とうやのひとり言

山形県議会議員 佐藤とうや ブログ

信号機の見直し

2018年08月12日 | 日記

 交通安全上、道路の信号機は欠かす事の出来ない施設である。住民から「危ないので、ここに信号機を」の要望が絶えることはない。道路の新設や改編による施設設置必須の箇所もある。
 しかし、無制限に信号機を増やす事ができる訳はない。予算上もあるが、スムーズな車の移動も考慮する必要がある。
 交通実態の変更に即した交通規制の見直しを推進し、信号機の適正な維持管理を推進するために「信号機ストック管理プロジェクトチーム」を設置している青森県警察本部交通規制課を視察した。
 必要性が低減した信号機を撤去するにも当然、住民の抵抗感がある。そこで、撤去箇所の優先度をランク付けして、各警察署と協議を重ねた上、中長期計画を作成した。信号機の撤去に伴う住民説明は、基本的には管轄警察署が行うが、プロジェクトチームも説明会に参加し、撤去の必要性や代替規制による安全確保を説明した。
 PT主導による削減計画の作成で、信号機のストック数を減らし、交通変化と、それに即した交通規制の推進を説明して、理解を求めてきた。結果「必要性の低減した信号機は撤去、又は移設」の意識を定着させることが出来た。
 マクロ的に賛成である。しかし、切ない住民の陳情に納得してもらえるか、そこが問題だ。

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稲の熱中症

2018年08月08日 | 日記

 水稲は出穂直後の穂揃い期で、これから傾穂期に入り、あと40日位で収穫を迎える時期にある。
 朝、圃場の見回りすると、ところどころに白穂が見えた。何だろうとよく見ると、部分的にはひどい所もある。酒田農業技術普及課に電話をすると、すでに遊佐町に現地調査に入る予定だった。
 普及所によると、これまでの確認では遊佐町高瀬地区の発生が多く、他地区にも見られる。考えられる原因としては、台風12号によるフェーン現象での、高温、低湿度の強風で根の水分吸収が追い付かなかったと思われる。花水といって穂の花が咲くとき、稲体が一番弱く、水で守る必要があるのだ。言わば、稲の熱中症である。
 枯れた穂は戻らないけれど、台風13号が接近している。稲を水で守ってあげるしかない。台風被害は多岐にわたる。

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アスリートを体育授業へ派遣

2018年08月04日 | 日記

 教師の多忙化が問題視されている中、札幌市の一般社団法人A-banku Hokaidouは、アスリートやアーテストの先生を、義務教育課程の授業に派遣事業をやっている。
 札幌市内の小中学校・特別支援学校にアスリートを指導者として定期的に、体育の授業へ派遣。一種目3分の一程度の時間をアスリートが、授業の構成や活動内容を指導する、日本では初めての試みである。教員の働き方改革を図りながら、アスリートのセカンドキャリアを創出し、アスリートが培ったスキルを地域社会に還元する役目も担っている。
 アスリートの活動費は、この活動に賛同する協賛金で賄っており、無償派遣が実現している。同様にアーテスト部門でも、専門家の派遣も始めており、動向が注目される。他に、運動部活動や中学校部活動の派遣もされており、北海道内の自治体へと広がりを見せている。
 長年培ったスキルを地域の指導者として活用する事は、理にかなった仕組みと思う。

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羽黒山五重塔内部を公開

2018年07月28日 | 日記

 羽黒山五重塔は、昭和41年6月11日、国宝に指定された山形県で唯一の国宝建造物である。その国宝内部を、平成天皇御在位30年・三神合祭殿再建200年を祈念して、公開している。
 この様な公開は明治以降、記録はなく、神秘の扉が開かれたことになる。塔の創建説として、平安中期の坂東武将、平将門が建立し、その意志を引き継ぎ、娘の如蔵尼が仕上げたといわれているが、建築様式から、現在の塔は1372年に再建された時のものと言われている。案内板にはすべて英語の説明がついていた。塔は、色彩を施さない杉材の素木作りである。
 塔の内部に入るには数名一組となり、まず一階に入る。一階は観音菩薩、軍茶利明王、妙見菩薩が祀られており、ぐるっと回った。国宝指定の証書も展示されていた。内部は撮影禁止である。
 二階は特別の許可を得たという臨時の足場を登って、外側から隙間に首を突っ込んで内部を見ることが出来た。太い心柱が、この塔を支えている様子が分かった。その八角の心柱を修理した時に、巻いたものが、藤のつるで、年月とともにきつくなると説明があった。
 神秘なものは、見たい衝動がある。途切れることのない参拝客もそれぞれに、何かを感じ取ったに違いない。伝統文化の神髄に触れた気分である。

