一昨年6月に続き、今年もJR東日本の「大人の休日倶楽部パス」(1万7千円で4日間
有効)を利用して、北東北3県の「JR東日本駅からハイキング」に出かけた。
①2014年6月25日(水)
6時26分に自宅を出て、JR大宮駅7時42分発東北新幹線はやて111号で新花巻駅
まで行き、釜石線に乗り換えて11時2分に遠野(とおの)駅に下車した。
遠野駅の2つ手前、岩手二日町駅付近での列車からの眺め。
JR遠野駅
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/61/b1a86cb258b3daf84cc7b04377a83be8.jpg)
駅前の遠野市観光協会↓で受付を済ませ、11時15分にスタートする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/c2/db373838a692b18118f15d33ab3056f2.jpg)
コースのテーマは「遠野物語と遠野拾遺(しゅうい)物語の話の舞台を巡って、物語に
浸ろう!」である。
線路に平行して駅の南側を走る道路を東に少しで、大型スーパー「ショッピングセンタ
ーとぴあ」がある。食料品が中心だが、入手するものも無いのですぐに出た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/c9/6aa12ae2289f35cbc8473e03c3892075.jpg)
その先の三差路を左折し、駅の東で線路を越える桜木橋を渡りながら遠野駅を見下ろす。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/94/e2f0cabbe62c7875a3ac3fe4d6631d44.jpg)
次の交差点を左折して西へ、駅の北側、材木町の住宅地を西進する。途中に、「亀の湯」
と呼ぶらしい公衆浴場があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/3c/7568285f6867b995fe2509fea78f1c59.jpg)
三差路に突き当たり、もう一度左折して遠野駅西側の踏切を越えて南に向かう。古い住
宅などの残る落ち着いたたたずまいの通りで、歩道には木の板が敷かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/62/50a58ce98f8d428b45d9dd19ab21492f.jpg)
間もなく、最初のコースポイント、どっしりした本堂の見えた萬福寺へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/73/73cd7eb16cd6c30b5c60827b5a9c22fa.jpg)
元亀2年(1571)の創建と伝えられ、境内には遠野地方の漢文学の中興に貢献し、
弘化4年(1847)に没したという久子翆峰(くすすいほう)の墓がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/46/31a1d17e22735e95ac68cb3689fc55a9.jpg)
松やツツジの多い境内の一角には、五葉松かと思われる古木も見られた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/16/c79b376551b73f53e06e1b669ab3a78d.jpg)
「遠野物語拾遺」第152話は、この墓地が舞台だという。
板張りの歩道を少しで、山門や本堂など最近改築したらしい善明寺があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/99/f0e4cdbaaca5ad49d327fdd41f6b9aa2.jpg)
最初は八戸で開山、延宝7年(1679)にここに移転したとのこと。山門を入り左手
には、鎌倉時代のものでこの地方最古という五輪塔が立っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/d3/b34d875be3263a09f978cbd81b4064b2.jpg)
古い洋風3階建て、増田旅館の角を鍵型に曲がる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/f7/ce7c551f27b6c2e70ea884b37638f696.jpg)
川沿いに出て新橋の手前の道へ。すぐ先は随王院(ずいおういん)。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/96/571a02b5a8d72ab0ddc3e4dd5c1d21d5.jpg)
遠野南部氏22代直義(なおよし)公が娘の菩提を弔うために承応2年(1653)に
草創したとのこと。本堂内の「うぐいす張り」や古式を保持した「おなりの間」の書院造
りなどは、当地方の貴重な文化遺産だという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/0d/f133dae5472f462831e2bdac6a5c60a3.jpg)
次の橋、木橋の柳玄寺(りゅうげんじ)橋を渡り正面の柳玄寺へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/42/6b613516ae684ae8b806b321743e712d.jpg)
山門は端正な木彫の施された独特の造り。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/70/ce290596f36f9ddc5b01296d283091b7.jpg)
寺は慶安4年(1651)の創建、境内には「遠野物語」第27話「池の端の石うす」
にまつわる墓があるというが、確認しなかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/c6/58bf0982683acb9610d963d140392c1e.jpg)
川沿いを新橋まで戻って西に向かう。和風建物の遠野新町郵便局のそばに「まちなか・
ドキ・土器館」があり、遠野で発掘された土器などが、少しのコーナーに展示されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/2b/1f6d066a8cb64228131edbe95997039d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/bb/858b35e99ff3695f4a0860aeba09628f.jpg)
通りには、幾つかの古い民家などが見られた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/23/c963579c8a2f48cc56f29cf1e317e5ca.jpg)
