とうやのひとり言

山形県議会議員 佐藤とうや ブログ

気まぐれな冬の空

2018年12月08日 | 日記

 昨日までの暖かさが一変した。午前中のみぞれ混じりが、午後にはぼた雪に変わり、あっという間に20センチ位に積もった。重たい雪で竹も頭を地面につく程しなっている。除雪機械の準備も整っていないので、長靴で外に出た。
 電話がなった。酒田市高見台で松の木2本が雪の重さで倒れ、県道をふさぎ通行できないとの通報である。役所は休日なので、庄内総合支庁建設部長にダイレクトで連絡した。その後、部長の連絡によると同様の箇所が他にもあり、今日中には処理できないとの事。とりあえず通行止めにし、う回路を経由してもらうことにしたと報告があった。
 天気の気まぐれに翻弄される一日であった。

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県議会議員を引退

2018年12月02日 | 日記

 前々から自身で決めていた事なのだが、来期の県議選には出馬しない事にした。後援会との調整に時間がかかったが、乗り越える見通しがたった。
 世代交代がその理由である。3年前から30歳代、40歳代を中心に県議選へのアプローチを続けてきた。難関大学卒のJA職員、現役県職員、IT企業の社長、地域協力隊で山間地で頑張ってる人。私の近くには県議会で頑張ってくれそうな人の多い事に気づかされた。
 いきなり政治の世界に飛び込む不安は、どなたも口にされた。ましてや、退職して飛び込むリスクは想像を超えるものがあることも良く分かった。議員に年金がない事や、退職金もなく、ましてや若年で退職となると既存の退職金も少ない。そして知名度不足も手伝って、断る理由となってしまう。県政を担う青年が酒田・遊佐からも出て欲しいと今でも強く願ってる。
 周辺の酒田市議会議員とも何度も、何度も話し合いをした。しかし、結論には至らなかった。やがて新聞社からの取材攻勢も強まり、記事となってしまった。その後、ご苦労様でしたのねぎらいも多くあったが、お叱りも頂戴した。「私が立候補したいので応援して欲しい」と自宅を訪ねてくる人もいた。立候補する時よりも辞める時の難しさが身に染みた。
 県議会議員の責任は、選挙区の未来と山形県とどう向き合うのかにある。自分たちの地域の未来を背負うのは青年たちである。その方たちが、立候補しやすい環境を作る事も政治の担う大切な仕事である。
 若い人が手を上げてくれることを願っている。

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香港と山形県

2018年11月25日 | 日記

 日本と香港の友好関係は深まりつつある。香港は、消費税、関税等の課税がなく、一国二制度の中、オープンな自由主義経済で情報統制が少なく、財産権の保護、法の支配と透明性高い政府として評価をされている。
 香港にとって日本は、中国本土、米国、台湾に次ぎ第4位の貿易パートナーで、日本にとって香港は、輸出国として米国、中国本土、韓国、台湾に次ぐ5番目のパートナーである。日系企業の進出も1300社を超え、第一位で、日本食レストランや製造、金融、貿易など多彩な業種が存在している。
 特に香港は、日本農産物の最大輸出国であり、2017年には1877億円で日本農産物輸出の4分の一を占め、過去最高となっている。特に山形県農水産物の輸出の3分の1は香港である。、
 香港の旅行客にとって、日本は人気の旅行先で221万人が日本を訪れている。その5分の一は10回以上のリピーターである。しかし、その行先は東京、大阪・京都、北海道、沖縄、福岡に集中しており、東北は押しなべて数千人程度で、特に福島は原発事故の影響が響いていると思われる。香港旅行客の誘致は伸びしろの大きい富裕国であり、対策次第では期待が持てる。香港・マカオに54キロに及ぶ「港珠澳大橋」が完成し、マカオと地続きとなった。香港の圏域は大幅に増え、近隣のアジア諸国とのハブ国となっている。
 在香港日本国総領事館・松田邦紀大使にもお会いできた。酒田港と香港の国際コンテナの定期便のお願いをした。大使は「教育旅行を台湾ばかりでなく、香港にもお願いしたい」と要望された。
 香港は、近隣諸国の貿易ルールの違う国との調整機能を持った貴重な地域であることも知った。山形県の拠点が欲しい所でもある。

