life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「烏有此譚」(著:円城 塔)

2021-05-22 22:20:02 | 【書物】1点集中型
 読了した円城作品の中では最もわけがわからなかった。だからこそ円城ワールド全開という感じもすごくしたわけで。円城作品は単行本では「オブ・ザ・ベースボール」が初読だったが、それでもまだあの話は筋がまあまあつかめたものの、こっちは全然……(笑)。なので、こっちが初読じゃなくてよかったかもしれん。

 なんでこれ文庫になってくれないんだろうとずっと思っていたんだけどそれは単行本を開いたこともなかったからで(笑)、今回、本文を開いた瞬間に文庫になってない理由もわかった気がした。注でかいよ! しかものっけから意味わかんないよ!(笑)って話である。文庫になったらびっくりしてしまう小説という意味では、「後藤さんのこと」もある意味、この仲間かも(こっちは文庫になったけど)。
 小説の暗黙のお約束事、むしろその根底にある常識をさらっと無視する、人を食いまくった幕開け。そして注の入れ子やら独立した注やら、当然本文と関係あるのに気を抜くとだいぶ遠くまで行っちゃう注やら。どうやって読めばいいのか苦労した。おまけに本文(のはずだ、一応)の物語は物語で、一見普通の人間同士の会話と見せかけて、灰が降ったり何やら百人万人単位の人間を「引き受け」たり、「口に銜えた草を燃やし」たり。そして灰が穴に降り、穴は人型である。
 ここまで来るとなんとなくトポロジーをイメージすればいいのかなとは思うけれども、だからといってその世界の法則をすべて理解はできない。けれど物語は続く。後半は「穴である僕」自身についての内面語りになっていく。人間がパーツに分かれてしまっても、実体がなくても、人の言葉を話せたら人間と認識される。外見がどうあれ人間は穴だ、と言うこともできる。穴に雨が降り、「僕」は溺れ死ぬ公算が高い。そして「竜骨を持たぬ四角い船をつくりはじめることになるのだろう」。と言われて、船の話どこかで出てきたような、どこだったっけ……と思い巡らせつつも茫洋としたままなのである。

 結局この本の読み方はわからないままだった……上に、話がどこから始まってどこに行ったのかすら掴めないまま終わった(笑)。なんつーか、妄想する人の頭の中を「お好きにどうぞ」と見せてもらっているような気分にもなった。烏ぞ此の譚有らんや。この問答無用なシュールさ加減、おそらく作者の意図を1割も理解していないだろうけど、ただ感覚として癖になる。コンテンポラリーアートを見るときのような感覚かもしれない。何か1つでも心に引っかかれば、それだけでも自分にとって読む意味はあると思うのだ。

「画狂其一」(著:梓澤 要)

2021-05-05 17:36:43 | 【書物】1点集中型
 日本画好きなので、見かけてからずっと興味を持っていた本である。ものすごく前に、飛鳥井頼道氏の光琳の物語を読んだことがあったのもあったし。表紙が朝顔図屏風だし。其一だから当たり前っちゃ当たり前だけど、でもこれ見て手に取らないわけにいかないよねえ(笑)。←とか言いながら図書館本

 タイトル通り其一の物語なのは確かだが、抱一が大きすぎて物語全体がその存在感に圧倒され続けた感じ。とはいえ、其一の目から見る「夏秋草図屏風」という描かれ方はなるほどとは思った。あとやはり雲龍小袖を描くことができなくて懊悩したり、井伊直弼の依頼が自分を見つめ直すような機会になったり、「朝顔図屏風」を描いてるときの鬼気迫る其一の姿もよかったと思う。ここでやっと「画狂」になったということかな。北斎と同じく、そこまでの長きにわたる年月の話だったということなんだろう。ただそのぶん、最後はあんまりにもあっけなさすぎたような……。最後だけ突然史実の話か? みたいな淡白さだったし。無常感の演出なのかな。
 個人的には、其一自身の作品にかかわる話がもう少しあったらもっと楽しかったかなという気はする。「群鶴図屏風」とか「芒野図屏風」とか、あのあたりもすごく其一らしくて大好きなので。抱一以外の人たちとの人間関係は面白かったけどね。特に鶯蒲とは、抱一の子を思う気持ちと絵師としての其一の今後を思う気持ちとの相克みたいなものが感じられはしたし、其一がそんな師とその家族に微妙に釈然としていないことも自覚しながら、しかしそのうえで懸命に両立をめざす苦労がよくわかった。望んで一緒になったわけではない妻、りよの内助の功もすごいものである。その姿は物語中ではほとんど伝聞形式でしか書かれていないので、それでも其一を文字通り陰ながら支え続けた裏で、りよが其一のどんなところを愛したのかは推し量るしかないが。あと、其一と河鍋暁斎との縁も初めて知った。これはまったく知らなかったので意表を突かれたというか、最後の最後で面白い驚きだった。そういうつながりを知るとまた新鮮な目で作品を鑑賞できそうな気もする。