次の三差路際に、江戸時代遠野一の豪商だった近江屋兵右衛門家の一部を移築した「村
兵(むらひよう)屋敷」↓と「外川酒店」が並んでいる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/72/ccb5429eebe6b0bcaf45cde0b242f250.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/e7/1035c92873e318fc6da542b5cda7fa7c.jpg)
村兵屋敷は「遠野物語拾遺」第88話など3つの話に、外川酒店↑は第194話の「外
川のきつね」に登場しているという。
県の合同庁舎前の公衆電話は独特の造りだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/af/ba8ade59cfa45241b566e48d3560edaf.jpg)
すぐ先のカーブを曲がり、東側斜面にある多賀神社に向かって上下の石段を上がると、
うっそうとした杉木立に囲まれた社殿がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/1d/48c48010f689b133daf3bcdbeb0544b0.jpg)
拝殿は簡素な造りだが、鍋倉城の西方鎮護のために建てられた社で、遠野郷最古のも
のといわれ、「遠野物語拾遺」第193話「多賀のきつね」の舞台である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/c2/c8b7530bae04512264d82c5ee09333a8.jpg)
二つの石段の中間から斜面をトレースする道があった。遠野の町並みを見下ろしながら
少し進むと、知恩寺の中段に出た。石段を上がり、うっそうとした広葉樹に囲まれた本堂
に参拝する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/bd/40e5511d60a5c9acab66635e1e6dc48f.jpg)
知恩寺は明治18年(1885)に、当時の遠野南部氏34代行義(ゆきよし)が鍋倉
城跡の一部を寄進して建立されたもの。昭和21年(1946)には南部実長の650年
遠忌に当たり、山梨県の身延山久遠寺(くおんじ)から「北身延」の公称を許され、市指
定文化財「日蓮真筆曼荼羅」を所有するという。
下の道路に下りて市民体育館の前を右折し、流れ沿いに出る。対岸の小公園で小さい水
車が回っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/45/15e2c6013ba36415c921c689f91522d7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/e1/d402ff91401b7d9351d9b723e092ff81.jpg)
流れに沿って進むと、対岸に黒づくめの大きな建物が見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/66/466078d92625a0fc69c8097fc3de66a9.jpg)
地図で確かめると、「とおの物語の館」と呼ぶ建物らしい。【続く】
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有効)を利用して、北東北3県の「JR東日本駅からハイキング」に出かけた。
①2014年6月25日(水)
6時26分に自宅を出て、JR大宮駅7時42分発東北新幹線はやて111号で新花巻駅
まで行き、釜石線に乗り換えて11時2分に遠野(とおの)駅に下車した。
遠野駅の2つ手前、岩手二日町駅付近での列車からの眺め。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/8d/c8e0e39fddf1b5a86ef4289f2b72fe66.jpg)
JR遠野駅
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/61/b1a86cb258b3daf84cc7b04377a83be8.jpg)
駅前の遠野市観光協会↓で受付を済ませ、11時15分にスタートする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2a/c2/db373838a692b18118f15d33ab3056f2.jpg)
コースのテーマは「遠野物語と遠野拾遺(しゅうい)物語の話の舞台を巡って、物語に
浸ろう!」である。
線路に平行して駅の南側を走る道路を東に少しで、大型スーパー「ショッピングセンタ
ーとぴあ」がある。食料品が中心だが、入手するものも無いのですぐに出た。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/c9/6aa12ae2289f35cbc8473e03c3892075.jpg)
その先の三差路を左折し、駅の東で線路を越える桜木橋を渡りながら遠野駅を見下ろす。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/94/e2f0cabbe62c7875a3ac3fe4d6631d44.jpg)
次の交差点を左折して西へ、駅の北側、材木町の住宅地を西進する。途中に、「亀の湯」
と呼ぶらしい公衆浴場があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/3c/7568285f6867b995fe2509fea78f1c59.jpg)
三差路に突き当たり、もう一度左折して遠野駅西側の踏切を越えて南に向かう。古い住
宅などの残る落ち着いたたたずまいの通りで、歩道には木の板が敷かれている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/62/50a58ce98f8d428b45d9dd19ab21492f.jpg)
間もなく、最初のコースポイント、どっしりした本堂の見えた萬福寺へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/73/73cd7eb16cd6c30b5c60827b5a9c22fa.jpg)
元亀2年(1571)の創建と伝えられ、境内には遠野地方の漢文学の中興に貢献し、
弘化4年(1847)に没したという久子翆峰(くすすいほう)の墓がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/46/31a1d17e22735e95ac68cb3689fc55a9.jpg)
松やツツジの多い境内の一角には、五葉松かと思われる古木も見られた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/16/c79b376551b73f53e06e1b669ab3a78d.jpg)