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香港と交流拡大を目指して

2018年11月17日 | 日記

 山形県の海の玄関口酒田港の出口を求めて、県議7人は香港に乗り込んだ。香港は日本農作物輸出先が第一位、県農産物の輸出でも3分の一を占める。人口は約750万人、国民所得が世界トップクラスで、香港旅行者の5人に一人は10回以上も日本を訪問していると言う。親日的で、香港進出企業の中では、日系企業数が最も多く1300社を超えている。
 香港は1997年に英国から中華人民共和国へ返還され「香港特別行政基本法」の一国二制度で50年間、外交、防衛を除いた高度な自治権がある。行政管理権、立法権、司法権があり、英国時代の資本主義制度と社会様式をそのまま引き継いでいる。
 眠らない町香港は、100階建てもある高層ビルに囲まれ、通りは若い人で身動きが出来ないほど活気に溢れていた。物価も高い。アパートの家賃が月30万円~50万円が標準との事、日本酒もスーパーに各種銘柄が揃っていた。山形県産酒もたくさん売られていたが、一升瓶10万円から5万円。「売れますか」と尋ねると「よく売れます」だった。
 野川県議を団長に、山形日本香港協会会長大沼みずほ参議院議員の案内で香港高官や在香港日本国総領事館大使にお会い出来た。酒田港と香港との物量をつなぎたいと思っている。

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農業担い手サミットin山形

2018年11月09日 | 日記

 11月8日第21回全国農業担い手サミットが皇太子殿下をお迎えし、山形ビッグウイングで開催された。全国から2000人を超える農業者で会場は溢れかえった。
 第一回は、認定農業者の全国大会として平成10年11月11日に酒田市を会場に開催されたのが始まりである。20年ぶりの山形県での大会は、スケールも質も大きく進化した。
 しかし、何よりも農業の受難は担い手不足と、気象変動である。「農業は国の基」と言われながらもその足元が揺らいでいる現実は厳しい。食糧の自給はもとより、水の涵養や国土保全、景観の保持など絶対的価値は認められつつも、国際化の波は容赦なく農業を飲み込んでしまう。
 皇太子殿下のお言葉にそれが現れていた。「農業は食糧の生産と供給を通じて、人々の暮らしと健康を支えています。また、水源の涵養などを通じて、国土や自然環境を保全し、緑豊かな魅力ある景観を作り出すとともに、それぞれの地域で特色ある文化を育んできました。
 皆さんがこのような大切な役割を果たす農業を担い、地域のリーダーとして農業・農村の発展に日頃から意欲的に取り組まれていることを心強く感じます」
 全体大会終了後、県内8地区に分かれ交流会がもたれ、翌日の9日は32コースで視察交流が行われた。

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日本一の給食食育推進事業

2018年11月04日 | 日記

 山形県舟形町は人口5500人の小さな町である。平成4年の道路建設の発掘調査で立像土偶が発掘され、均整の取れた八頭身のかたちから「縄文の女神」と呼ばれ、平成24年に国宝に指定された。
 その舟形町が「日本一の給食食育事業」をJA・生産者・民間団体・学校・保育園・行政が連携して取り組んでいる状況を視察した。これを受けた舟形小学校では、食材の地産地消にこだわりJA・生産者との協力で、舟形産の米、トマト、ジャガイモ、ネギ、アスパラ、ニラ、サトイモなど使った自校給食を実施している。舟形出身でプロの料理人を招き、料理のお話や調理をしてもらい給食の楽しさや奥深さに触れる機会を作っている。10月16日には、フランス料理の冨樫さんが調理した「めがみちゃん給食」を実施した。パエリア・西洋風舟形芋煮とニース風サラダのメニューに子供たちは喜んだ。
 子供たち自身が「舟形の給食はすごくおいしい」という誇りを持つ。給食を通して食材や文化から郷土愛を育むことを目指している。得難い体験が子供たちの一生に深くかかわる事になる。

