life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「ユダヤ警官同盟(上)(下)」(著:マイケル・シェイボン/訳:黒原 敏行)

2014-03-31 22:30:39 | 【書物】1点集中型
 目に留まったのは実は相当以前の話で、確かトム・ロブ・スミスの3部作を見かけたときぐらいの時期だったと思う。ず――っと読みたいリストに入っていたのだが、何故か延び延びになって今に至った。

 2007年アラスカ、ユダヤ人たちの町・シトカ特別区。そこはまもなくアメリカに返還される土地でもある――といういわゆる歴史改変SFの中で、ハードボイルド・ミステリが展開する。でも、そもそもアメリカのこともユダヤ人の歴史のことも無知すぎるほどに無知な読者であるので、歴史改変という点がまるでなかったことのように(笑)作品世界に入り込める。っていうか、SFなのか、これ(笑)。いや単に歴史改変ものがSFに内包されるというだけの話だが。
 というわけで読み始めてみると、まず、なんとなくレトリックが普通のミステリ作品ぽくないなぁと感じる。訳者あとがきによると「ピュリッツアー賞を受けている純文学作家」とのことで、納得。冒頭の「はつかねずみ流の八時間」あたりから早速、そして全編にわたって描写の端々に漂う純文学風味。でも小難しくはない。全体的に洒落っ気の漂う文章の空気感が、個人的にとても心地良い。

 ちょっと、いやかなりくたびれた風采の刑事ランツマンの、しかし事件にのめり込んでいくさまが、ハードボイルドと言えばチャンドラーを彷彿とさせたり、パイが食べたくなったり(笑)する。ランツマンの従弟であり同僚のベルコとのコンビ、ランツマンの元妻であり上司であるビーナとのやりとり、かつては「救世主」と目された、殺されたユダヤ人青年の不思議な存在感。
 このように、登場人物はほぼほぼユダヤの人々。前述の通りその方面に関しては全くの無知であるからして、出てくるものや言葉やもろもろが自分の知らない世界そのもの。実はそれだけで充分にSF的な気分になれるのかもしれない。

 謎が解けてみれば、実際はわかるようなわからないような事件であり、謀略が絡んではいても、殺害のきっかけそのものはあっけないことであったりする。そして最後は、ランツマンはただの、1人のユダヤ人として生きていくだけなのだ。いや、ハードボイルドだねぇ。
 訳者・黒原氏の名前をどっかで見た気が……と思ったら、こないだ読んだばかりのウィンズロウ作品でだった。けっこう好きな訳かも。

「都市と星 [新訳版]」(著:アーサー・C・クラーク/訳:酒井 昭伸)

2014-03-18 22:05:01 | 【書物】1点集中型
 クラークの作品には良くあることだが、1956年に発表されたものとはとても思えない。まずなんといっても設定の発想の豊かさに驚かされる。
 イーガンの「ディアスポラ」で人間が生まれる様子も思い出させる都市ダイアスパーだけど、実は当然大きく違うところがある。人間の精神がデータ化されて保存され、繰り返し起動させることによってほぼ誰もが永遠に生き続ける世界。言い換えれば前世を持たない人間がほぼ存在しない世界だ。
 しかも、テクノロジーはこれほどに進歩しているのに、ダイアスパーの人々は都市の外に対する根本的な恐怖を持ち、都市から一歩も出ようとしない。ましてや宇宙になどとんでもない! という、ものすごいギャップのある都市である。このダイアスパーに生きる青年アルヴィンが、実は10億年ぶりにダイアスパーで誕生した「過去に生を受けた経験のない」である。外の世界への恐怖を根源的な記憶として持つ他の人々とは違って、アルヴィンは都市の外へ興味を募らせ、ついには都市の外へ、別の都市へと足を踏み入れる。

 アルヴィンがダイアスパーの外に出たとき、ダイアスパーとは全く違う環境、全く違う命の形態を持った人々、さらには地球の外にまで物語は一気に拡張していく。アルヴィンがたどり着いたリスの世界はどちらかというとファンタジー世界の赴きもあって、クラークにしては珍しいような気もしてみたり。多分気のせいだと思うけど(笑)
 なので、基本は当然SFだけども、少年の冒険ロマン! みたいな感じもして、小難しさを感じさせない雰囲気がある。外の世界へ踏み出すことや、全く文化の違う社会がお互いをどう理解して受け容れようとするか。そして、この社会は何故今この形をしているのか。独創的な舞台装置の上でクラークが描き出す人間たちのドラマといったら、相変わらず文章から想像するだけでワクワクさせられるのだ。

