life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「死の迷路」(著:フィリップ・K・ディック/訳:山形 浩生)

2016-12-22 22:18:33 | 【書物】1点集中型
 久しく読んでいなかったディック。どうやら1年以上読んでいなかったらしい。それも最後に読んだのは短編集で、長編はそれ以上に読んでいなかったので2年以上経っているかも。
 ってそんな話はどうでも良くてこの作品である。デルマク・Oという惑星に入植者として送られた14人の人々が、入植の目的もわからないままに次々と不可解な死を遂げ、1人また1人と減っていく。生物なのか機械なのかよくわからない怪しい物体、移動する建造物といった小道具をスパイスにしたミステリ的な、まるで「そして誰もいなくなった」の世界である。物語の根幹に独特の神学があり、その神学と登場人物の関わり方が、言うなれば「高い城の男」での「易経」みたいな役割を果たしているような感じ。

 誰が何のために14人をデルマク・Oに送り込んだのか、謎が解けそうになるとともに迫りくる全滅の危機。それをある意味SFらしい仕立てのオチがひっくり返す。そのオチかよ! と思わず突っ込みたくなるのだが、セスとメアリーがそれぞれに迎える結末を見ていくと、終末のディストピアって感じもする。
 もうこれ以上この世界が決して変化しないとしたら、「どう生きるか」を選べないとしたら、人間はどうするのか。彼らが生きる世界、決して抜け出すことのできない閉塞を生きる虚しさを思うと、やはり何とも言えない気持ちになるのだ。セスは「死の迷路」を抜け出すことはできたかもしれないけれど、本当はどこに連れて行かれてしまったのだろうか。

「機龍警察 火宅」(著:月村 了衛)

2016-12-12 23:17:26 | 【書物】1点集中型
 久々の「機龍警察」はシリーズ初の短編集。見た目も重厚な本筋長編に比べると意外にコンパクトですいすい読める。龍機兵搭乗要員の3人が中心になるストーリーが多いこともあり、本編にも増して警察小説の空気が強い(ユーリはもともと民警だから普通に警察小説だけど)。
 表題作がいきなりその警察社会と人間の暗部が絡み合った後味の悪い(いい意味で)物語で、いいスタートを切ってくれる。続いて、任務に徹するライザの姿勢と緑の心理の対照的が相変わらず印象的な「焼相」、さらに「輪廻」では人間が人間に行う残虐の連鎖が人間の心理にもたらすものを見せつけられる。これは強烈な衝撃だった。たとえて言うなら、北朝鮮収容所で生まれ育った人の心理(「北朝鮮 14号管理所からの脱出」の著者の言葉を見るとそう思う)。「勤行」では官僚社会で奔走し続ける真面目な2人(城木&宮近)に、仕事のレベルは桁違いだけどサラリーマンとしては思わず感情移入してしまう。報われたと本人が感じられることってやっぱり大事だよなー、と(笑)。

 締めの「化生」が特捜の今後の展開を期待させるので、早いとこ続編を出してくれたら嬉しいなぁ。
 今回、ユーリとライザの話はあったけど姿の話はなかった。それもあってか、姿にはまだまだ描かれていない部分がありそう……というか、姿からはどんな話が出てくるのか読んでみたいと思う。

「『無限』に魅入られた天才数学者たち」(著:アミール・D・アクゼル/訳:青木 薫)

2016-12-01 22:07:21 | 【書物】1点集中型
 当たり前に認識しているつもりである「無限」であるが、概念としては紀元前のギリシャ人が発見していたものの、「実在」として扱われるようになったのは19世紀のカントールからと、人類の歴史からすればつい最近のことなのだそうな。
 無限の一つの具現である無理数がピュタゴラスに与えた衝撃や、ゼノンのパラドックスといったあたりは数学的なものでもあり話としてわかりやすい。対して、一見して数学とはさほど縁が近いとも思われないようなユダヤのカバラが出てきたのは、古代の科学と宗教の関係があらためて見えてくるという点で面白かった。

 無限というものがただ一つのものでないことはその一言だけだとピンと来ないものだが、一つ一つひもとかれていくと、理解できているかどうかは別として(笑)非常に納得できた。無限はただ無限というだけではなくて、「有限ではない数」という別の無限も存在する。……だけではなくて、さらにそれより大きい無限もある。それこそ無限に続く入れ子のような無限とでも言おうか。
 数学的な部分と並行して、こうした「無限」のもつ広がりに見せられたカントールが、その広がりに取り込まれるようにのめり込んでいく姿も描かれている。さらに、カントールの理論がその後、どのように広がっていくのかも。導き出された公理をもとに新たな予想が生まれ、さらにそれを定理へと完成させるという、多くの数学者の手を経て積み重ねられていく数学の姿があるのだ。数学という世界の可能性を示唆する結びの言葉、「数学の本質は、その自由性にある。」蓋し名言である。