クリエイティブエージェンシー「TUGBOAT」代表である著者の自伝的小説。日経ビジネスオンラインで「人生の諸問題」を愛読していたので、すでにそこで語られていた多くのエピソードをあらためて読み直した形に近いかもしれない。
登場人物の名前はすべて実在の人物とは違うものになっているし、もちろん「実際する個人、団体等とは一切関係がありません」とは書いてあるけれども、あまりに「人生の諸問題」を愛読しすぎている私には、もはやノンフィクションにしか見えず、書いてあることを全部事実として受け止めてしまいかかっているという弊害があった(笑)。
いろいろ無茶苦茶をやってきた少年時代ではありながら、何につけても自分の天性の限界を早い段階で見極めてしまう、ある意味達観したところを持つ主人公。だからといって「何やっても無駄」みたいな方向にはいかず、「どうせやるなら面白く」と言わんばかりだ。受験の話なんかは、もうすでに知っている話なんだけどやっぱり笑えてしまった。これぐらい痛快なことをやれる思い切りが自分にもあったらなぁと思いつつ。
「自分の内側に、虫のように寄生する『欠陥』が確かに生息していると感じ」、「そいつこそが自分なのかと思う」こと。ここはすご――く身につまされるというか、「刺さる」というか、あるいは逆に「自分だけではない」とも思って、妙な安堵を覚えたというか。まるで、母親の言う自分をそのまま演じようとしていたという少年時代の、奔放に見える行動の裏側にある陰のようなものが、形を変えながら主人公の中で息づいているのをここでまた見るような。
それでもって、バブル期の大手広告代理店の営業の世界のものすごさ(笑)。おそらく業界的に、根っこのところではあんまり変わってない部分は今でもあるような気はするのだが、それにしてもなんというか……一般市民的な自分の頭の中とはあまりにかけ離れた世界ではある。主人公が自我の揺らぎを覚えたのも、そんな感覚の延長でもあるかもしれないが。
そして父との再会。ありがちな感動や「改心」などはそこにはない。白々しさを感じながら演じざるを得ない「父子芝居」、「親子ゲーム」を、それでももう止めることはできないという不毛さ。嫌悪する父の姿を通して、息子はそこに自分を見る。それも、誰もが一度は感じることではないのか。「父の不気味な不明さは、誰もが抱えている不明なのかもしれない」――主人公が自覚していた、自分の中の「虫」のように。
そういえば、破産した父親が出奔してからの、文字通り一文無しの苦学生という境遇にさらされた主人公を見て、末續慎吾の学生時代を思い出してしまった。なんか近い。
まあそんなわけで、やはり「人生の諸問題」はぜひまだまだ続けていただきたいと切望する所存である。
登場人物の名前はすべて実在の人物とは違うものになっているし、もちろん「実際する個人、団体等とは一切関係がありません」とは書いてあるけれども、あまりに「人生の諸問題」を愛読しすぎている私には、もはやノンフィクションにしか見えず、書いてあることを全部事実として受け止めてしまいかかっているという弊害があった(笑)。
いろいろ無茶苦茶をやってきた少年時代ではありながら、何につけても自分の天性の限界を早い段階で見極めてしまう、ある意味達観したところを持つ主人公。だからといって「何やっても無駄」みたいな方向にはいかず、「どうせやるなら面白く」と言わんばかりだ。受験の話なんかは、もうすでに知っている話なんだけどやっぱり笑えてしまった。これぐらい痛快なことをやれる思い切りが自分にもあったらなぁと思いつつ。
「自分の内側に、虫のように寄生する『欠陥』が確かに生息していると感じ」、「そいつこそが自分なのかと思う」こと。ここはすご――く身につまされるというか、「刺さる」というか、あるいは逆に「自分だけではない」とも思って、妙な安堵を覚えたというか。まるで、母親の言う自分をそのまま演じようとしていたという少年時代の、奔放に見える行動の裏側にある陰のようなものが、形を変えながら主人公の中で息づいているのをここでまた見るような。
それでもって、バブル期の大手広告代理店の営業の世界のものすごさ(笑)。おそらく業界的に、根っこのところではあんまり変わってない部分は今でもあるような気はするのだが、それにしてもなんというか……一般市民的な自分の頭の中とはあまりにかけ離れた世界ではある。主人公が自我の揺らぎを覚えたのも、そんな感覚の延長でもあるかもしれないが。
そして父との再会。ありがちな感動や「改心」などはそこにはない。白々しさを感じながら演じざるを得ない「父子芝居」、「親子ゲーム」を、それでももう止めることはできないという不毛さ。嫌悪する父の姿を通して、息子はそこに自分を見る。それも、誰もが一度は感じることではないのか。「父の不気味な不明さは、誰もが抱えている不明なのかもしれない」――主人公が自覚していた、自分の中の「虫」のように。
そういえば、破産した父親が出奔してからの、文字通り一文無しの苦学生という境遇にさらされた主人公を見て、末續慎吾の学生時代を思い出してしまった。なんか近い。
まあそんなわけで、やはり「人生の諸問題」はぜひまだまだ続けていただきたいと切望する所存である。