life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「SFマガジン700【国内篇】」(編:大森 望)

2015-06-30 22:53:18 | 【書物】1点集中型
 国内SFは海外ものほどは読んでないので、開拓したい作家さんが見つかるかなぁと思って読んでみたアンソロジー。しかし、やっぱり円城塔の世界が好きだなあというのが読了後の第一印象であった(笑)。量子論を目に見える形にしたような「隙間理論」。「確定記述」の「隙間」をつなぎ合わせて、妻を取り戻そうとする男の物語は、どこまでも論理的で、果てしなくわけがわからなくて、なのにどこまでも美しく収束する。
 あとこのアンソロジーは漫画も入ってるところがミソ。手塚治虫、松本零士とくればもう何をかいわんやという話で。どちらも「人類の起源」的なものを彷彿とさせて、表現も若干生々しいのが人間描写のリアルさでもあり、期待通りの面白さである。

 筒井康隆は絵のない漫画みたいな面白い表現の作品で、ぶっ飛び感と「実験」感は筒井作品ならでは。それであの結末の「ドカーン」ぶりといったら、もうたまらんですよ。平井和正は初めて読んだけど、人間の心が意識的にあるいは無意識に秘めている危うさの描き方が衝撃的だった。ずっと気になっているわりに読めていなかった神林長平は、「これだ!」と飛びつくようなところまではいかなかったけど、アメリカのバディもの刑事ドラマみたいなノリは好きな方ではあるので、もう少し別の作品も読んでみたい気はする。貴志祐介は「悪の教典」のオチが個人的にイマイチだったのでどうかなぁと思ってたんだけど、この作品は好き。終末感漂う雰囲気は、瀬名秀明もちょっと思い出したな。
 しかし、桜坂洋はどうも「悪の教典」と被った(笑)。オチはSFっちゃあSFだけど、ジェノサイド自体にはあんまり説得力を感じなかった……作者が書きたかっただけのことかもしれないんだけれども。やっぱライトノベルっぽいのは個人的にはあんまりアレな感じ。鈴木いづみはSFと言われなければわからないような、どこか純文学のような雰囲気がある。

 というわけで、新しい作家を開拓しまくるところまではいかなかったけど、せっかくなので海外編も読みたい。

「モンタヌスが描いた驚異の王国 おかしなジパング図版帖」(著:宮田 珠己)

2015-06-25 22:15:14 | 【書物】1点集中型
 「空想と、思い込みと、伝言ゲームで書かれ」ると、日本はこんなおかしな国になるのである! と、1669年にオランダ人アルノルドゥス・モンタヌスが(行ったこともないのに)日本を紹介した「日本誌」なる本の挿絵に、筆致のおかしな(褒め言葉です)筆者がツッコミを入れまくる本である。

 どうみても西洋人の扮装にしか見えない人々やら、かと思えばそりゃ中国人だろうとやはり突っ込みたくなる人々やら、何をどう聞くとそんな言葉になるのか、結局日本人ですらそれがどこを指しているのかわからないままの地名やら……今となってはいわゆる「トンデモ本」ってことになるのだろうが、ここまで来ると次元が違う。もはや著者モンタヌスの想像力に喝采するしかないのではないかという気もしてくる(笑)。
 上流婦人のかぶってる「傘」もおかしければ、まあ大体にして丁髷の描写からして茶坊主みたいだし(笑)果ては「得体の知れない宗教」で繰り出される怪しげな大仏や観音像、さらに仏陀なのか菩薩なのかと言われるプサなる偶像には吹き出さずにはいられないのであった。あと、腰をほぼ180度曲げる深すぎるお辞儀……(笑)。

 とにかく、確かにこれはこれでものすごい歴史的資料なのではないかと思う次第である。百聞は一見に如かずとはまさにこの本のあらゆる意味での存在価値を言うのではないだろうか。だもんで、こんな本を発掘して日の目を見せたタマキングはやはりタマキングだなぁとも思う次第であった(笑)。

 

「変数人間」(著:フィリップ・K・ディック/編:大森 望)

2015-06-15 21:21:06 | 【書物】1点集中型
 ディック短編は2冊目。オープニングのパーキー・パットの日々」の人形ゲームは何かを示唆しているのか、考えたもののわからなかった(笑)というのはあるけど、全体的にやっぱり長編に比べるとだいぶとっつきやすい。

