とうやのひとり言

佐藤とうや ブログ

ようやく桜が咲いた

2010年04月24日 | インポート

Photo  4月中旬から続いている異常低温は、私が知る限り経験がない。酒田では少なかったものの、鶴岡や内陸では積雪となった日も何度かある。17日の東京出張で庄内空港は、スノータイヤが必要なほどの雪があったのには驚いた。稲の種まき直後のみぞれ交じりの氷雨は、いくらハウスとはいえ成長は止まってしまい、すでに終わっているはずの田起こしもトラクターの影が見えない異常さだ。
 桜の開花予想も大きく外れた。酒田のさくら祭りは、18日までだったのを一週間延長し25日までとしたものの、この日あたりが満開となり、もう一週間くらいは花見ができそうである。たしかブログに桜を書いたことがあったと思い、たどってみると2007年の4月20日に記録があった。20日に撮影したものかどうかは定かではないが、今日同じ場所で写真を撮ってきた。少なくとも4日遅い日の桜である。9部咲だろうか桜は咲いている。天気の回復を祈るばかりである。

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神町の自衛隊第6師団

2010年04月19日 | インポート

Photo  第6師団創立48周年・神町駐屯地創立54周年を記念した記念式典と祝賀会が、18日に東根市の陸上自衛隊神町駐屯地を一般公開と併せて行われた。私は議長代理として来賓席に並んだ。大勢の来賓者と一万人を超す市民が見守る中、式典が始まった。南東北3県から1300人の隊員が参加した各種訓練や、各種車両の観閲式は壮大なものだった。特に松島航空基地から飛び立ち、10分で到達したというマッハ2を誇るF2支援戦闘機が爆音を響かせて、翼を振りながら会場上空を2回旋回して飛び去って行った。射程距離が10キロの大砲や、実演さながらの戦車の空砲爆音は、体に響く迫力だった。
 その後開催された祝賀会は、関係自治体や自衛隊関係者、県会議員、国会議員など千人規模であった。来賓祝辞は出席した鹿野道彦衆議院議員、近藤洋介衆議院議員、舟山康江参議院議員、岸宏一参議院議員全員である。民主党の3国会議員の挨拶は、普天間問題を抱え「自衛隊の皆さんごくろうさん。山形県の6師団は守ります」「今度の参議院候補者は、自衛隊出身です」「安全保障は、自衛隊も農業も一緒です」と、とんちんかんをさらけ出したものだった。日本を背負う政権政党の国会議員として、国民への訴えは不可欠である。

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これで大丈夫か日本

2010年04月18日 | インポート

Photo  昨日は地方議員が東京に集結し「地方の声を国政に反映させないと日本は崩壊する」決起大会がサンケイビルと日本武道館とで二つの集会があった。サンケイビルでは「草の根の声で日本を変える」と題して「陳情の一元化に反対する」「教育正常化を求める」「外国人参政権に断固反対する」と岡山県、北海道、長崎県の県会議員がそれぞれ意見開陳し、大会アピールを採択して気勢をあげた。
 午後は、日本武道館で外国人参政権に反対する一万人大会があった。日本武道館いっぱいの参加者は日本の将来を憂える異様な雰囲気で始まった。国民新党代表・亀井静香、自民党幹事長・大島理森、たちあがれ日本代表・平沼赳夫、民主党・松原仁、みんなの党・渡辺喜美など日本を代表する論客の演説にはさすがに感動した。ヤジや拍手、怒号が会場いっぱい広がり「今ヤジったあなた、外へ出なさい」と亀井大臣がやり返す場面もあった。平沼代表の「対馬の危機」を訴えた演説は拍手が鳴りやまず、憂国の情が満杯になった。殺人事件の半分は近親者の犯罪であるとの亀井大臣の言葉に、改めて日本が崩壊してゆく過程にあるせつなさがあった。
 日本を守る代表である自民党の大島幹事長の演説は、やはり迫力不足と言わざるを得なっかった。「自民党しっかりしろ」のヤジは的をえていた。とにかく凄い集会だった。

