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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「攻殻機動隊小説アンソロジー(著:円城 塔、三雲 岳斗、朝霧 カフカ、秋田 禎信、冲方 丁)

2018-02-18 15:09:38 | 【書物】1点集中型
 円城塔を読みたくなって探してみたら目に入ったので「うわー、円城氏が攻殻を!」とばかりに飛びついた。肝心の芥川賞作品とかまだ読んでないのに(笑)。実写化記念みたいな感じなのかな。観てないけど。作品によって字体を変えるとか、よく見たら士郎正宗氏自身がカバーを描いてるとかブックデザインは凝っている。
 私自身は「攻殻」にはTVシリーズから入って映画に戻ったので、いちばん馴染んでるのは神山版だけど、もともと押尾作品の世界が好きなこともあり映画2作も好きだ。でもARISEはちょっと個人的には微妙だったなぁ。

 そんな状態で読むのであるが、トップバッターである円城塔「Shadow.net」は出だしの一文からして円城塔だ! という感じで一気に持っていかれる。「公安が試験中の監視ネットワークの一部」が、その「眼」で見ているものを淡々と語る。そしてある女性と出会う。「人形使い」をキーにした物語と言えるが、この語り手には「実体」があるようにもないようにも感じられるし、草薙素子の姿も明確には示されない。どうとでも取ろうと思えばとれる曖昧さで、しかしバトーとトグサのキャラクターを的確に表現する会話や荒巻の短い呼びかけと相まって、舞台は「攻殻」以外の何ものでもなく、しかし物語はどう見ても円城塔のものであるという作品になっていた。こういうの読むとやっぱり「屍者の帝国」をもうまた読み直したくなるよなぁ。
 草薙素子の姿が示されないという点ではトリの冲方丁「スプリンガー Springer」も同様だが、この物語はそもそも公安九課に直接関わらない形になっている。電脳に関わる一つの事件を捜査員の語りを通して築き上げ、「攻殻」の世界であれば起こりうる一種普遍的なことを描き出しているように思われる。語られる事件そのものも、ちょっとしたミステリとしても楽しめるものになっている。

 三雲岳斗「金目銀目 Heterocromia」、朝霧 カフカ「攻殻機動隊Soft and White」はどちらもわかりやすい二次創作という感じ。言ってみれば前者はTV版1話完結でのイメージで、後者はスピンオフ。「金目銀目」はオチが多少見えやすくはあったし、「Soft and White」は最後の1行が余計な感じもしたけども(なくても充分伝わるのになーと思う)、草薙素子の影が見え隠れする事件を核にしたストーリーは双方ともエンタメとしてはそれなりに楽しめた。このキャラクターをこういう風に使うんだなという、二次創作らしい……言ってみれば同人誌っぽい面白さかな。(それはそれで嫌いではない)
 秋田禎信「自問自答」はタイトル通り「草薙素子の自問自答」ということなのだが、個人的にはこれはなかなか……突き抜けきれなかった感じを受けた。秋田作品といえば、実はその昔「魔術師オーフェン」シリーズを読んだことがある。最初はもう勢いで(笑)読ませてもくれたんだけど、終盤だんだん収拾つかなくなっていって最終的には不完全燃焼に思えた印象があるのだが、それを思い出す感じ。素子が自問自答をするのに、最初から最後まで「少佐」の口調かなぁ、というのが個人的には最も大きな違和感だった。自問自答の内容も「攻殻」になろうとしてなりきれていない。言ってみれば深みが足りない。主人公と設定されている存在が自分を深く掘り下げていくという方向は円城作品と近いんだけど、だから余計に差が見えてしまった感じが……。

 というわけで、世界観の出し方も含めた総合点でやっぱり円城塔と冲方丁はすごいなと思った。フィールドは「攻殻」だけど、それを「借りる」のではなくてあくまでも自身の表現で再構築して見せているところが。

「にょにょにょっ記」(著:穂村 弘、フジモトマサル)

2018-02-12 15:08:52 | 【書物】1点集中型
 「にょっ記」「にょにょっ記」に続くシリーズ(?)3作目。久々にタマキングじゃない脱力系を読みたくなってのほむらさんである。どのネタが笑えたとか細かいこと言ってるときりがないのだが、それでもほむらさんの小学校時代の国語のテスト問題とか先生のセンスを絶賛したくなるし、「アラビヤ數字の字體」をはじめとする古本ネタやリカちゃんみたいな時代が絡むネタももう鉄板だし。ときどき出てくる天使にもほっとするし。
 もはやシリーズその3であり方向性は一貫してるので、全体として私などが語れることは全くないが、相変わらず余人の追随を許さないほむらさん視点を充分に堪能した。日常を少しだけ別の景色に変えて、ちょっとだけ笑わせてくれる、そういうほむらさんテイストにはこれからもお世話になりたいと思う次第である。