 「不屈の蛙」なんかは理論上の空恐ろしさのわりに最後の展開に妙におかしみがあるし、「あんな目はごめんだ」は馬鹿馬鹿しいんだけど文字を文字通り読むことがこんなホラーみたいな話を生むのかという、人間の考える力を逆手に取ったユーモアでもある。「不適応者」はSFらしいギミックで、読者に思い込ませるだけ思い込ませておいてひっくり返してくれる。
 「超能力世界」では、超能力を制する能力が何なのかという発現であるパットの存在、その発想がなるほどと思う。「ペイチェック」のミステリ仕立てとスピード感、スピード感といえば表題作「変数人間」にも。未来にタイムスリップした人間がその未来で「変数」になるという視点がまず面白い。

 こうやってひとわたり作品を見てみると語り方のバリエーションが豊富だし、物語の雰囲気もディストピア風のものからちょっとしたコメディ、ミステリやサスペンス的なものまで、発想力がすごいなあとつくづく感じる。せっかくなので、折を見てこの傑作選シリーズは読破してみたいと思う。(まだあの「トータル・リコール」を読んでないし映画も観てないからそもそも話も知らないのであった)

「カルチェ・ラタン」(著:佐藤 賢一)

2015-06-09 22:28:34 | 【書物】1点集中型
 なんとなく普段と違うものが読みたいなと思ったので、久々の佐藤賢一作品で中世ヨーロッパへ。
 大枠は「泣き虫ドニ」こと夜警隊長ドニ・クルパンと、その家庭教師であった神学者ミシェルの探偵物語といったところか。頭脳明晰、美貌の偉丈夫ミシェルはいかにも佐藤作品のヒーローらしく女癖も相当のものだし、主人公ドニはドニで初心で生真面目、しかしそれなりに年頃の男子らしいところ(笑)もあり……という2人の掛け合い漫才ぶりを見てるだけで楽しめる。

 しかし単純な1話完結的な探偵ものかと思いきや、ミシェルの過去の闇や神学者として抱える命題が徐々に明らかになってくる。それがパリの神学界を震撼させる大きな事件と絡み合い、ついには人間が人間であることの意味を考えさせられる物語となる。「どんな知性で抗したところで、つまるところ、人間の欲望は止められない」のなら、「知性に意味などあるのだろうか」。神学者としての知性を研ぎ澄ませば研ぎ澄ますほど、ミシェルは自分の限界を認めざるを得なくなってしまった。その苦悩の様子がやっぱり佐藤作品のヒーローっぽいところ。
 愛する人を救いたい一心だったドニにも、欲望はあった。人間の欲望は止められない。止められないけれど、そのことを大切なもののために背負う覚悟ができたのなら、人は人でいられる。ドニの青春物語というか、まあ相変わらず少年漫画っぽいところがこれまた佐藤作品だなーって感じだが、テンポも良くて痛快でありつつ少し考えさせる余地も残す、個人的にはこれからも時々楽しみたい作家である。

「蚊がいる」(著:穂村 弘)

2015-06-06 21:29:40 | 【書物】1点集中型
 久々のほむらさんは横尾忠則氏の装丁にて。初めて見たときはびびった。さすがの横尾作品、インパクト大。
 「内気だけが罪」って帯だけでもうほむらさんらしくて笑ってしまったが、そのお題を読んだらやっぱり納得した上に共感までしてしまった。これもまた「世界音痴」だよなあ、なんて。だって、「結果的に内気であるということが、世界との出会いの可能性をゼロにしてしまうのだ」「伝わらない心を抱えて世界の周囲をくるくる回るだけ。そう気づいていながら、どうすることもできない」って……まさに、そのものずばり。これほどど真ん中を射抜く表現、ありそうなのに出会ったことがなかった。
 表題作「蚊がいる」も、エピソードとしてはふっと笑いがこみあげてくる話である、なのに、蚊を追う恋人の姿からほむらさんが思うのは、この世のとどのつまりは「ただ頑張る」しかないのかという、哲学の域にまで吹っ飛びそうな問い。この転移がほむらさん。
 かと思えば「桜」で、「最高の今」を捉えたくて焦りつつ途方に暮れるような姿もまたほむらさんだ。その「今」、思うそばから文字通り過去になり、決して留めることのできない「今」を「感じたい」という言葉は、まさに表現者のものだなぁと思う。「今」を、その一瞬を捉えるために言葉を極限まで研ぎ澄ますのが詩歌なのではないかと思うのだ。

 ほむらさんの目は相変わらず、余人には気づくことのできない世界の隙間を覗き込んでいて、あまつさえそれを「なるほどそういうことか」てな塩梅に、絶妙に表現してくれる。例によってちらっと垣間見える下世話な部分も、だからこそリアルな感じ。又吉氏との対談も予想以上に深かった。又吉氏のネタ、あの妙な間合いの笑いもつまりはこの隙間を覗き込んだときの感覚を表現する言葉なんだなあ。