蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

悪魔のささやき

2006年10月30日 | 本の感想
悪魔のささやき(加賀乙彦 集英社新書)

「悪魔のささやき」とは、意識がボンヤリした時(疲労した時、寝起きとか日常的に発生している状況)に聞こえるような気がする幻聴のこと。
著者は作家として有名なのですが、もともとの職業は精神科医および東京拘置所の法務官。その経験から、精神病にかかって自殺を試みた人や重罪人の多くが、その犯行前に「悪魔のささやき」を聞いたと言っている、としています。

にわかには信じがたかったのですが、下記の引用部分を読んで、「なるほどそんなこともあるかもしれない」と思いました。
(39ページから引用)
「いえ、私は別に死ぬ気なんてなかったんですよ。発注ミスをした部下と取引先に謝りに行ってペコペコ頭下げて、会社に戻ったら上司に嫌み言われて、明日提出しなきゃならない書類があったんで残業して。で、なんだかひどく疲れちゃったもんだから、帰り道にある歩道橋の上でぼんやり車が通るのを眺めていたんです。もう女房は寝てんだろうなあ。今日も残り物チンして一人で食べんのか。そういえば最近、うまいもの食ってねえなあ。いいことなんかなんもないもんなあ・・・・そういうことを考えているうちに、なんだか生きててもしょうがないような気がして、次の瞬間には歩道橋の手すりを乗り越えていました。自分の意志で飛びおりたというより、操り人形みたいに誰かに動かされているような感じでした」

おかげさまで、私は平穏で波乱なおない人生を送ってきたせいか、「自殺したい」と思い詰めたことはありません。しかし、仕事でトラブって睡眠時間が短い日々が続いたりした時、会社の窓から外を眺めると、ふと、「ここから飛び降りたり楽になるよなあ」などという「ささやき」が聞こえるような気がしたこともあります。

ところで、著者は弁護側の鑑定医としてオウム真理教の教祖・松本被告と面会したことがあるそうで、本書の中で、「彼は重度の拘禁障害であり裁判を受けられる状態ではない」旨を断言しています。
主題からは離れますが、これこそ本書の最高にウリにできる箇所(というより、面会の経過や著者の分析のみをテーマとして本をむしろ読んで見たいのですが)で、もっとページを割いても良かったのではないかと思いました。
コメント
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