とうやのひとり言

佐藤とうや ブログ

能登の千枚田

2019年11月23日 | 日記

 輪島朝市からちょっと奥に白米千枚田(しろよねせんまいだ)がある。日本海に面して小さな田んぼが、段々畑のように重なり合うように、海岸まで続いている。約4ヘクタールに1004枚に区分けされた棚田が続いている。時の総理大臣も訪れて「涙が出るほど美しい」と絶賛する景勝地である。

 古くから「田植えしたのが999枚、あとの一枚箕面(みの)の下」「越中富山は田どころなれど、能登は一枚千枚田」と唄い継がれ、私も知っているくらいの伝統がある。ここは「能登の里山里海」の代表的な「日本の原風景」として日本で、初めて世界農業遺産に登録されている。

 機械化が出来ず、昔ながらの農法が行われており日本古来の「苗代田」を復活させている。白米千枚田の美しい景観を守ろうと平成19年からオーナー制度がスタートし会員を募集していると説明があった。年2万円の会費でオーナー会員になると、マイ田んぼとしてオーナー名の表柱が建立され、収穫米10キロと特産品が貰える仕組みである。

 収穫の終わった棚田にはLED照明が設置され、夜間は光り輝く千枚田が浮かび上がる設定になっている。観光スポットと日本の原風景との調和も難しいものだ。

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平成大合併の検証を

2019年11月15日 | 日記

 11月12日付朝日新聞の社説は「平成の大合併の検証」を政府に呼び掛けるものだった。日本中の自治体は人口減少が進み、自治体格差が拡大基調にあり、すべからく元気を失いつつある。この事を見越した政府は市町村自治の自立と効率化を狙った「平成の大合併」を合併特例債をアメに、市町村の数を半分までに減らした。

  ところが、朝日新聞によれば、隣り合う4千人未満の同規模の自治体を調べたところ、合併した旧町村の方が合併しなかった町村より、人口が減り、高齢化も進んでいたとある。合併後の衰退に共通する理由として「役場機能の縮小」を挙げて、地元商店街も業者も「最大の顧客」を失ったことが響いたと日本弁護士会の調査報告を紹介している。

 山形県は庄内地方だけが「平成の大合併」をしている。詳細調査はないが何となく同様の傾向を感じる。例えば、日本海に浮かぶ飛島と粟島がある。飛島村は昭和25年に酒田市となっているが、粟島は粟島浦村として現在も役場を有している。30年前はどちらも島民人口は1200人程度だったのが、そこに住む粟島浦村の人口は360人位で、飛島は200人弱と格差は開いた。

 平成の大合併が何を得て、何を失ったのか。政府自身の手で幅広く検証する事を求めている。

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秋の能登路

2019年11月11日 | 日記

 金沢奥能登定期観光バスで、能登半島一日コースで観光する事にした。そのバスは、金沢東口7時50分発の「わじま号」だった。早めにホテルの朝食を済ませ、ホテルの定期無料バスで駅に向かった。和島の朝市がメーンである。  

「わじま号」は高速道路を使って1時間余りで現着である。通称「朝市通り」は商店街と露店が同居して、市場を構成している。通りいっぱいに観光客がそぞろ歩きをしているスケールの大きさは圧巻である。慣れた露店のおばちゃん達が「兄ちゃん、買うてくだ~」と声をかけてくる。ぶらぶら眺め歩きを楽しんでいたが、何故かふと足が止まった露店があった。

 なぜその露店に止まったのか分からないが、止まって話しかけた。発泡スチロール箱10個位を並べただけの、何となく地場鮮魚の匂いがした。小さめ「ののどぐろ」の一夜干しだと言う。「クール便発送するから、買ってよ」相当高齢のおばちゃんと交渉が始まった。魚種は分からないがサービスに二手三手と一夜干しを足すという。「のどぐろ」3000円におまけが相当ついて、自宅発送にしてもらった。

 ぶらぶら歩きをしていると、反対側の露店で「しらす干し」一袋700円と叫んでいた。「二つ買えば一袋600円だ」すかさず「2袋1000円なら買う」とヤジを飛ばした。ダメだと言う。すると隣の女性客が「私も買うから1000円で」と同調してきた。おばちゃんが折れた。「あんた80歳すぎたおばちゃんをいじめないで。こんな事はじめてだわ~」と商談は成立した。

 無言でバーコード決済する日常とは違う、交渉で買える露店朝市の魅力がある

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永平寺でちょこっと座禅

2019年11月02日 | 日記

 32年間の議員生活も大過なく終わり、我が家の菩提寺「大龍山満願寺」の大本山永平寺に参詣することにした。永平寺は曹洞宗の大本山として神奈川県の総持寺と並んで格式の高いお寺で、道元禅師のご意志を継承する修行道場として、僧侶の育成と一般の方々への布教活動をしている参詣者の絶えない屈指のお寺である。

 山門をくぐればそこからは修行僧道場の世界である。寺院の建物は伽藍と呼ばれ、伽藍は僧侶が修行する清浄な場所という意味で、禅宗では主要な伽藍を指して「七堂伽藍」と呼ばれ、中でも僧堂、東司、浴室は「三黙道場」といわれ、修行する上で大切な場所とされている。

 山門も七伽藍のひとつで、最も古く270年前に建立されもので、中国唐時代様式の楼閣門で、両側に仏教の守護神である四天王が安置され、山門楼上の羅漢堂には五百羅漢が祀られている。

 一般参詣者は、龍門から中に入り吉祥閣窓口で手続きを済ませ、それぞれのコースに分かれて参詣することになる。車いすでも参詣できるように、スロープやエレベーター、障がい者用トイレも設備され、万人を受け入れる姿勢を感じた。広い部屋の左側に納骨、供養、座禅、写経などの受付カウンターがある。座禅や写経に興味もあったが時間の都合で、今日までの感謝の気持ちを込めて、先祖代々供養をお願いして、コースに従って見学をした。

 コースの中に、3分間座禅の部屋があった。暗い部屋で、掛け軸にだけ小さなスポットライトが当ててある。腰座布団を敷きあぐら姿勢で手を組み、目をつむってちょっとだけ座禅を体験した。無我の境地には程遠いがなんとなく永平寺気分を味わった。

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