「数学的にありえない(上)(下)」(著:アダム・ファウアー/訳:矢口 誠)

2018-02-07 21:53:47 | 【書物】1点集中型
 理数系全然駄目なのに、この手のタイトルに弱いので、つい……。

 始まりはポーカーのテーブル。超人的な計算能力を持ち統計学を専攻する優秀な大学院生だったが、側頭葉癲癇という神経の失調により職を失ったケインは、そのゲームで限りなくゼロに近い確率の敗北を喫し、11,000ドルの借金を背負った。その一刻も早い返済のために、ケインはとある薬の実験の被験者となる。
 一方、他国の情報機関に密かに情報を売り続けるCIA局員ナヴァは、1つの失敗から取引相手である北朝鮮から命を狙われることになる。そんな中、国家安全保障局〈科学技術研究所〉に転属させられ、怪しげな科学者フォーサイスに、とある研究者の研究データを盗み出すよう指令を受ける。それぞれの全く違う事情が絡み合い、偶然のような必然が重なりあって、爆発の中で2人は邂逅する。

 上巻は、下巻の展開の理解をスムーズにするための予備知識を種蒔きされてる感がある(パスカルとフェルマーが文通していたんて余談もちょっと面白い)。それこそ最後の2人の出会いによってやっと全体のストーリーが走り出したか、という感じだった。この教室に同じ誕生日が2人以上いるか、の確率論は何か別の例で見た記憶もあるので、確率論の典型らしい。ケインの経験した時間の巻き戻し、繰り返しなんかまさに量子力学的な世界。そういえば、イーガンの「スティーヴ・フィーヴァー」もそんな感じじゃなかったかな。
 それにしても、瀕死のジュリアは何故、トヴァスキーとナヴァにそれぞれ相反するメッセージを残したのか? それも確率論や量子論の範疇なのか? そしてケインと同様に神経の病を持つの双子の兄ジャスパーは、ケインにとってジョーカーになるのかアキレス腱になるのか……

 そんなところで、どのへんが「数学的にありえない」のかは上巻ではまだ見えないが、ナヴァとケインの邂逅でストーリーにエンジンはかかってきた。ケイン兄弟それぞれの行く末と、物語の落としどころを探りつつ下巻へ移ると、ああなるほど! という黒幕の正体が。何故気づかなかったのか、自分の迂闊さを呪う(笑)。
 かつ、クロウというプロがケイン追跡に加わったことで、怒濤の場面展開とバイオレンスが待っていた。一瞬の油断も許されない中で、全ての未来を示す〈すべてのとき〉の中からケインが選ぶ「最も生き延びられる確率の高い選択肢」は、普通の人間から見たら周囲のすべてを支配しているのと同じことだ。ケインもナヴァもジャスパーもみんなぼろぼろになりながら、とにかく一瞬たりとも諦めない。危機になればなるほど感情移入したくなる展開だ。
 ケインは良い未来となる確率が最も高い選択はできるけど、それは確率上の話であり、保障されているわけではない。でも選択するという行為がなければ、未来をよりよいものにできる確率は上がらないということなのかもしれない。
 原題は「IMPOSSIBLE」だけど、〈すべてのとき〉を見ることができるようになってからのケインは、不可能を可能にできる(という可能性が高い)選択をする能力を得たことになるだろう。なので今にして思えば、物語のきっかけになる冒頭のポーカーで負けた場面が「数学的にありえない」だったのか?(笑)

 ケインの選択がのちに何をもたらすのか、ストーリーの中で続々と因果関係が明らかにされながら、紙一重で危機を乗り越えていく展開は小気味よい。また、ケインは数学、ジャスパーは物理。双子という関係ならではの見事な知識のコンビネーションでするすると理解が促されるのも、読んでいて気持ちいい。いろいろな謎がどんどん解けていく様子が、爽快なカタルシスをもたらしてくれる感じ。
 仕上げに、ラストシーンで物語のすべてが〈すべてのとき〉につながって、すべてが腑に落ちる。そしてほんの短いエピローグで、すべてが解決される。できすぎているといえばそうかもしれないが、でも見事に何もかもが齟齬なく伏線回収されて、全部すっきり! という気分にさせてもらえたのが何よりだった。