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八森自然公園のカタクリ

2010年04月12日 | インポート

Img_2524  昨日の昼近く、天気に誘われて酒田市一条八森自然公園を散策にでかけた。酒田余目道路の盛土の採取候補地として、八森自然公園の整備と併せて酒田市が提案し、反対運動が起こっている場所でもある。
 八森自然公園は、小高い丘の中にたくさんの施設がある。八森ゴルフ練習場、八森サッカー場、八森野球場、八森テニスコート、八森グランドゴルフ場、八森キャンプ場、展望台、植物園、遊歩道も完備され周辺の散策も人気スポットである。自墳する湧水の水汲み場は、近隣の多くの市民で行列ができるにぎわいで、その近くの温泉施設「ゆりんこ」も人気がある。地域住民の憩いの場として昭和58年に農業基盤整備事業の総合パイロット事業に組み込まれて整備されたものであり、国庫補助が85%であったと記憶している。
 遊歩道を散策し、展望台に上り北庄内を一望した。下りの帰り道、「かたくり」の花が一面に咲いていた。「かたくり」は、昔はたくさん自生していたが今はめったに見れなくなった。ここの「かたくり」も植栽されたのかも知れない。片栗粉は「かたくり」の球根から採られたのが原点である。
 遊歩道の周辺には1600本のソメイヨシノが開花を待っていた。もうすぐここらあたりは、満開のさくらで賑わうことだろう。遅い昼食は、一条のラーメン店で満喫した。

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三川町の県消防学校

2010年04月07日 | インポート

Img_2500   昨日は、県消防学校の初任科入校式に議長代理で出席した。県内13の消防本部に採用された62人の消防士たちに、任務遂行に必要な基礎的知識や、技術の習得を学ぶ大切な学校である。県消防学校や警察学校はたいてい県庁の近くにある。しかし山形県消防学校は、代々庄内に設置されてきた。山形市にという声もあったが、今も三川町の現在地にある。施設の一極集中を防ぐため、先人の努力が残した貴重な県有施設である。
 私は、たくさんの高等学校や短期大学校の入学式や、卒業式に来賓として参加してきたが、生徒読み上げで、生徒の「はい」の返事しっかり聞き取れる学校は少ない。保育園や小学校は、元気ですがすがしいが、高学年になるほど声は小さくなる。この前の東北公益文科大学では、学長に注意を喚起され、やっと声を出す始末である。返事くらい「しっかりしろ」といいたくなる。
 消防学校は違う。力いっぱいの返事に動作のすがすがしさは、さすが消防士といえるものだった。「はい」の返事ひとつで学ぶ姿勢が透けて見える。

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我が家の一大事

2010年04月01日 | インポート

Photo_7  私のパソコンが故障した。パソコンは我が家の心臓部、当たり前に使っていた便利なものが動かないとなるとすべてが狂ってしまう一大事である。早速、身内のプロにお願いしたものの限界があった。業者に依頼したところ「一週間は見てください」と言われガックリ肩が落ちた。その上に「データが再現される保証はできません。それでもいいですか」と念をおされた。ダメですと言ったところで、いかんともしがたいのでまずは「よろしくお願いします」と頭を下げた。修理が終わったら電話をくれることになっていたので、一日千秋の思いで連絡を待った。六日目の午後7時半に電話が鳴った。記録は保存できたとの事だったので、万歳と叫んで受け取りに行った。大急ぎで家に戻りパソコンを開いたが、とても私の手に負える状態ではなかった。また身内のプロにお出ましを願い、使える状態に設定してもらった。作業は深夜に及んだ。ソフトを5~6本インストールしてもらうのだが、まだ未解決のものがある。パソコンの奥深さには参った。十年以上もため込まれたデータの多さにも改めて歴史を感じた。
 ところで、3月25日に副議長就任の挨拶を山形の主要なところに出向いた。各種団体や市町村関係関係の機関と報道関係である。山形新聞社におじゃましたら、寒河江山形新聞編集局長にお会いできた。寒河江さんとは30年来の旧知の中である。コーヒーをごちそうになり新聞社内やYBC内を案内してもらった。テレビでおなじみのたくさんのキャスターやアナウンサーにもお会いでき、うれしくなった。最後に寒河江さんとツーショットに収まった。

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