とうやのひとり言

佐藤とうや ブログ

石炭火力発電所の進化

2011年08月31日 | インポート

001  「電力不足下の日本経済」と題した日本総合研究所の山田久氏の庄内県勢懇話会の講演会を聴講した。いま日本ではこれからのエネルギー政策をめぐる議論が続いている。自然エネルギーが回帰現象を起こし、バイオマスや再生可能エネルギー依存の極度な論調には「ちょっと待てよ」と思う。
 立花隆氏によると、シベリヤの日本人抑留者が強制労働で伐採した薪を原料とした火力発電が、コムナール金山の鉱石を引き上げたり、運んだり、地下の湧水をくみ上げたり、鉱石を砕いたりするエネルギーだった。たった1500kwの発電に毎日1haの薪を伐採し続けた。その結果広大な丸坊主山が残り、再生はまだ遠い。数十年かかる成長の遅い木材が一瞬で電気になり消えてゆくのは非効率極まりないと訴えている。成長の速いトーモロコシ、ヒマワリなどでエタノールを作る「石油の工場生産化」はまだ可能性があるとしている。
 日本の石炭火力発電技術は驚くほどに向上しており、熱効率41.6%で、CO
2排出量や大気汚染面の改良技術でも世界最高基準である。世界が日本の石炭火力技術を取り入れたら、世界のCO2排出量は13億トン削減できると立花氏は書いている。日本の電気エネルギーシェアはLNG、原子力、に次いで石炭火力が24.7%で3位、まだ伸びしろがある。立花氏は自然エネルギーの素材ナマ使用は効率が悪すぎ、風力、太陽光も同様にで効率が悪すぎる。日本の生きる道は、多数の電源をベストミックスして技術を発展させることだと結んでいる。
 山田氏の講演を聞きながら、我郷土の未来を考えていた。

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記録的な庄内豪雨の爪あと

2011年08月24日 | インポート

005  庄内を襲った記録的豪雨は、国道344号線、山形自動車道あさひ~みなとインター間が土砂崩れで不通。鉄道羽越線、陸羽西線が不通。大小河川の護岸崩落や、無数の農地の冠水や崩落の発生で手に負えない状況だった。私は庄内総合支庁に豪雨災害対策本部の必要性を訴えたが、この程度では大丈夫対応できるとの返事だった。あれから一週間、平田の山間地の皆さんから電話が入った。「役所で調査には来たが、心もとない。あなたからも現場を見て欲しい」と言うものだった。
 災害現場には大勢の地区民が待っていた。「自分たちで出来るものは自分たちでやっている。しかし、どうにもならないものがある。また豪雨にあったらどうなるか心配だ」あそこも見てくれ。ここも見てくれと現状を訴えられ、丁寧に回った。裏山が崩れ避難している家族に会った。「ゴーとうなりを上げて杉山が崩れてきた。消防団の人と一緒に逃げた」と途方に暮れていた。進藤沢川の崩落で農道が不通になり、上流の田んぼに車が行けない場所もある。県道の側溝が道路横断のためのサイホンが土砂で埋まり、水が逆流していた。裏山が10mの高さで崩れ落ち、農作業小屋が全壊。後始末に追われている家族もあった。山間地の治山治水の難しさと大切さを思い知らされた現場視察であった。
 昨日、日沿道の秋田県境と新潟県境がつながるとの一報が入った。山形県知事と新潟県知事の共同陳情に国交大臣が回答したものだ。今日の山新の一面に大きく報道された。副知事にお礼の電話を差し上げた。知事の力は大きいと感じた。 

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往事のロマン「みちのく丸」酒田港へ

2011年08月20日 | インポート

003 復元北前船「みちのく丸」が酒田港に寄港した。歓迎式典は大勢の市民で賑わった。河村瑞賢が開いた西回り航路の起点であった酒田港はこの北前船で繁盛した。最上川が内陸の「紅花」を中心とした多量の物資を運びこみ、酒田港に集積され、それに庄内のコメも併せて京都、大阪等に送り込まれ、帰り荷には関西の物資や文化を載せて酒田港へと戻ってきた。これが又最上川を上り、内陸部へと広がるルートとして山形県に大きな影響を与える、いわゆる交易の要所として栄えた酒田である。
 「みちのく丸」は想像以上に大きく、木造船とは思えぬ堅牢さである。全長32メートル、帆柱の高さが28メートルでわがバカチョンカメラでは映しきれないサイズである。約一か月前に青森港をスタートして、北海道を含めて10道県の14港に寄港し、新潟港を19日午前6時出航して、10時間後の午後4時に酒田港に到着した。舟運で物資が運ばれた時代は東の酒田、西の堺と並び称された港町酒田である。時代が変わり、陸路が便利となれば、舟運は衰退し町の賑わいも同じ運命をたどる事になる。交通の要所が賑わうのは自然の理である。日本海沿岸道路、酒田石巻の高規格道路がつながらない内に、世の中が変わってしまわないかと心配だ。