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桝川孵化場日本のPRに一役

2018年07月22日 | 日記

 北海道全道で放流される秋サケ稚魚の放流数は、10億尾を超え、その内の3.1%が母川に回帰し3千万尾あまりが捕獲されている。その中で、オホーツク沿岸は、全道の22%の放流数にもかかわらず、全道半分の1500万尾が回帰し、回帰率が6.6%と公表されている。中でも今回視察した北見管内は6.8%の驚異的な回帰率で日本一である。
 北見管内には26の孵化場があり、日本最先端の技術を誇っている。山形県遊佐町の桝川鮭漁業組合(組合長尾形修一郎)は鮭の高級魚「めじか」を通じた、ち密な交流を繰り返してきた。その結果、孵化場を再整備する際、日本一の技術を伝授してもらうことが出来た。本州ではただ一つの施設であり、注目されている。日本海沿岸の孵化場の回帰率は0.5%ともいわれ、桁違いの現状である。
 桝川孵化場は、秋に新施設で3年目の放流を迎える。4年目で回帰する鮭が一番多いとされる中、今後の動向に関心が集まる。組合員は勿論のこと、全国の注目が集まる。
 この孵化場の竣工の様子は、NHKとヨーロッパの放送局で共同制作され、オリンピックに向けた日本のPRとして、世界に配信される。
 日本ではNHKが8月19日に放映の予定だ。

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「そだねー」の赤いサイロをゲット

2018年07月15日 | 日記

 北見市常呂町にある、カーリングセンター「アドビックス常呂カーリングホール」を訪ねる事が出来た。「そだねー」で世界中の注目を集めた平昌オリンピック女子カーリングで銅メダルを獲得したLS北見の本拠地である。
 伺った時、試合中でセンターの中に入ることは出来なかったが、近くに住んでおられる鈴木夕湖選手のお母さんが、平昌オリンピックの銅メダルを片手に出て来られ「ようこそ常呂へ。引き続いて応援してね」とあいさつされた。
 本物の銅メダルに触っていいというので、びっくりした。首にかけたり、重さを確かめたり一同大はしゃぎとなった。もちろん、記念写真はバッチリである。
 もう一つ驚いたのは、もぐもぐタイムでメジャーになり、手に入らない「赤いサイロ」が全員に差し入れられた。バスの中で配られるその時、尾形組合長奥様が「藤彌さんのお孫さんに、ひと箱プレゼントしよう」と特別な計らいで、ひと箱頂戴する事となった。恐縮し、何度も何度もお礼を言って、最高のお土産となった。
 4000人規模の町おこしに果たした、LS北見の功績は大きすぎる

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地域の学校

2018年07月07日 | 日記

 学校は地域との深い関係の上にある。特に小、中、高は地域の色に染められている。そこに、教師の新しい知識と、訓練された教育が加わり、生徒を通して地域に同化し、地域が変わる循環の繰り返しと思う。学校門前町は、学校が移転すれば街並みはガラッと変わってしまう威力も持っている。
 学級のクラス替えは、子供たちの新しい刺激であり、固定された上下関係や、生徒関係をやわらげる役割がある。少子化の中で学校統合の大きな意義である。
 田川地区高校再編計画の中に中高一貫高校として、県立中学校の建設が折り込まれていた事に、再編の終わった飽海地区の猛反対は、当然と言える。中学校再編が終わったところに、新規の県立中学校に、飽海地区から生徒がなだれ込めば、中学校秩序は崩れ、高校にも波及する。これに、県教育長は昨年12月議会で先送りを表明していたが、6月議会で計画通りに進めることが可能であると明らかにした。
 文教公安委員である「私が言わなければ誰が言う」の想いで教育長に質した。「県教委は県民の声を聴くとパブコメを公募したが、結果の公表もしていない。多くの反対意見に聞く耳も持たず、県教委の正しい根拠は何か。光陵高校の工業学科の削減は、生徒が集まる努力したいので、一年待って欲しいと酒田市あげて懇願している。県教委の計画はそんなに正しいのか」
 答弁は「計画通り進めるとは言っていない。光陵高校は総合的に検討してみる」だった。分かった様で分からない。

