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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「死の接吻」(著:アイラ・レヴィン/訳:中田 耕治)

2013-10-07 22:09:05 | 【書物】1点集中型
 確か、何かの雑誌の書評とかで見たんだったような。それか「診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち」の巻末の広告だったか。

 生まれ持った美貌を武器に、財産目当てに富豪の娘と結婚する野望を持つ主人公が、その成就への障害となる人物をを次々と、しかも怜悧な策略と非情さをもって手にかけていく。この「診断名サイコパス」のすぐ後に読んだからだと思うけど、自分の目的を達するためだけに周りの人間を利用するさまが、まるでサイコパスの行動を見るよう。
 しかし、最初の殺人のあとの精神の乱れを見ていると、実はサイコパスとはちょっと違う。彼は復員兵で、戦闘のなかで敵兵を殺害したこともあり、それがトラウマとなっていることが窺える。そして母親に蝶よ花よと育てられてきたという経緯もある。彼にこうした犯罪を企む精神上の要因を与えたのは、どちらかというと後天的なものらしい。

 物語の仕立てがなかなか凝っていて、第1部は財産家の末娘である恋人ドロシイの妊娠を知り、しかしたとえこのまま結婚しても財産が手に入らないとわかっていることから、最初の殺人を自殺に見せかける完全犯罪として計画する。「陽のあたる場所」のような……と言われることが多いらしいのだが私はそれを観ていないので、頭をよぎったのは「青春の蹉跌」だったりする。
 で、第2部は妹の「自殺」に疑問を抱く次姉エレンが「妹殺しの犯人探し」を始めるのだが、その様子が彼女の恋人であると思われる「バッド」に宛てての書簡を交えて描かれる。この「バッド」がどんなふうにストーリーに絡んでくるのか気を惹かれるし、エレンが「犯人」と目星をつけた男たちとのやりとりがそれぞれ、毛色の違う緊迫感があって面白い。さらに種明かしの瞬間、読む側には曇っていた視界が晴れ渡るとともに、180度方向転換するエレンの運命に慄然とさせられるのである。
 第3部には長姉マリオンが登場。主人公の野望がついに果たされる準備が整うのだけれども……結末としては、そんなに意外ではない。落とすべきところに落としたという感じかな。第2部でけっこうテンション上がるので、第3部を読み終えたらなんとなく「終わってみたらそれほど珍しさは感じない話」って感じもする。でも、主人公の母親が登場することによって、主人公の犯罪の数々の帰結にもの哀しさを加えているようには思える。

 話の展開としては第2部がいちばんエンタテインメント。書簡を通してのエレンの一人称と、三人称での語りを使い分けることでメリハリが感じられるし、何より読み手が自然と頭のなかでエレンの「捜査」に加わった気になる。その犯人探しの間に読み手を引っかける伏線が上手いし、ここで主人公の正体を明かすという手法も面白い。ガントのキャラクターも良かったな。この2部はちょっと読み返したくなってしまった。
 全体を通して見るとそれほど特異な話にはなっていないというのは、この作品が処女作ということもあるのかな? でも(繰り返しになるけど)第2部を見てるとやっぱり作家としての力はすごく感じるので、サタニズムに絡んだ不気味な物語という触れ込みもある代表作「ローズマリーの赤ちゃん」がちょっと気になっている。


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