life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「時間封鎖(上)(下)」(著:ロバート・チャールズ・ウィルスン/訳:茂木 健)

2014-11-28 17:45:25 | 【書物】1点集中型
 ある日突然、地球の空から星や月が消え、太陽はそれまでの太陽と違うものに変わってしまう。わかったことは、地球の時間の速度が全宇宙に比して1億分の1という超スローペースになってしまったということ。それはつまり、数十億年の先であったはずの太陽の寿命が、地球にとってはたった数十年先のことでしかないことを意味するのである――。
 主人公タイラーと、隣人であり主人公の母の雇い主の子どもたちであるダイアンとジェイスンの双子の姉弟の人生は、のちに「スピン」と呼ばれるようになったその出来事に大きな影響を受けることになる。成長した主人公たちの「現在」と、「スピン」当時から「現在」に至るまでの彼らが交互に語られていき、おそらくどこかで「現在」に追いつくことになるのだろうという展開である。

 ずっと、読む予定リストに入れっぱなしになっていた(笑)SFものの1つ。3部作だと聞いていたし、あらすじだけ見た感じだとかなりなハードSFなんではないかと思ったので、取り組む意思を固めるのになかなか時間がかかってしまった……が、題材は確かにハードであるものの、読み始めると実に読みやすい。主人公を含む3人の物語ととてもうまく絡み合っていて、SF的要素以上に彼らの行く先が気になって仕方なくなる。
 で、地球が近いうちに人類の住む星でなくなるという現実を前に、人類はついに本格的な火星進出に取り組む。いわゆるテラフォーミング。地球の外の時間の流れが地球の1億倍であるということから、テラフォーミングされた火星の進化がすぐに現在の地球並みのところまで進んでいくというメリットもあって、なるほどなーと思った。関係ないけどたまたま、読んでるタイミングで「コズミック・フロント」@BSプレミアムがテラフォーミングの話題だったりして、ちょうどいいときに観られたな~と思ったり。

 病に冒されたジェスが選んだ道は火星のテクノロジー。それは通常の寿命を超える「第四期」へ向かうための処置だ。そして火星人曰く、惑星の持続性の限界と、そこから地球を守るために介入したとされる「仮定体」はまた、火星にも同様の「時間封鎖」を行っている。地球は滅亡に向かっていて、ダイアンもまた弟と同様に死に瀕している。そして弟と同じ道を選び、しかし姉弟にそれぞれに訪れた結果は真逆であった。
 地球の外で起きているレプリケーターの異常、滅亡を文字通り目前に感じている地球を覆う人々の狂騒。終盤は、ちょっとしたディストピアもののような様相を呈してくる。新しい世界、ジェスが知りたかったこと。タイラーもまた、そのことで追われる身となることを知りながら、自らも「第四期」へ向かう。
 ラストシーンは、まだ見ぬ新大陸に向かう開拓者たちの船出のよう。仮定体のさらに向こうにある宇宙の謎はまだ、全貌が見えたというにはほど遠いほんの糸口だけの解明でしかない。イクウェイトリアで、タイラーとダイアンは何を知るのだろう。そして地球は、宇宙は、どのように変わっていくのだろう。彼らとともに未知の世界に乗り込んでいくような気になりながら、次作の貸し出し予約を入れてみた(笑)。

 そういえば解説にあったけど、イーガンの「宇宙喪失」も地球から星が見えなくなるという設定だった。なんとなく既視感があったのはそれでか、と思ったのだがまあ実際はっきりとは覚えてなかったわけで(笑)。でも、そのくらい全然別の印象。どっちも違う味があるんだけど、読みやすさだけで言えば圧倒的にウィルスンだな。

「ホワイト・ノイズ」(著:ドン・デリーロ/訳:森川 展男)