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道の駅「米沢」

2018年06月30日 | 日記

 山形県は三方を深い山脈に囲まれ、西側は日本海である。峠は長大トンネルで他県とつながってはいるものの、積雪も多くいずれも難所で交流、物流の妨げになっている。
 アメリカの元駐日大使のライシャワー大使が昭和63年、英文詩に「山形ー山の向こうのもう一つ日本」を寄稿して話題となった。自然と人間が健全なバランスをとっている、そのような「もう一つの日本」に日本全体なることを望みますと締めくくっている。高度経済成長から外れ、独自の文化に共鳴されたのかも知れない。
 県内の高速道路は、全てでつながっていないが、栗子トンネルが開通し、米沢市の道の駅「米沢」が県南のゲートウエイとして、予想を超える活況を呈している。開通し2か月足らずで30万人突破したと報道され、実際、県外ナンバーの車が多く見られ、まさに南の玄関口になった。山形が新鮮に見えたのだろうか。この輪の広がりを期待したいものだ。
 高速道路の開通に合わせたゲートウェイが数多く計画されている。東北中央道の北の玄関口では新庄市、日東道の北は遊佐町が東北一の「道の駅」を狙っており、南は鶴岡市が計画している。「もう一つの日本」も変わろうとしている。

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村山産業高校で「酒米プロジェクト」

2018年06月23日 | 日記

 山形県を代表する名門、県立村山農業高等学校も時代の波に勝てず、平成26年に県立東根工業高等学校と統合し、県立村山産業高等学校と改編された。農業学科2科、工業学科2科、商業科1科の5学級200名の高等学校である。
 山形県の基幹産業である農業が揺らいでいるのか、後継者不足が起因しているのか、高学歴社会現象なのか、生徒数の減少がもたらした結果と言える。
 村山産業高等学校は昨年、農業経営科でユニークな「酒米プロジェクト」を始めた。生産技術コースで酒米の栽培を担い、加工流通コースで醸造工程を学び、酒かす利用などを研究。機械科では商品に付加価値をつける付録の作製や、電子情報科ではレーザー加工による装飾の首掛け、流通ビズネス科で商品ラベルのデザインなどを担った。生徒会では酒名の公募をして「花ひかり」と決めた。
 生徒が育てた酒米を使い、地元酒造会社「六歌仙」が醸造した純米吟醸酒「花ひかり」が完成し、謝恩会などでふるまわれた。機械科が作った「おちょこ」電子情報科が作った「紹介プレート」も好評で、6月から販売されている。
 日本酒が作られる工程の幅広い分野を、高等学校全体で取り組んだ意義は大きいものがある。産業高等学校の未来図に触れた様に思えた。

