life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「おれに関する噂」(著:筒井 康隆)

2017-03-20 12:01:21 | 【書物】1点集中型
 久々に読んだ筒井短篇集。確か表題作は読んだことがあったような気がするのと、「通いの軍隊」は映像化もされていたのを見た気がするが、例によってオチを覚えていないので(笑)ほぼ初読の気分で読む。

 「養豚の実際」はそのタイトルからオーウェルの「動物農場」を彷彿させられたが、「作家なんて実はこんな風に踊らされてるだけなんだ」という自虐と見て取れないこともない。自虐と言っても、憐れみを感じさせるような自虐ではなく、クライアントに対する鬱憤の発散みたいな感じだけど(笑)。「怪奇たたみ男」もそうだけど、どこまでもナンセンスなだけにさえ見えるのに、毒がにじみ出てくるんだよねえ。「通いの軍隊」もこれに近いかな。
 「おれに関する噂」「熊の木本線」「だばだば杉」「YAH!」「講演旅行」はオチがやっぱり良くて、最後の一瞬ですとんと落ちるのが読んでて快感を覚える。星新一作品とも感覚が似ている。
 「幸福の限界」「心臓に悪い」は日常の中でのパニックものを思わせる雰囲気。「幸福の限界」はちょっとしたホラーのような結末になっているが、「心臓に悪い」は笑えるオチ。でもどっちもこれぞ筒井作品!(ってどれもそうなんだけど、特に)という強いインパクトを与えてくれる。「心臓に悪い」なんて、主人公のドタバタがどんどんヒートアップしていって、ラストシーンがこれかよ!(笑)って感じで、まさにこんな話を最後に持ってくるのが心憎いなあと思う。

 一通り読んでみて、自分が筒井作品日に惹き込まれるようになった要因が、この「毒」とそれを引き立てるコミカルさというか滑稽さの部分だなとあらためて感じた次第。読者という立場から物語を観察しながら、翻弄される主人公をこれまた人の悪い愉悦を感じながら眺めている自分がいることに気づくのである。

「その女アレックス」(著:ピエール・ルメートル/訳:橘 明美)

2017-03-06 23:44:20 | 【書物】1点集中型
 ずっと気になってはいて、ブームもまあ落ち着いてきて待ち期間なしに借りられるようになったので、今さらながらやっと読んだ。

 おぞましい誘拐事件が物語の主軸かと思いきや、それ自体はあっさり解決。だが、自力で犯人から逃げ出したまま行方不明の被害者を追う中、別の事件が浮かび上がってくる。……という点は実は裏表紙の粗筋に書いてあったのだが(笑)それを読まずに読み始めたのだった。
 被害者の女が実は別の事件の加害者である可能性が浮上し、その足跡を辿ると殺害の手口が誘拐事件に負けず劣らず凄惨なものであることが判明する。女は本当は何者なのか? 予想外の方向に二転三転する物語と事件には、こういうストーリーテリングもあるのかぁ、と目から鱗が落ちる思いだった。ネタバレするのはもったいないサスペンスフルな展開なので、あえて詳細は措いておく(笑)。

 タイトル通り、女=アレックスのすべてをさらけ出す物語である。誘拐も、その後の彼女の足取りも、次第に明らかになるその壮絶な過去からも、読み進めていくとどんどん目が離せなくなっていく。自らも傷を負っている捜査担当カミーユ・ヴェルーヴェン警部と、捜査班の面々の個性にちょっと癒されもする。ルイとアルマンの両極端さがいい。このチーム編成はまさしく実写向きかも。
 最後は、アレックスがまさに命を賭した復讐を試みる形になる。なぜ彼女はその選択をしたのか。そしてその真意をおそらく知りながら、カミーユをはじめとする捜査班が下した決断とは。
 この結末、例えば杉下右京とは相容れないタイプの正義だけど(笑)どこかで共感はしてしまうんだよなー。でもこの決断がもしかして捜査官としてのカミーユのその後に影響を及ぼしたりすることがあるのだろうか。その点も含めて、カミーユが登場するほかの作品にも俄然興味が湧いてきた。