2014-11-25 23:47:11 | 【書物】1点集中型
 主人公は大学で「ヒトラー学科」の教授を務めていて、現在の妻は4人目。その妻と、今までのの妻との間の子どもたちと仲睦まじく暮らしている。一見何でもなさそうな生活の中に、化学薬品を載せたトレーラーの事故が文字通りの暗雲を引き起こす。空媒毒物事故。やがて人々の間で、家庭の中で交わされる噂や憶測。そこには死の影がちらつき、漠然とした恐怖が拡がっていく。
 事故の前から主人公の妻バベットが飲んでいた治験の薬は、死の恐怖を取り除くためのものだった。そしてその開発者と妻の関係を知った主人公は、自らをも侵食する死の恐怖に立ち向かう術として、「他人を殺すことによって自分自身の死を打ち破ろうとする」

 「コズモポリス」がかなり好みだったので手を出してみた……んだけど、そのときのようなフィット感はあんまりなかったかなぁ。訳者さんが違うからなのかな、「コズモポリス」ほどすんなり入ってくる感じではなかった。ただ、「死」と相対する主人公の心理描写の雰囲気にはそれっぽさがあったような気がする。あと、主人公の息子ハインリッヒの理屈っぽさというか、論理的な屁理屈というか(笑)、「雨が降っている」ことについての主人公とのやりとりなんかを見ていると、手を変え品を変え言葉を洪水のように紡ぎ出す様子がちょっと円城塔みたい(作家の時代は当然、デリーロの方が前だけど)。
 空媒毒物事故という、パニックものにさえ結びつきそうな題材だったり、ヒトラーの功績を研究する学者であったり、もっとそれを中心に激動しそうなネタばかりに見える。が実際は、いっそ肩透かしとも言えるくらい淡々と劇中の時は過ぎていく。死が自分のものになったとき、人はどうそれを克服しようとするのか。「ホワイト・ノイズ」は、「全ての周波数成分を等しい密度で含む雑音」とか「耳ざわりな騒音を消すためにそれにかぶせる音」という意味のものらしいが、「死」に向かう人が「死」にかぶせるホワイト・ノイズが世界の波を元通りに鎮めていくような、そういった世界を描き出しているようにも見える。

「シフト(上)(下)」(著:ヒュー・ハウイー/訳:雨海 弘美)

2014-11-05 23:17:40 | 【書物】1点集中型
 地上が滅びた後の地下世界を描くディストピア系SF「ウール」の続編。3部作の第2部である。が、物語は21世紀から始まる。つまり今作は時系列的には「滅亡前」、「ウール」の世界がどう作られたのかという話になる。サイロが作られるに至った経緯と、その後のサイロの中でサイロ群を維持する「シフト」に就く人々、そして自分のサイロ以外の世界があることを知らない市井の人々の動きが交互に語られる。
 2110年、冷凍睡眠から目覚めたトロイ。翻って2049年、新人議員となり早速新しいプロジェクトに参加することになるドナルド。そのプロジェクトが使用済み核燃料処理保管施設に関わるものであるということが、サイロの誕生を予感させる。核爆弾とナノマシンが、世界を一変させる。しかしサイロの人々は、サイロ以前の記憶をほとんど持たない。人々が知らない世界があること、自分たちの知らない「秩序」でサイロという世界が管理されていること、それをすでに「ウール」で見てきた読者にとっては、人々の生活はまるで箱庭のもののように見える。

 シフトに就くトロイがサイロ以前の記憶を取り戻したことで、物語が動いていく。後半はサイロ以前、サイロ1、サイロ17と18。3つの舞台が次第に縒り合わされていき、前作「ウール」の結末に向かって収束していく。
 サイロ1で繰り返される冷凍とシフト。そしてトロイは知らぬ間に自分以外の人間に「成り代わらせられている」。さらに、サイロ1の持つ本当の役目を示す、「協定」に隠された本当の意味。まるで、一度終わった世界がもう一度終わりに向かっているかのような空気がある。

 ドナルドは何をめざのか、ジュリエットはすべてを理解することができるのか。謎々だらけでついていくのに精いっぱいだっただけに緊張感のあった第1部に比べると、先に何があるのか見えているだけに「つなぎ」っぽい感じになってる第2部、といったところだが、第3部を読まないことにはどうにもすっきりしない(笑)気がしている。……ということは、それなりに楽しめているということだろうなとは思う。