蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

沼地のある森を抜けて

2006年10月11日 | 本の感想
沼地のある森を抜けて(梨木香歩 新潮社)

死んだ叔母から譲り受けたぬか床の壷に、ある日卵が発生し、やがてその卵から人間が出てくる。ああ、いかにもこの著者らしい奇想の小説だなあと思って読み始めた。

冒頭の二つ、フリオとカッサンドラのエピソードはとてもよかったのだが、後半になってこの怪奇現象を解き明かそうとする妙に理に落ちたような話になって、失速した感じ。
なんだかよくわからないけど壷から変な人がでてきて、その人に主人公がふりまわされる話が続いた方がよかったような気がする。
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家守綺譚

2006年10月09日 | 本の感想
家守綺譚(梨木香歩 新潮社) 明治の頃。若死した友達の父親から留守宅の管理(家守)を頼まれた主人公が、その家の庭や周囲で遭遇するさまざまな怪異(サルスベリに惚れられたり、池に河童がでたり、狸にばかされたり)の話。

先に「村田エフェンディ滞土録」を読んでしまったが、どうもこちらが先に出版された「正伝」のようだ。河童や狸の出現にも全く驚かない犬好き(多分、人間より犬を愛している)隣家のおばさんや蛇や虫を集めて薬にすることを商売にする長虫屋、死者なのに時々床の間の掛け軸から出現して怪異の謎解きをする主人公の友達、など枝分かれして書かれそうな魅力的な登場人物が多い。

わずか150ページほどの短い本で一つ一つのエピソードも数ページだが、想像力を刺激される内容で、その何倍ものページ数を読んだような錯覚を覚えた。何度読み返してもそのたび新しい発見があるように感じさせる、読んでいてとても楽しい本だった。

最近、文庫が刊行されたが、私は図書館で借りて読んだ。単行本の装丁(見開きもふくめ)がまたとても美しい。一方で、事件らしい事件が起きるわけでもなく、多少へんてこりんなことは起こるものの日常を淡々とつづった物語が好みになったのは、年とったせいかなあ、とも思う。10年前の私がこの本を読んで面白いと感じたかというと、かなり疑わしい。
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ヒトラー最期の12日間

2006年10月08日 | 映画の感想
ドイツで作られた映画のせいか、ドイツ軍、親衛隊部隊のユニフォームや手持ちの兵器(パンツァーファウストとか)がとてもよく出来ていてリアリティがありました。
ベルリンの地下要塞内ではヒトラーが生きている間は(絶望的状況にもかかわらず)それなりに統制がとれていましたが、ヒトラーの自殺後は一挙に秩序がなくなり指揮組織は崩壊していきます。
(現実がどうだったのかはわかりませんが)ヒトラーが、最後の最後(この映画のタイトルの「最期」という文字使いはおかしくないでしょうか?私の感覚では「最期」というのは本当に死ぬ間際のことを指すと思いますので、「最期」が12日間もあるのは違和感があります)まで第三帝国を一身で支えていたことが上手に表現されています。

ゲッペルズ(ナチの宣伝相)は、この映画でヒトラーに次ぐ主要人物として登場します。私が持っているイメージとは違ってヒトラーに極めて忠実でナチスに心酔していた人として描かれていて意外でした。

エンディングで主要登場人物の戦後の生涯が極く簡単に紹介されます。皆けっこう長生きしていて、最近まで生きていた人も何人かいます。戦後生まれにとっては、ヒトラーって全く時代が違う人、あるいは伝説上の人物といった感じがするのですが、ヒトラーと直接接触した人々が21世紀まで生きていたと知ると、実は、広い意味で同世代といってもいい人だったんだなあと、認識を改めました。

この映画では、ヒトラーやその周囲の人物にかなり同情的です。「こんな一面もあったんだよ」といいたいんだろうなあ、と感じさせます。ドイツでそういう映画が作られ、さほど批判も浴びていないというのは、「ヒトラー、ナチスは絶対的な悪」という見方が薄れてきているとも思えます。さきほど書いたこととウラハラに、その時代に生きていた人がほとんどいなくなった今、戦慄の記憶も忘れ去られようとしているのでしょうか。

考えてみればヒトラーがやったこととナポレオンがやったことは実によく似ています(ロシア人に致命傷を負わされたことも)。ナポレオンだって各地で多くの民間人を殺しています。それなのに、ナポレオンは今ではなんとなく英雄扱いです(日本だけかもしれませんが)。それはやはり時の隔たりによるものなのでしょうか。あと100年もしたらヒトラーの評価も、もしかしたら今とは随分違ったものになっているかもしれません。
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地中海

2006年10月07日 | 本の感想
地中海(樺山紘一 岩波新書)

地中海沿岸の国々の歴史を12人の人物を通して語る。12人というのが、史学者、科学者、聖者、哲学者、予言者、画家の二人づつをペアにしたもの。

文章の流れが素直でなくて、読みづらかったが、聖者(聖アントニウスと聖ヒエロニムス)の項目と画家(カナレットとピラネージ(ともにイタリアの画家))の項目が興味深い。それぞれ、今に伝わる聖者の肖像画はどうしてこの二人が多いのか、外国人がイタリアを舞台にした映画を撮る時なぜローマとベネチアが舞台となることが多いのか、といった謎解きが面白かった。
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袋小路の男

2006年10月01日 | 本の感想
袋小路の男(絲山秋子 講談社)

主人公は同級生の小田切に惚れている。高校以来20年近く惚れ続けている。気まぐれな小田切と主人公はたまに食事に行ったりするが、恋愛関係とはいえないぼんやりとした付き合いである。小田切は大学から10年以上酒場でバイトをしながら作家を目指して文芸誌に投稿し続けているが、たまに雑誌に掲載されるくらいで「作家」と呼べる状態ではない。「袋小路の男」というタイトルは、こうした八方ふさがりの状態にある小田切のことを指している。

ある作家(確か島田雅彦さんだと思った)が、「文芸の新人賞はニートのための福祉制度」という主旨のことを言っていたことがあった。絲山さんの著書にはニートっぽい登場人物が多いし、著者自身もサラリーマンから作家になる過程では無業者だった時期があるようで、「ああ、ニートってこんな感じなのかなあ」と思わせるようなリアル感がある。
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