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大川周明博士の碑前祭

2018年10月28日 | 日記

 大川周明博士の顕彰碑は酒田市日和山公園近くの日枝神社随身門前にある。大川周明は酒田市出身の思想家で、近代日本の西洋化に反対し、アジア諸国の独立やコーランの翻訳などで知られている。
 大川周明顕彰会は毎年この顕彰碑の前で博士の偉業を讃え碑前祭を行っているが、今年は雨のため日枝神社社殿で行われた。雨だった記憶はないが社殿で行われたのは2度目と聞いた。
 神事の後、大川博士が毎日手を合わせていたと言う阿弥陀如来像が公開された。大川博士の直系に当たる大川賢明さんの話によると、この阿弥陀如来像は大川博士著書「日本2600年史」の印税を断った事から、出版社がその代わりに贈ったもので、箱書きには「朝雲」と書かれていることから、作者は山崎朝雲と思っていると説明された。 ならば、8桁の3倍くらいの価値があるのではと「げすの勘ぐり」が始まった。大川博士没後、奥様から親族の手を経て、顕彰会に預けられていたもので、その関係者も亡くなられ現前田会長が顕彰碑に近い海向寺にお願いして、安置されることになった。前田会長は「即身仏とともに、多くのひとに拝観してもらい、大川博士の功績を知ってもらえればいい」と感想を述べた。

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みちのくウエストラインを急げ

2018年10月20日 | 日記

  

 日本海と太平洋を最短距離で結ぶ、地域高規格道路石巻・酒田道路は「みちのくウェストライン」とも呼ばれ、沿線地域の要望高い道路である。日本を俯瞰しても必要性は充分認められる。
 なぜ進まないのか。人口密度が低く小都市が点在している事があげられる。要するに交通量が少なく、費用対効果が小さいとされているからと思える。インフラの整ってない所は住みにくく人口減少が進む。費用対効果の悪化が更に進みそのスパイラルに陥っている。
 日本は貿易立国である。石巻港は太平洋に窓を開けている。カナダ、北米とは一番近い距離にある。一方、酒田港は日本海、中国、韓国、アジア、ロシアに近い。石巻港から入った資材に付加価値をつけて、酒田港からアジア大陸に出す。同様にアジアからカナダ・アメリカへの最短コースになる。
 インバウンドについは、内陸部に魅力的な場所はいくらでもある。観光ゴールデンルートは見飽きているし、新鮮な場所探しが始まっている。この秘境こそがこれからの注目点となれる。先ずは道路がなければ行けないのだ。
 県境またぐ道路は県の温度差もある。先般開催された衆議院第二議員会館の石巻・酒田道路の整備促進懇談会は両県関係国会議員8名の出席だった。小野寺五典代議士が道路局長を伴ってきた。局長は「両県と充分話し合って頑張る」だった。両県が動かないと進まない事になる。

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「雪若丸」が店頭に

2018年10月15日 | 日記

 庄内の稲刈りはほぼ終えた。育苗から約半年、5月上旬の田植えから天候と向き合いながら、丹精込めて育てた稲の一生の終着点である。米価は大切な要素ではあるが、何といっても豊穣の喜びが一番である。
 収量と米質に緊張が走る。今年は夏の高温障害と日照不足の影響から厳しい結果となった。未熟米が多く、収量はやや不良である。品種でも違いはあるが、総じて結果は良くないとの声が多い。
 今年にデビューした「雪若丸」は「つや姫」の弟品種として脚光を浴び注目されている。粒の大きさと白さが優れ、味があっさり上品さが売りである。まさに銀シャリと言える。やがては山形県を代表する品種になり得る風格がある。
 米の消費量が減り続けている中、農家が達成感を味わえる多収穫の稲作は終焉を迎えたのかも知れない。

