に終始した。そこに容赦ない罵声が飛んだ。「政治は結果だ」「議員をやめろ」「弁解はいらん」今まで経験したことのない厳しいヤジには驚いた。
 TPP交渉はどんな道をたどるのか、政権政党がどう対峙しようとしているかは見当もつかないが、この黒船が日本の形を変えることだけははっきりしている。それは、中山間地の崩壊から徐々に幕をあける。経済アナリストやマスコミが総じて賛成している不気味さを感じる。
 

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閉校を前に大掃除

2013年03月10日 | インポート

002 閉校を10日後に控えた北平田小学校の子供たちは、古い校舎の清掃作業に汗を流した。138年間続いた学校を愛しむように、窓を磨き床の雑巾がけに励む児童の姿に、万感込み上げる思いがあった。
 少子高齢化は地方を直撃する。若者が減り続ける自然豊かな田園都市は、社会基盤を失い負のスパイラルに陥った。医者がいなくなり、スーパーが消え、村々にあった雑貨店も消えた。ガソリンスタンド過疎地域なる新語も出てきた。賑わうのは、葬祭センターと介護施設となってしまった。
 無駄な公共事業とレッテルを貼り、費用対効果の言い訳で地方の道路や公共施設は切り捨てられてきた。道路は命の道路であり、生活そのものである。人が集まる大都市の論理だけで日本が成り立つとは思えない。高速道路網が完備して初めて地域間競争の勝負が出来る。中核施設があってこそ、そこに人が集まる。多寡は別として活力や賑わいが生まれる。
 時代の流れは多くの学校の統廃合を生んだ。特に山形県はトップクラスである。残された廃校舎や跡地が無残な姿をさらしている。
 そんな切ない北小閉校式に「由紀さおりさん」が歌ってくれる事になっている。せめて、長い歴史を閉じる花でありたい。

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タイ・バンコクと山形県の交流を急げ

2013年03月02日 | インポート

032 タイの国旗は中央の紺の帯は国王を表し、それを挟んで両側の白は潔白な宗教、その外側の赤は国王と宗教を守る国民を象徴している。プミポン国王は国民から絶大な尊敬を集めており、王室への不敬は厳禁である。
 70年代に一時日本製品排斥運動もあったが、親日的感情が伝わる。走る乗用車は圧倒的に日本車であり、日本との関係の深さを知る事が出来る。幹線道路は慢性的な渋滞で、ラッシュ時にはホテルからメーン通りに出るのに1時間もかかった。
 タイのメディカルツーリズムは、タイ観光収入の1割にも相当し、140万人の外国人が利用している。主要な病院は、中東、アフリカ、アメリカなどからの集客を狙い、高度な医療・検査体制と魅力的な観光地を武器にしている。日本人向けには、日本語可能な医師、日本語通訳や日本人スタッフがおり、総じて医療サービスや医療設備の水準は高いとされている。性転換手術などでも知られている。
  訪問時にバンコクは、都知事選挙に向けた選挙用看板、高さ2m、幅1m位が、顔写真入り、ナンバー入りで、商店街所せましと、やたら多い。立候補予定者が25人と言う。選挙資金の豊かそうな候補者の看板が圧倒的に多く、投票日は3月3日の明日である。
 タイ・バンコクとの交流は、山形県にとって起爆剤になりうる可能性を秘めた興味満載の国のひとつだ。

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