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課題多い滑走路の延長

2018年06月16日 | 日記

 山形県議会は、6月15日県政の重要課題について府省との意見交換会を都道府県会館で実施した。2020年に向けたインバウンドの推進と医師の偏在化対策、森林環境税の活用の3分科会に分かれて2時間にわたって意見交換をした。
 私は、東北地方へのインバウンドの推進をテーマに畠中観光地域振興課長ほか1名、奥田空港計画課長ほか2名と県議会から議長を加えた6議員の第一分科会に所属した。特に山形・庄内空港ともに滑走路が2000mであり、東北管内はすべて2500m以上であることから、空港インフラの立ち遅れによる国際線誘致の障害が大きな課題となった。
 国交省が示しているガイドラインによれば、滑走路の2500mへの延長は、大型ジェット機就航を目的とする場合に該当し、最大路線の需要として50万人以上の利用が見込まれる場合となっている。山形県に置き換えれば、庄内・羽田便が40万人で山形空港は遥かに及ばない現状にある。
 航空局の奥田計画課長は「一路線50万人以上が独り歩きしているが、決してそんなことはない。国が認めるのは費用対効果であって、便益が勝ることである。地形上、庄内空港は海と高速道に挟まれており厳しそうに見える。島を除いて新しい空港を造る計画はない。県と国と良く話し合う必要がある」と述べた。
 いづれにせよ、当初計画の見通しの甘さが現状の課題となって重くのしかかっている。便益とは何なのか、分からない事が多すぎた。

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天然青森ヒバで五重塔

2018年06月10日 | 日記

 天童市久野本の常安寺は、来年8月の完成を目指して五重塔を建立している。視察途中に立ち寄って松岡康雄住職にお話しを聞くことが出来た。建設会社が全国に社寺仏閣を手がける酒田市の株式会社モトタテで、一層の親しみを感じた。
 工事は基礎と一階部分がほぼ終わり、ヒノキの香りが強烈だった。話によれば、建材は総天然青森ヒバで、釘は一本も使わない、純和風木造であるとの事。山形県内での五重塔の建立は136年ぶりで、高さが32.7mで、羽黒山の五重塔を抜いて、鶴岡市善宝寺の五重塔に次ぐ高さになると言う。
 常安寺は、1582年浄土宗名越派総本山の良実上人が念仏道場として開いたのが始まりとされる由緒ある寺である。五重塔の計画は十数年前から検討を始め、中心部に永大供養塔を合祀し、地域の拠りどころとしての建造を目指しており、内陸部で三重塔は2か所あるが、 五重塔は初めてとのこと。
 お聞きすることはできなかったが、建設はどのくらいでどうされるのか。屋根に使う銅板の浄財募金のお知らせが入り口にあった。

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眠っていた楽器で地域おこし

2018年06月09日 | 日記

 使用されなくなった小学校の楽器と空き教室を使って、吹奏楽団「YCBクリスタルサウンズ」を結成し、地域活動をしている天童市山口地区を視察した。
 そもそもは、山形で開催された「67国体」の歓迎行事に合わせ、大量の楽器購入と指導者や予算がついていた。その後、児童の減少や吹奏楽離れ、指導者がいなくなるなど、棚に使われなくなった楽器が眠っていた。これを地域に開放し、児童生徒と一緒に練習や演奏を始めたのが始まりである。
 探せば、周辺には音楽に携わっていた学校の先生や消防職員、自衛隊職員、音楽指導員などの人材がいる。「音楽で地域を明るく元気に」にと、ひとひとりに働きかけ、現在の姿となった。競わない音楽をモットーに、楽しむ演奏活動を続けて15年にもなる。地域のイベントに積極的に出演、コミュニティバンドとして地域の盛り上がりに大きな役割を果たしている。
 私たちの訪問はスーザーの行進曲「雷神」で迎えられた。代表者の海鋒さんから楽団員の紹介や、経緯説明があり、早速「アフリカンシンフォニー」「高原列車は行く」の二曲の演奏があり、拍手喝さいとなった。即興のアンコールもあり、余韻が残った。
 学校の統廃合が進む中、学校備品の行方に気づかされた視察となった。

