蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

散るぞ悲しき

2006年08月21日 | 本の感想
散るぞ悲しき (梯久美子 新潮社)

太平洋戦争の硫黄島戦の総司令官栗林中将の評伝。
硫黄島戦は米軍が経験した最悪の戦場と今でもいわれており、中将は米軍から最も手ごわい相手の一人として評価されている日本軍の陸将である。

制海権も制空権もなく、それゆえ補給がおぼつかない絶海の孤島の戦地。そんな戦場にあっても決戦を好み、失敗すれば万歳と叫びつつ玉砕しようという指揮官が日本軍には多かった。
しかし中将は、長大な地下壕を掘るなど周到な事前準備を行って持久に持ち込み、ゲリラとなっても決して降伏せず一日でも長く、一人でも多くの敵兵を殺せと命じた異色の将軍であった。

狭く、文字通り逃げ場がなかった硫黄島は、日本軍兵士にとって生還が全く期待できない戦場だった。
そんな絶望の地で地熱にあぶられ有毒ガスが満ちる地下壕で満足な水分の補給もできないまま長期に渡って持久戦を戦えと命じる指揮官いうのは、徒手空拳で突撃して玉砕せよという無能な指揮官より、兵士にとってはむしろ過酷であったとも言える。
私は、硫黄島戦を描いた戦記をいくつか読んでいたので、中将は冷徹で鋼の意志をもった合理主義的な軍人だというイメージを持っていた。

この本では、戦闘の描写はかなり少ない。その分、中将の人柄を描くことに多くのページが割かれている。
そこで描かれる人物像は私が持っていたいイメージとは正反対。家族への愛情はこまやかでありながらぶ厚く、家族への手紙からは軍人とは思えない繊細を感じさせられた。
家族のみならず、配下の兵士に対する配慮も十分だった。小笠原で指揮を取ることも可能だったが、あえて最初から死が約束された硫黄島に司令部を置き、地下壕を掘る兵士たちを頻繁に巡回して自ら士気を鼓舞したという。

若干、中将を美化しすぎているキライがないではない(実際、私の読んだ本の中には中将に対して批判的な見方をしている場合もあった)が、その意外な一面を多くの手紙や証言から明らかにした、(平板な戦記ものからは一線を画した)美しいノンフィクションだった。
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