life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「桶川ストーカー殺人事件―遺言」(著:清水 潔)

2015-05-31 23:10:40 | 【書物】1点集中型
 「記者の教科書」という煽り文句通り、迫真のノンフィクション。恥ずかしながら、事件としてはストーカー規制法制定の端緒となったこと程度しか記憶していなかったのだが、その実像がまさかこれほどとは。主犯や共犯の人間とは思えない異常性も恐ろしいが、それ以上に埼玉県警の腐敗ぶりと、その結果、司法までがそれに追随する形になったことに目を疑う。「警察記者」と「事件記者」の根本的な違いが取材に差異を生み、結果としての報道と受け手の認識に大きな開きを生むこともあらためて実感させられる。ものすごい勢いで読まされる1冊だった。

 主犯・小松和人の死亡後に「遺言」がもう一つ現れるのも衝撃である。さらに、被害者の「遺言」が警察の手によって無残に貶められていく。都合のいい「証拠」だけを都合のいいように、ほとんどこじつけとしか思えない理屈で解釈する警察に、被害者の人となりも、その思いも苦しみも、何もかもが歪められていく。その過程を追えば追うほど更なる底なし沼が拡がっていくようだ。やりきれないことこの上ないし、埼玉県警はいったいどこまで保身に走れば気が済むのか、憤りを感じない読者はいないのではないだろうか。
 その憤りとともに、もし自分や親しい人々が警察を頼るしかない立場になったときに本当に警察を信じることができるのか、自問せざるを得ない。そして「信じられるわけがない」としか思うことができない。この事件で上尾署ひいては埼玉県警のやったことは、全国の警察組織そのものを市民に敵対させ、市民に疑わせ、市民からの信頼を失墜させる行為でしかないのである。

「元素生活」(著:寄藤 文平)

2015-05-30 23:33:51 | 【日常】些事雑感
 寄藤氏の本は一度読んでみたかったのだがずっと手がつけられずだった(本当は、もともと「絵と言葉の研究」を読んでみたかった……のだが未だに読んでいない)。が、この本があるのを知って、寄藤氏が書く科学系ってどんなんだろうと俄然気になったのと、少し前に別の元素系の本を読んでて興味が持続していたので読んでみた次第。オリジナルしおりがついてるのが嬉しい(笑)
 元素を擬人化して特徴ごとにパーツを組み合わせたコスプレ紛い(笑)のキャラクターとして見せる発想がさすが。元素が人間そのものであるならば、ということで「人間の原価」を計算してるのも面白い。あと、元素がそもそも自然のものだけではなく、これからも創られていく可能性があることを今さら理解した。

 結局、やっぱり周期表を覚えるのは大変なんだけど(笑)どういう点が見分けのポイントなのかがそのまま、キャラクターの描き分けのポイントになってるので「なるほどなー」と思う。これだけ作り込んだら覚えるよなぁ。でもなんで男子限定なのかなー。女子な元素がいたらどうなるのかな、とか思ったりもした。

「クレムリンの枢機卿(上)(下)」(著:トム・クランシー/訳:井坂 清)

2015-05-13 00:19:02 | 【書物】1点集中型
 何かは読んでみたいと思いつつも何を読もうか決められずにいたトム・クランシー、通りがかった古本市で安かったので購入してみた。映画には疎いので当然「レッド・オクトーバーを追え!」も観てないし読んでいない(笑)。

 冷戦時代まっただ中の雰囲気が、なんかものすごく懐かしいというか……時代設定に入り込むまでちょっと時間がかかった。でも、諜報活動の現場の紙一重の危うさがあちこちの場面で描かれていくにしたがって緊張感が高まってきて、だいぶ面白く感じられるようになってきた。ジャック・ライアンがちょっと頭でっかちの感はあるけど。
 枢機卿=「カーディナル」ことミーシャへの包囲網が形成されつつある中、まださほど大きな動きを見せていないジャック・ライアンがどう活動していくのか期待しつつ下巻に進むと、KGBに囚われたミーシャの救出劇が本格化。上巻のスヴェトラーナのときもそうだったけど、精神を追い詰めるKGBの尋問手法のえげつなさと、消耗していくミーシャの姿が否応なくタイムリミットを感じさせ、息詰まる駆け引きをさらに強調しているよう。かと思えばライアンも最後は体を張る場面があったし、さらにクライマックスの清廉とは言えない駆け引きもいかにもスパイものらしい。

 そしてラストシーンを見れば、ミーシャにとって本当にこれでよかったのかどうかわからなくなってしまう。本当はライアンの言葉は、祖国からミーシャにかけられるべきものだったはずだろうから。でもそれこそが冷戦の中で、世界を破滅に導かないための一縷の望みと言えるのかもしれないが。