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加速する少子化

2018年06月03日 | 日記

 結婚してない男女は私の周辺にも良くある現実である。結婚しないのか、してないのか、どちらでもないのかは分からないが、加速度的に子供の数は減っている。
 山形県の統計によると、平成29年の出生数は7千259人で、昨年より288人減少している。千人当たりに直すと6.6人で、昨年度比0.2人の減少で全国で42位である。婚姻数は全国では減ったものの山形県では、4千311組で昨年より27組増えて、離婚数が68組減っている。これは、婚姻数が全国で44位でも、離婚数が3位であることから山形県の特性の現れと思える。
 山形県の平均初婚年齢は、夫、妻とも全国平均より僅かながらも低く夫30.7歳妻29.0歳で、夫妻ともに昨年より0.1歳若くなっている。合計特殊出生率も山形県は昨年より0.02ポイント減少し1.45となり全国34位である。
 出産の主体となる20~30代の女性の人口が減っており、合計特殊出生率が上昇したとしても出生数が大幅に増えることに期待は出来ない。社会構造は少子高齢化がさらに進み、社会の在り方を冷静に見直す必要がある。
 結婚して家庭を持ち、子から孫へと時代をつなぐ絆が消えかかっている今。長い人生の中で普通であること、安定的である事の大切さを考え抜いて、若い時代に行動して欲しい。

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河野太郎外相が講演

2018年05月28日 | 日記

 自由民主党山形支部連合会の総会、いわゆる自民党県連大会が山形市内で開催され、一千人を超える党員が会場を埋め尽くした。伝統と言えばそれまでだが、自民党のすそ野が健在であることの証左といえる。
 講師に河野太郎外務大臣が激務の中、トンボ返りの日程で、日本外交を語った。パナマハットを手に持ち、演壇でかぶって見せた。これを‏作っているのはパナマではなく、エクアドルだ。そこに訪問した時「河野大臣、20数年ぶりの訪問ですね」と言われたが「それは、親父の洋平です」と答えたと会場を笑わせた。
 和食の人気は高く、大使館が日本食のもてなしをする評判で、各国大使館が人気だ。日本産ウイスキーが品薄状態になっている。日本農産物を売り出す絶好のチャンスであり、インバウンドは東京ではなく、地方を向いている。東京オリンピックに向け、山形には大きなチャンスだと思う。
 米朝会談の行方は国際社会が大きな関心持っている。どうなるかは核問題次第である。そもそも北朝鮮は、資源と海産物、労働力で外貨を稼いできた。地下資源は豊富だが、石油が出ない。国際社会は北朝鮮の核開発を止めさせるために、協調して圧力を加えた。ヨルダンなどの国交断絶や大使館を引き上げる国なども現れ、北朝鮮は国際的に孤立を深め、平昌オリンピックを機会に南北会談に踏み切り米朝会談で打開策を図ろうとしている。
 北朝鮮は、世界監視が続く中、石油の洋上瀬取りの離れ業を駆使してまで打開を図っている。
 非核化を実現し、国際社会の一員として生きていく決断ができるか正念場に立っている。

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竹久夢二の世界

2018年05月21日 | 日記

 酒田市美術館の「美人画展」は(上村松園、伊東深水、竹久夢二そして佐藤公紀)のサブタイトルで開催しているとの、うたい文句に誘われて行ってみた。86点にも及ぶ華麗なる美人画が美術館を埋め尽くしていた。しかし、目当ての竹久夢二の「投扇興」が1点、上村松園の「桜狩の図」が1点、鏑木清方が2点、伊東深水が3点の展示で、ごっそり好きな絵が見れるとの期待は外れた。
 私は若い頃から絵が好きだった。20代の頃、上野美術館の「ピカソ展」に夜行列車で、単身乗り込んだ思い出がある。その内に美人画に惹かれ画集を何冊も買った。大判の画集が今も本棚に鎮座している。
 竹久夢二は、酒田に三度も足を運び、作品を‏残している。酒田とゆかりのある竹久夢二の作品はどこか寂しげで、影のありそうな日本的女性の美しさを醸し出している。「黒船屋」「宵待ち草」「たなばた」「加茂川」「炬燵」「待つ人」「北しぐれ」
 最後のモデルだった秋田出身の「お葉さん」の容姿が絵画の残像として印象に残る。まさに絵になる。
 この「葉さん」によく似たママさんの居る店が酒田市相生町にあった。夢二ファンだった当時の山形新聞論説委員佐藤三郎さんを誘って出かけた思い出がある。
 竹久夢二のロマンは、今も私たちの心に住んでいる。

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