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離島 飛島の今と昔

2011年08月16日 | インポート

006  先般、山形県唯一の離島「飛島」に行った。漁業監視調査船「月峯」の調査活動も兼ねた県議団9名の調査活動である。酒田港から39キロを1時間足らずで「飛島」に着いた。「月峯」は全長25.9m幅5.5mで、総トン数52トン。1.854kwのディゼルエンジン2基を搭載して、航海速力35ノット走行できる。これで山形県海域の魚群調査や違法操業の監視をしている。航海途中、流木や漂流物のため2~3度減速しそれの迂回を余儀なくされた。大海原の漂流物を発見するのは至難なことで、指で指されて初めて見つける事ができた。水深は300m位だと教えてもらった。
 飛島の岸壁には顔見知りの島民の方や、自治会の皆さんが出迎えてくれた。島内からは6000年前の縄文時代前期の遺物が発見されており、島の歴史は古い。江戸時代には庄内藩の所領であり、北前船の潮待ち港、水や食料の補給港としてその役割を果たしていた。昭和8年に八木アンテナを使った初の公衆電話が酒田間と開通し「無線通信発祥の地」の碑が立っている。昭和25年に飛島村が酒田市に編入され現在に至っている。
 飛島の平均気温は約12度C。山形県最北端でありながら最も温暖な気象で海底には珊瑚もあり、トビシマカンゾウやタブの木が群生している。渡り鳥の中継地でもあり、その種類は270種に及び、観察に訪れるマニアも少なくない。
 主な産業は漁業と民宿などの観光である。トビウオの焼干やサザエの塩辛、イグサ等の海草類が名産で、隠れた人気でもある。御多分にもれず、人口の減少と高齢化はハイスピードである。人口は20年前の4分の1の254人であり、平均年齢が67.7歳。高齢化率は60%を超えている。しかし3地区の自治会は連帯が強く、穏やかな表情は何よりもの財産である。漂着物の監視カメラが全国3か所の内のひとつが、飛島に設置された。「元気に暮らすなら飛島」である。

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転作大豆の一生シリーズ (3)

2011年08月11日 | インポート

002  転作大豆が芽を出して丁度二か月になった。主茎長は70㎝に育った。紫色の花芽は10日ほど前に咲いてもう落ちた。長雨や日照りが続いたりしたものの、まあ順調に育っている。7月15日に追肥をやり、2回目の中耕・培土をやり畝も大きくなっている。中耕は雑草対策でもあり大事な作業である。もっとも嫌な雑草はノビエとアカザである。ノビエの成長はすさまじく速く、あっという間に大豆を駆逐してしまう厄介者だ。最後は人手で抜くより手はない。アカザも大変だ。アカザは生命力が旺盛で、抜いて圃場に置くと、節々から発根しまた成長する雑草で、大豆の収穫時にこのアカザが入ると、大豆に紫の色が付き製品にならなくなる危険物の雑草である。アカザもノビエも大豆よりも背丈が高いので、見た目もよくない。
 大豆に発生する病害虫の種類は多く、防除が必要になる。特に莢や子実の害虫は最も問題であり、減収に直結する。間もなく無人ヘリコプターによる防除が実施される。これによってカメムシ類、サヤムシガ類、シロイモチジマダラメイガなど開花期から子実肥大期にかけて、大豆を守る大切な防除である。イネも穂揃期となり、収穫の時に向けて一斉に実りへ動き出した。

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海水に漬かった水田の再建

2011年08月07日 | インポート

003 3ヶ月振りに東日本大震災の被災地宮城県に入った。津波被害としては最大の被災県である。農林水産省が衛星写真などを基に分析した津波で海水につかった農地は、青森県79ha、岩手県1838ha、宮城県1万5002ha、福島県5923haと宮城県の被害面積が圧倒的に多く宮城県農地の11%にも及ぶ。海水とヘドロをかぶった農地の復旧はなかなか厄介だ。3ヶ月前の名取市周辺は大きなガレキで埋め尽くされていたが、重機で取り除けるものは一部を除いて、おおむね片付いていた。細かいゴミ類は手作業で拾っている。その農家の姿が痛々しく農業と自然との闘いは、今始まった事ではないが用排施設の破壊も併せて、農業再建は厳しい道のりだ。
 広大な農地には雑草が茂っていた。種のこぼれる前にと除草剤が散布され、雑草は赤茶色になり痛々しい。海水に浸かった農地は当然塩分が残る。海水の塩分濃度はおよそ3%。農地の塩分濃度が0.4%を超えると稲の生育には確実に障害が出る事が分かっている。0.1%程度でもなんらかの障害はあるだろうと言われているが、名取市の視察地点の圃場は約0.3%位で、ヘドロの堆積が2㎝位と説明があった。ヘドロを取り除いて除塩作業が農地復活には欠かせない。除塩作業は水で洗い流す方法を繰り返す必要があるが、揚水機や用水路の復旧が先になる。ヘドロ除去も大変だ。面積が広大である事も含め、農業再建は厳しい前途だ。
 山形県職員8人が災害派遣で、その再建にあたっている。取りあえずは来年の3月までとのこと。水産業も含めて津波の恐ろしさは、まだ癒えていない。

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