古本屋で上下巻セット100円で売ってたので買ってみた。そういえば奥田英朗はエッセイ2冊読んだきりだったか? 何か1冊読んだような気もする。そこそこ好きな方に入る印象があったので手を出した次第である。
舞台は高度成長期真っただ中、昭和39年夏。1969年東京オリンピックを迎えるまさにその直前に起きた、警察幹部宅と警察学校の爆破事件。警察側はオリンピックを控えて何としても治安に疑義を抱かれるような事態にはしたくない。極秘扱いにされる中、捜査線上に浮かんだのは出稼ぎ労働者を兄に持つ秋田出身の東大院生・国男だった。兄が亡くなった飯場を訪れ、兄が経験した出稼ぎの日々を自分もなぞり始める国男。労働者の過酷な現実を目の当たりにし、その犠牲を許容する社会のありように不信感を募らせていく。
昭和30年代は流石にリアルタイムではないし、表現も敢えて当時の言葉を使ってあったりでちょっと入り込むのに時間がかかったけど、東大院生の国男が、兄が命を落とした飯場に入るあたりからはそれが絶妙な臨場感に変わってきた。社会のヒエラルキー、ピラミッド構造の下層にある者たちの、ただその日を生きるためだけに肉体労働を積み重ねる姿。今で言うところのワーキング・プアの状態か。そしてその状況に疑問を持ち、やがて怒りに、行動に変わる。この時代の闘争は例えばこのようにして生まれたんだなと思いながら読んだ。地方に住んでいたら多かれ少なかれ、今の時代でも感じることが、この時代にはもっと大きくて強いものだったということなんだろう。
警察全体を向こうに回して、国男はオリンピック会場の爆破を予告し、そのオリンピックを質に身代金を要求する。下巻ではいよいよ公安や警視庁との駆け引きや追いつ追われつの展開がスピードアップしていく。ヒロポンを常用するようにもなり、その先には破滅しかないのではないかと思わされるが、社会がオリンピックに向けて突き進むように、国男も進むしかない。事件も労働の悲劇者も、沸き立つ社会には遂に知られることはない。それぞれの立場や思いで国を憂い、あるいはその発展を守りたいと思った人たち。そんな無名の人たちを陰に置いて、社会は華やかな祭典に酔い痴れる。
結局、警察は国男とその相棒となった村田を阻止するに至り、国男の行為は日本の社会には何をもたらすこともなかった。テレビマンの須賀も、ビジネスガール(という呼び方も時代なんだなあ)の良子も、それぞれに国男と関わりながらその行く末を見届けることはなく、輝かしい未来を手にしているようにも見える。国男と村田の計画は、まさにその陰に消えた。ただ、村田は自分はその日暮らしをしていても、日本の将来にはある意味では希望を持っていたんだろう。国男には「横に積む」人になってほしかったんだろう。切ないな。
舞台は高度成長期真っただ中、昭和39年夏。1969年東京オリンピックを迎えるまさにその直前に起きた、警察幹部宅と警察学校の爆破事件。警察側はオリンピックを控えて何としても治安に疑義を抱かれるような事態にはしたくない。極秘扱いにされる中、捜査線上に浮かんだのは出稼ぎ労働者を兄に持つ秋田出身の東大院生・国男だった。兄が亡くなった飯場を訪れ、兄が経験した出稼ぎの日々を自分もなぞり始める国男。労働者の過酷な現実を目の当たりにし、その犠牲を許容する社会のありように不信感を募らせていく。
昭和30年代は流石にリアルタイムではないし、表現も敢えて当時の言葉を使ってあったりでちょっと入り込むのに時間がかかったけど、東大院生の国男が、兄が命を落とした飯場に入るあたりからはそれが絶妙な臨場感に変わってきた。社会のヒエラルキー、ピラミッド構造の下層にある者たちの、ただその日を生きるためだけに肉体労働を積み重ねる姿。今で言うところのワーキング・プアの状態か。そしてその状況に疑問を持ち、やがて怒りに、行動に変わる。この時代の闘争は例えばこのようにして生まれたんだなと思いながら読んだ。地方に住んでいたら多かれ少なかれ、今の時代でも感じることが、この時代にはもっと大きくて強いものだったということなんだろう。
警察全体を向こうに回して、国男はオリンピック会場の爆破を予告し、そのオリンピックを質に身代金を要求する。下巻ではいよいよ公安や警視庁との駆け引きや追いつ追われつの展開がスピードアップしていく。ヒロポンを常用するようにもなり、その先には破滅しかないのではないかと思わされるが、社会がオリンピックに向けて突き進むように、国男も進むしかない。事件も労働の悲劇者も、沸き立つ社会には遂に知られることはない。それぞれの立場や思いで国を憂い、あるいはその発展を守りたいと思った人たち。そんな無名の人たちを陰に置いて、社会は華やかな祭典に酔い痴れる。
結局、警察は国男とその相棒となった村田を阻止するに至り、国男の行為は日本の社会には何をもたらすこともなかった。テレビマンの須賀も、ビジネスガール(という呼び方も時代なんだなあ)の良子も、それぞれに国男と関わりながらその行く末を見届けることはなく、輝かしい未来を手にしているようにも見える。国男と村田の計画は、まさにその陰に消えた。ただ、村田は自分はその日暮らしをしていても、日本の将来にはある意味では希望を持っていたんだろう。国男には「横に積む」人になってほしかったんだろう。切ないな。