「遠野物語拾遺」第152話は、この墓地が舞台だという。
板張りの歩道を少しで、山門や本堂など最近改築したらしい善明寺があった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/99/f0e4cdbaaca5ad49d327fdd41f6b9aa2.jpg)
最初は八戸で開山、延宝7年(1679)にここに移転したとのこと。山門を入り左手
には、鎌倉時代のものでこの地方最古という五輪塔が立っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1f/d3/b34d875be3263a09f978cbd81b4064b2.jpg)
古い洋風3階建て、増田旅館の角を鍵型に曲がる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/f7/ce7c551f27b6c2e70ea884b37638f696.jpg)
川沿いに出て新橋の手前の道へ。すぐ先は随王院(ずいおういん)。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4a/96/571a02b5a8d72ab0ddc3e4dd5c1d21d5.jpg)
遠野南部氏22代直義(なおよし)公が娘の菩提を弔うために承応2年(1653)に
草創したとのこと。本堂内の「うぐいす張り」や古式を保持した「おなりの間」の書院造
りなどは、当地方の貴重な文化遺産だという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/68/0d/f133dae5472f462831e2bdac6a5c60a3.jpg)
次の橋、木橋の柳玄寺(りゅうげんじ)橋を渡り正面の柳玄寺へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/42/6b613516ae684ae8b806b321743e712d.jpg)
山門は端正な木彫の施された独特の造り。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/70/ce290596f36f9ddc5b01296d283091b7.jpg)
寺は慶安4年(1651)の創建、境内には「遠野物語」第27話「池の端の石うす」
にまつわる墓があるというが、確認しなかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0b/c6/58bf0982683acb9610d963d140392c1e.jpg)
川沿いを新橋まで戻って西に向かう。和風建物の遠野新町郵便局のそばに「まちなか・
ドキ・土器館」があり、遠野で発掘された土器などが、少しのコーナーに展示されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/2b/1f6d066a8cb64228131edbe95997039d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/bb/858b35e99ff3695f4a0860aeba09628f.jpg)
通りには、幾つかの古い民家などが見られた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/23/c963579c8a2f48cc56f29cf1e317e5ca.jpg)
次の三差路際に、江戸時代遠野一の豪商だった近江屋兵右衛門家の一部を移築した「村
兵(むらひよう)屋敷」↓と「外川酒店」が並んでいる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/72/ccb5429eebe6b0bcaf45cde0b242f250.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/e7/1035c92873e318fc6da542b5cda7fa7c.jpg)
村兵屋敷は「遠野物語拾遺」第88話など3つの話に、外川酒店↑は第194話の「外
川のきつね」に登場しているという。
県の合同庁舎前の公衆電話は独特の造りだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4c/af/ba8ade59cfa45241b566e48d3560edaf.jpg)
すぐ先のカーブを曲がり、東側斜面にある多賀神社に向かって上下の石段を上がると、
うっそうとした杉木立に囲まれた社殿がある。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/1d/48c48010f689b133daf3bcdbeb0544b0.jpg)
拝殿は簡素な造りだが、鍋倉城の西方鎮護のために建てられた社で、遠野郷最古のも
のといわれ、「遠野物語拾遺」第193話「多賀のきつね」の舞台である。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/c2/c8b7530bae04512264d82c5ee09333a8.jpg)
二つの石段の中間から斜面をトレースする道があった。遠野の町並みを見下ろしながら
少し進むと、知恩寺の中段に出た。石段を上がり、うっそうとした広葉樹に囲まれた本堂
に参拝する。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/bd/40e5511d60a5c9acab66635e1e6dc48f.jpg)
知恩寺は明治18年(1885)に、当時の遠野南部氏34代行義(ゆきよし)が鍋倉
城跡の一部を寄進して建立されたもの。昭和21年(1946)には南部実長の650年
遠忌に当たり、山梨県の身延山久遠寺(くおんじ)から「北身延」の公称を許され、市指
定文化財「日蓮真筆曼荼羅」を所有するという。
下の道路に下りて市民体育館の前を右折し、流れ沿いに出る。対岸の小公園で小さい水
車が回っていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/45/15e2c6013ba36415c921c689f91522d7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/e1/d402ff91401b7d9351d9b723e092ff81.jpg)
流れに沿って進むと、対岸に黒づくめの大きな建物が見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/45/66/466078d92625a0fc69c8097fc3de66a9.jpg)
地図で確かめると、「とおの物語の館」と呼ぶ建物らしい。【続く】
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