 物語の終わり、今はまだその力はないけれど人類がまたいつか宇宙に再び飛び出していけるようにと願うアルヴィンの姿を見ると、やはりクラークの想いがそこに反映されているような気がしてならない。アルヴィンには自分の役目のひとつの終わりを感じるという寂寥感もありつつ、彼が友ヒルヴァーと師ジェセラックに見せた光景は、清清しさと希望のようなものをもたらしてくれるように感じるのだ。この本はいずれ買って再読かな。

「日本全国もっと津々うりゃうりゃ」(著:宮田 珠己)

2014-03-08 20:10:00 | 【書物】1点集中型
 タマキング続き。なんだか私、エッセイ読むならほむらさんかタマキングか、という状況になっている(笑)。

 さて今回は、その名の通り「日本全国津々うりゃうりゃ」シリーズ? ということになるようである。相変わらずのタマキングの秀逸なイラストが表紙カバーを飾りまくっており、これらをタマキングがどう語るのかと考えると、それだけで期待せざるを得なくなるのであった。そしてこのカバーを眺め回している中で実は、ええっ、タマキングもう50歳!? とかそんなところに気を取られたりもした(笑)。
 前作でどんな地方のどんなネタが語られていたのかはすっかり記憶の彼方に飛んでしまっているわけだが(笑)、のっけからテレメンテイコ女史が颯爽と登場したので「おお! そうだった!」とかそこだけ思い出してみたりした。石関係に一家言持つタマキングの奇岩論(?)、階段論(??)は、笑っちゃうけどなるほどであった。異世界への入口。そうかもしれない!←のせられやすい私。

 なんと言っても今作の白眉は、奄美大島大人男3人シュノーケリング紀行ではなかろうか。タマキングのシュノーケリング関係を未読だから余計そう思ってしまうのかもしれないが、まずもっていきなり飛行機の乗り方が誰もわからないあたりから腰砕けである(笑)。国際便ばっかり乗っていて一般的な国内線に疎いとか、シュノーケリング気に入ったからって紛争地帯でやろうとか、高野氏面白すぎる。
 そして安土城にてタマキングの妄想極まる。またしても絵がシュールすぎる。シュールすぎるといえば出島のどっかの展示室で見たという七福神とか、即身仏イメージとか、横浜の「機関車トーマスと回転するあれ」のトーマスならぬ鼻毛おやじもシュールなんだけど(笑)。でも善宝寺の仁王像はかわいい。特に腰のあたりが。

 しかし、締めの山口県小串の素敵なビーチ、そんなこと言われたら行ってみたくなってしまうではないか。個人的に山陰には縁があるのだけれども、山口にはまだ行ったことがないので(まあ山口が山陰かといわれると半分だから微妙なんだけど)行ってみたいなぁ。でも西の端は遠いな(笑)。

 例によってだるだるでゆるゆるでときどき一気に燃えるタマキングの旅であるが、続編がどこまでも続きそうなので期待。余談だけど「きめ細やか」の語感の気持ち悪さだけは看過できないので、テレメンテイコ女史、チェックよろしくお願いします!(笑)

「犬の力(上)(下)」(著:ドン・ウィンズロウ/訳:黒原 敏行)

2014-03-06 20:22:30 | 【書物】1点集中型
 「サトリ」と、マーク・グリーニー「暗殺者の鎮魂」を読んた時期が近かったので、前者と同じウィンズロウ作品で、後者と同じくメキシコ麻薬カルテルを題材にしたかなり有名らしい物語ということで読んでみた。

 “You're On Your Own”「自分の道は自分で拓け」。綺麗ごとだけではとても立ち向かえない世界。罰せられるべき人間を罰するために、抜け出すことのできない世界で生き残るために、自ら別の罪を背負わざるを得ないDEA捜査官アート。
 拉致され、拷問を受けた部下エルニーのことを想いながら、アートはしかし「むごい目にあうのは自分以外の人間であってほしい」と願ってしまう。それはあまりにも自然すぎる、普通の感情であり、そんな場面で普通の人間が覚えるであろう苦悩そのもの。そして、そこに呵責を覚えるのも、目的のためにただ冷静に行動するだけの機械になりきれないのも、アートの人間らしさ。たとえば007のようなスーパーヒーローとは全く違う、いわゆる“等身大"の人間が巨大すぎる敵に立ち向かう困難と、克己(良い意味でも、良くない意味でも)の道が描かれている。