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山形県少年少女スポーツ交流大会

2018年10月07日 | 日記

 山形県少年少女スポーツ交流大会・相撲競技が酒田市相撲場で開催の案内があったので行ってみた。主催が山形県・山形県教育委員会・酒田市・酒田市教育委員会である。
 参加児童生徒の少なさには驚いた。米沢相撲教室スポーツ少年団チーム8名。舟形相撲クラブ少年団チーム4名。三川チャレンジ相撲スポ―ツ少年団一人の計13名である。その中に女子選手が一人含まれている。酒田市は参加チームもなかった。
 聞いてみると、参加資格がスポーツ少年団に登録している事。指導者がきちんと備わっている事で、わんぱく相撲などとの違いは、発育発達途上にある少年少女をスポーツを通じて育てることが目的であるという事だった。
 スポーツ少年団は、スポーツを通じて、青少年の体と心を育てる事を目的に山形県では昭和38年に結成されている。地域に根差したスポーツ少年団として、時代を担う健全な心と体を持った青少年の健全育成を理念とし、団員、指導者、役員一体の意義を唱えている。
 山形県スポーツ少年団には33種目の競技が登録され、その他に野外活動なども含めて35種目で活動している。
 それにしても、相撲競技山形県大会の出場選手が13人には驚いた。野球など加入チームの多い種目もあるが、少子化が進む中、参加資格も含め考える時期に来ている。

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日東道のミッシングリンクにいら立ち

2018年10月01日 | 日記

 東北を縦貫する高速自動車道は2本である。太平洋側に伸びる東北自動車道は、さいたま市を起点に青森市までの679.5㎞で、1987年に全線開通して、沿線の地域の発展をけん引している。
 一方、日本海側を縦貫する日東道は、新潟市を起点に、秋田市(川辺JCT)までの250㎞は、今だ開通見通しが立たず、供用率が70%程度で、遅れが目立っている。特に山形県、新潟県境の40.5キロは気の遠くなる状態にある。
 先般、日本海東北自動車道山形・秋田県境区間建設促進大会が秋田県にかほ市で開かれた。遊佐象潟道路17.9キロは秋田県側が象潟インターまで供用されており、県境まであと僅かな距離である。山形県側は、酒田みなとインターから遊佐インターの11.9キロで総工費310億円と見積もられ、着工して9年になるが、供用の見通しも立っていないことに、いら立ちすら感じている。その先の遊佐インターから県境までつながらないと、秋田県と一体にはなれない。山形県側はどうなってるんだ、とお叱りをいただいている。
 基調講演は片山善博氏だった。地方創生は地域の生み出す力をつける事。交付金で商店街の2割増し商品券を発行しても、一時しのぎ。過疎化が進み、買い物難民が出るなど国策はピンとがずれている。鳥取県知事時代に貧乏県の会長を務めた。地域が力を発揮する土俵を作ることが政府の仕事だと思っている。
 庄内・由利本荘が一同に会して、気勢を上げた。

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滑走路2500mで機能拡充を

2018年09月24日 | 日記

「東北で2500mの滑走路が無いのは、山形県だけ。山形も庄内空港も2500m滑走路の実現をを目指したい」インバウンドや観光客誘致の目玉政策として、山形県の吉村知事が打ち出した。
 それを受けて、庄内空港の機能拡充が、いかに観光や地域産業の振興に役立つか、その理解を深めるために鶴岡でシンポジュウムが開催された。基調講演はANA総研の岡田晃社長と、国交省航空局奥田薫空港計画課長だった。
 岡田社長は、インバウンドが激増する中で、そのコースの中心は、東京、京都のゴールデンルートに偏っている。沖縄や北海道なども多いが、庄内は外国人旅行客が少ないホワイトスポットとなっている。だからこそ可能性がある。庄内田園リゾートとして売り込むのも、ひとつ方向性である。国内にいくつかのホワイトスポットがあるが、そこの開発無くして、増え続ける外国人観光客の受け入れは出来ないと述べた。
 奥田課長は、費用対効果という面では、非常に難しい。2000mと2500mとは、どう違うのか。頑張ってる空港をどのように支援できるのか見極めていきたい。隣国受け入れに頑張っている佐賀空港がお手本になると思う。可能性は庄内空港のように見えるが、県管理の空港なので、県と一緒に考えて行きたい。
 2500m滑走路は、年間搭乗者数が50万人以上と言われている。高いハードルではある。