 それにしても、生物が本能的に持つ知識の起源が生物学では答えられないのに、物理学から答えが導き出せる可能性があるというのは面白かった。物質も思考もエネルギー。量子物理学と集合的無意識の関係。ケインが目を閉じている時だけ〈すべてのとき〉を見ることができることと、存在は観察されるまでは確定しないとする量子物理学。この物語の土台になる諸々の要素が単に説明にならず、ストーリーに見事に落とし込まれているから納得できて、より面白く感じるのだろうと思う。
 私自身はこれまでに素人向けの素粒子物理学の本を少し読んでいたおかげで、全くの知識ゼロから入らなくてよかったから多少助かった部分はある。でも、それでなくても理系門外漢でも十分に楽しめるんじゃないだろうか。次作は「心理学的にありえない」だそうだが、これも読んでみたいなぁ。

「暗殺者の飛躍(上)(下)」(著:マーク・グリーニー/訳:伏見 威蕃)

2018-02-06 22:16:32 | 【書物】1点集中型
 「グレイマン」シリーズ第6作。これまでは自分の国に命を狙われる身だったのが前作でようやっと決着がつき、晴れて追わる身ではなくなったジェントリー、とはいえやっぱり今回も単独行である。前作で関わったスーザンがハンドラーになったが、まだまだ肩肘張ってる感じがするなぁ。

 今回の舞台は香港である。アジアはシリーズ初上陸だったかな? 中国の逃亡ハッカー范を追って香港へ赴いたグレイマンは、中国の情報機関に監禁されているかつてのハンドラー、フィッツロイと再会する。この情報機関に雇われる体で范を追うことになるが、その追跡が成功すればフィッツロイが消されるだろうことがわかっている状況。フィッツロイとはいろいろあるけど何だかんだとやっぱり見捨てられるわけがなく、困難な任務はさらに無謀の域に………と、いつものグレイマンらしいmission impossibleぶり。
 かたや、ロシア対外情報庁SVRの工作員ゾーヤも同じく范を追っていて、本国に拉致する任務を負っている。同行する特殊部隊は端からゾーヤを女として敵視しており、男の世界にあって女であるがゆえに苦労している様子にはちょっと同情してしまう。

 まあしかし相変わらず、人数の壁を経験と技術と体力で容赦なく突破しまくる豪快なグレイマンである。上巻はまだそんなに負傷はしてないので、下巻はどうなのかなーと読み進める。と、せっかくターゲットを連れて危機を脱することができたのも束の間、今度はタイの犯罪組織に范を奪われ、奪い返しに乗り込んだ敵地でついにゾーヤと鉢合わせ。
 そもそも何故、范を追うミッションが必要となったのか、CIAはすべてを現場のジェントリーには明かさない。敵と味方が明確なようで疑心暗鬼もあり、ゾーヤはゾーヤでミッションから外され、言ってみれば単独行。単独行という意味ではジェントリーと似通った立場に陥ったことが、ジェントリーとの関係もあっという間に変えてしまったようである。
 敵が入れ代わり立ち代わりになったり、そもそもの発端が何となく見えてきたり、後半は展開が目まぐるしい。誰もにとって100%の大団円とはいかないちょっとした苦みは残るが、范のようにジェントリー自身が守るべき存在と認識している相手への不器用な優しさはよくわかる。だから苦いとも言うが。

 ジェントリーは、ゾーヤとは今までになく精神的に深く感応する雰囲気が出ている。それも意外にすんなりというか、急だけどその一方でとても自然な感じ。今までも一瞬心を通わせた女性はいなかったわけではないけど、ジェントリーと人生を分かち合える女性がいるとしたら同業者たることが必要条件かもしれないなーと思ったり。もちろん単に同業者ならいいってわけではないが。前作の父との関係といい、新たな展開に伴ってジェントリーの新たな面も描かれ出しているように見える。
 その意味では、シエラの面々が再び登場したり、ゾーヤが最終的にCIAの資産に落ち着いたり、人間関係的に今後の展開が楽しみな部分が増えてきている。かと言ってもちろん簡単にチームプレイに戻るわけはないと思うが、SOS時代のような全くの単独行とは違う面白さは広がりそうだなという期待はある。バリエーションが増えるというか、ある意味007みたいというか(笑)。CIAにまだまだ食えない部分があるだけ、ジェントリーからすると信用はしきれないという危うさもあるし。続編が出るのは決まっているようなので、のんびり待ちたい。