 そして警察官でありながら麻薬カルテルの首領である叔父の、後継となるべく歩まざるを得ないアダン。上巻のラストシーン、ついに人間としての一線を超えたアダンがこのあとどういう道を進むことになるのか。それを知ることはつまり、だんだん冒頭の凄惨な場面に近づいていくということ。その恐ろしさがそのまま下巻への期待になった。
 それとアートと同じく、YOYOで自分の道を切り拓いてきたノーラやカラン、パラーダ司教それぞれの行く末も気になった。アダンとパラーダ司教の間でノーラがどういう行動を取るのかとか。

 下巻ではより謀略が複雑に、さらに色濃くなった印象。至るところで裏切りが行われ、パラーダ司教も巻き込んで、物語にいよいよ勢いがついていく。アダンとは違うかたちで、でも根本は違わないかたちで、アートも一線を越えてしまう。すべてが終わったときにすべてを捨てる覚悟で。
 アートと利害が一致したノーラの怒りも凄烈だ。仮借なき怒涛のような戦闘の場面と同じように、その筆の激しさそのものにウィンズロウ自身の迸る感情を見るようにも思う。特に、「人生のすべてを賭けたこの戦いは、なんのためのものだったのか」とアートが振り返るP370の1ページまるごと。麻薬ビジネスが引き起こすあらゆることに、ウィンズロウがぶつける憤怒そのもののようだと思った。
 だから、ノーラとカランがどこかで、生きていくためにいっしょにいて、それだけで互いがじゅうぶんだと想い続けられることを、祈らずにはいられない。

 「暗殺者の鎮魂」を読んだときにも思ったけど、聖書を理解してるともっと深いところが読み取れてより面白く読めるんじゃないかなぁ。知らなくてもストーリーは充分読者をひきつけてくれるんだけど、さらにハマるポイントが増えるんだろうと思う。
 おかげさまで当然、詩篇の「犬の力」の「犬」が示すところが、訳者あとがきを読むまで全然わからなかったんだけども(笑)。まあ、アート自身も本当のところの正解は知らないみたいだから、読者としても「なんとなく」くらいの感覚でいいのかな。アートが、彼が信じていた「犬の力」から、解き放たれるときが来たのなら。その魂が、剣から解き放たれたのなら。

「アウト・オブ・レンジ ―射程外―」(著:ハンク・スタインバーグ/訳:田村 義進)

2014-03-02 20:47:46 | 【書物】1点集中型
 その社会情勢について自分が全然知識を持っていない、ウズベクという国が題材がであるところに興味を持って読んでみた。解説によると、2005年5月13日に起きたウズベク政府による反政府市民抗議集会への無差別発砲事件「アンディジャンの惨劇」がモチーフになっているらしい。
 抗議集会を取材する(もちろんフィクションなので史実を語っているわけではない)アメリカ人ジャーナリストであるチャーリーと、ある国際慈善団体に所属し今はウズベクの民主化運動を手助けする立場にあるその妻ジュリー。惨劇に巻き込まれながらも辛くも生き残り、その6年後には2人の子どもに恵まれてアメリカで幸せな生活を送っていた。
 が、ある日突然ジュリーが子どもたちを車に置き去りにして失踪する。そしてチャーリーは、警察にジュリー殺害犯と疑われることになる。必死で手がかりをかき集める中、チャーリーは自宅でプロと思しき手の者に襲われ、ジュリーが拉致されてウズベクへ連れて行かれたことを突き止める。彼はジュリーを救うために、子どもたちを置いて単身再びウズベクに戻ることになる。

 ストーリー自体は予測の範囲内で進むので、全体としての意外性はそんなにないんだけど、一介のジャーナリストがここまでやれちゃうのか? という、エンタメ的ぶっ飛び感は楽しめる。アメリカ作品らしい冒険もの。って言っちゃうと「グレイマン」シリーズっぽくなっちゃうけど(笑)、既に映画化権も取得されているのも納得できる雰囲気はあるかな。主人公のパーソナリティの違いからか、「グレイマン」シリーズよりは若干ソフトかもしれないが。あくまで「若干」だけど(笑)
 でも国際情勢の勉強が全く足りていない自分にとっては、政府とビーコ、西側諸国の諜報関係との関わりの描かれ方が面白かった。スパイもの好きだし(笑)。それにしても、最後はやっぱり、サーリム親子みたいな人々が幸せを感じられる国であってほしいと思う。