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希望ホールに山響が響いた

2018年09月18日 | 日記

 希望ホールでの山形交響楽団グリーンコンサートに行ってみた。希望ホールは内装が木材仕様で、音響に配慮して作られ、オーケストラ演奏会には最適と聞いている。
 会場はほぼ満席。暗くなってオープニング曲が始まり、モーツアルト歌劇「魔笛」。司会者の曲説のあとスペインの情熱的なビゼーの代表作オペラ「カルメン」と続いた。指揮者は秋田県出身の佐々木新平さん。曲が終わると、会場から「指揮をやってみたい人は」と募集し、小学校6年生男子と教員試験を受けたばかりの大学生と思われる女子が選ばれ、山響の指揮を執り、ぎごちなさが会場を沸かせた。
 ベートーベンの「カルメン」はさすが名曲だ。バイオリンのむせび泣くような音色。コントラバスの地響きのような低音。コロコロころがるピッコロ、澄んだ音色のフルート。ドタバタ響くティンパニ、甘いシロホンと鉄琴。トランペットにトロンボーン、ホルンそれぞれを重ね合わせてオーケストラとなる。
 ベートーベンの「田園」で休憩となった。二部はロッシーニ歌劇「セブィリアの理髪師」から始まり、鶴岡市出身のバリトン歌手、鈴木集さんの独唱があった。マイクなしの声が会場いっぱいに広がり、声量の大きさはさすがである。
 コンサートの2時間は非日常的な時間となった。県議会議場でも山響コンサートが楽しめる。

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太田主計局長と面談

2018年09月12日 | 日記

 財務省主計局長の太田充さんにお会いすることが出来た。太田主計局長は、平成14年、15年の2年間山形県総務部長として赴任され、名答弁を連発された記憶が今でも鮮明に残っている。
 お会いする予定の6日は、北海道に震度7の地震があった日で、お会いできるか心配だったが短い時間ではあったものの、快諾してもらったのがうれしかった。お会いするとすぐに握手して「頑張ってますね」と声をかけた。どうしても、理財局長時代に連日放映された国会答弁の印象が強く、話題はそこからはじまった。
 一緒に伺った坂本議員と伊藤議員は、最上地区の豪雨災害復旧について熱心に説明をされていた。小規模で数多い災害現場は救済措置が難しく、用排水路や圃場の復旧は行政の手が届きにくい現状を伝えた。
 農政にも話が及び、担い手が減り現状維持も時間の問題で、大規模経営できる農村インフラの整備を急ぐ必要があると付け加えた。
 地方創生は高速交通網にかかっていると話しかけ、具体的な話をする時間がなく、次の会議が待っていた。
 記念写真をお願いし、パチリとおさまった。

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酒田の鈴政が東京に出店

2018年09月07日 | 日記

 酒田の人気すし店「割烹寿司 鈴政」が東京の一等地、麹町に開店と聞いて行ってみた。午後5時、予約でいっぱいだったが、県議3人と酒田からの珍客として、1時間位ならとカウンターに席を取ってくれた。
 先ず、本マグロの「カマ下」と呼ばれる高級部位のトロが出てきた。色艶、脂乗り、大きさに先ず惚れ込んだ。口に運ぶとまさに、とろっと溶けた。サンマの刺身は、小鉢いっぱいのネギ刻みにまぶして食べる、初めての味である。思わず「旨い」と叫んだ。ビールを片手に、店主「英ちゃんと」話し込んだ。
 築地のマグロが縁で麹町ロイヤルビル一階に出店できた事。寿司職人は全て東京の方である。ランチを千円で提供したところ、行列が出来、一日150人もの来店がある。酒田の味を広めたいと採算度外視で頑張っている。コメは庄内の「雪若丸」を使用、月360キロのオーダーで、「庄内みどり」の安定供給にかかってると話してくれた。地魚は酒田の仲卸から取り寄せ、日本酒は庄内産にこだわる、酒田食文化のアンテナショップと言える。
 「鈴政」とは先代からの付き合いである。昔話になるが、酒田税務署長の新井将敬さんに誘われて「鈴政」に行ったのがきっかけである。その頃、英ちゃんが渡辺美智雄さんに抱かれていた記念写真が残っている。今では、江戸前寿司の本場、東京で勝負をかけている。
 酒田のきっぷのいい「鈴政」に続く展開を期待したい。

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