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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「北朝鮮 隠された強制収容所」(著:デビッド・ホーク 他/訳:小川 晴久、依藤 朝子)

2015-03-25 22:03:33 | 【書物】1点集中型
 副題「亡命者・脱北者24人の証言」。「北朝鮮14号管理所からの脱出」の参考文献か何かに出ていたので、長らく読むリストに入れっ放しにしていた本であった。

 まず、収容所の種類もいくつかあるのだということはこの本で初めて知った。政治的懲罰労働集落であり、3世代にわたり終身収容となる「管理所」、長期収容で労働を科し「再教育を通じて、真人間をつくりあげる場所」である「教化所」、中国から強制送還された人々が送られ労働を科される「道集結所」「労働鍛錬隊」というように、目的に分けた施設があるという。しかしそこで行われていることが総じて過酷な環境での強制労働であることに変わりはない。
 内容としては、それぞれの収容所の性質について。どんな人々をどのようにして収容しているのかについて。そして元収容者たちの体験に基づく証言である。

 何人もの人の収容体験が圧縮されて連ねられていて、どちらかというと本人の感情面よりも具体的にどんな経緯で収容所へ送られ、そこでどんな扱いを受けたかという話が中心となっている。1人の人生について書かれた「北朝鮮14号管理所からの脱出」は、まるで人間が人間ならぬものへ変化させられるような、収容所で行われていることが人間にもたらす結果の恐ろしさを突きつけられる内容だったが、この本はまた違った角度でのそれこそ「証言」で、史実の記録書みたいな雰囲気である。
 記された人々の証言はおおむね大同小異であり、本質的には同様の内容である。つまり、数々の証言の中に同じような内容が何度も出てくるのである。非人間的な仕打ちの数々に、その非道さや残酷さ感覚が麻痺してしまうような気さえする。しかし、それほど多く同様の証言が複数の人から得られるということは、取りも直さずそれが事実だということだろう。

 訳者のひとり小川氏による解説に、ドイツ人医師フォラツェン氏の「北朝鮮に対しては『交渉しないこと。行動あるのみ』」という言葉が紹介されているが、やはりそうなのだ。そして小川氏は北朝鮮を「嘘がライフスタイルとなった国」と断言し、さらに「日本政府をはじめ、六ヵ国協議推進派はいまだに北朝鮮をまともな交渉相手としている」とも言う。
 その言葉の後に続く、小川氏による「全体主義組織」の説明がとてもわかりやすい。正しいのは「事実」ではなくてあくまでも〈指導者〉であり、かの国の人々はその〈指導者〉の正しさを支えるためにのみ存在するのである。そして彼らのつく「嘘」は、部外者にとっては嘘以外の何ものでもなくても、彼ら自身にとっては文字通りの意味で「嘘ではない」のである。その意識からして正常ではないし、感覚そのものが一般社会と交わらないのだ。そんな社会で、どうしたって人間が人間らしくいられるはずがないのである。

「変種第二号」(著:フィリップ・K・ディック/編:大森 望)

2015-03-15 23:38:45 | 【書物】1点集中型
 ディックの短編は初読。長編より読みやすくわかりやすい雰囲気ですらすら読めた。
 「たそがれの朝食」の世界がまず、いきなりの先制パンチといったインパクトの強さ。「ゴールデン・マン」は発想がユニーク。人間より優れた種でありながら、その動物的・本能的な行動ゆえに、支配者らしい支配者よりも恐ろしい。「戦利船」「歴戦の勇士」「ジョンの世界」あたりは落としどころが秀逸。特に「戦利船」は編者大森氏曰く「バカSF」だけども、笑えるという意味でのバカSFではない。いや、ちょこっと笑いを誘われなくもないけど、微笑ましいかも。「歴戦の勇士」や「変種第二号」のミステリ的な作り方がまた素晴らしい。ただ「ジョンの世界」はある意味「変種第二号」のネタバレにもなってるので、個人的にこの2つは収録順が逆の方が良かったかな。「変種第二号」のサスペンス調がかなりいい緊張感だっただけに。同種クローが集団で向かってくるのを想像するだけで、なかなかに背筋が寒い。

 この短編集の収録作品の基本的なテーマは「戦争」である。全体として「因果は巡る」という印象を受ける。外から見つめていた事象が、謎を解いてみると自分たち(主人公たち)に跳ね返ってくることに、戦争の不毛さに対する思いのようなものが感じられる。ディックの長編は少し難解なイメージもあったけど、まず短編をもう少し読んでいこうかな。

「終末のグレイト・ゲーム(ブックマン秘史3)」(著:ラヴィ・ティドハー/訳:小川 隆)

2015-03-06 23:18:57 | 【書物】1点集中型
 3部作完結編。しかしかなり時間が空いていたので流れがわかっているようなわかっていないような(笑)。少しだけミレディの消息の話があって、ああそういえば前作のラストは宇宙系の話になってましたねと思い出したり、第1作に出てきたオーファンがちらっと出てきて、お、いよいよ絡んでくるかと思ったり。しかしオーファンも今作は特に面白い活動はせず。今回の主人公は引退した英国の諜報員。世界観は繋がってるのだが個々の主人公たちはほとんどつながらない。

 いきなりマイクロフトが出てくるあたり、俄然盛り上がるのかと思いつつも、メインは彼の元部下たる元諜報員スミス。今回はずーっとアクションしてる雰囲気があるな。前作のミレディとはまた違った雰囲気のアクションである。
 「ブックマン」の正体はまあ明らかになったわけで、物語の肝としてそれはある程度すっきりできた(笑)んだけど、フィクション系の借り物キャラクターへの違和感は最期まで拭いきれず。ある程度の人物造形を借りてる部分もあるけど、(繰り返しになるが)ミレディとかアイリーンとか、別にこの人である必然性はないよなって気がどうしても……特にアイリーンが出てくるたびにどうしてもそう思ってしまって(笑)。物語として面白くなくはないんだけど、詰め込みたさ余ってとっ散らかった感が強い。使い方が上手い借り物とイマイチな借り物の差が大きいというか。実在の人物(の名前)以外は全編創作キャラクターにした方がもっと面白く感じられたのでは? という印象がある。
 ただ、歴史改変というと地に足がついてるイメージがあったけど、この世界観を地球外にまで広げたというのは楽しい発想だと思う。今度はそういう面白い世界観プラス、作者自身の人物造形でも勝負してみてもらいたいなー。

「小太郎の左腕」(著:和田 竜)

2015-03-01 18:47:27 | 【書物】1点集中型
 貸してもらう機会があったので読んだ和田作品の2作目。小太郎という1人の少年の無邪気すぎる優しさが、彼を常人ならぬ――少し「足りない」という意味での――存在のように見せていた。しかし小太郎が持っていた本当の常ならぬ資質とは、恐るべき射撃の腕だった。右ではなく、左腕の。
 「忍びの国」はタイトル通りもろ忍者ものだったけど、これも実際は忍者絡みだった。とは言っても忍び集団が出てくるわけではなく、小太郎の出自がそうだというだけで、いわゆる抜け忍みたいなものか。

 とある領主に仕える、小太郎の能力を知った武将、林半右衛門。主家を、領土を守らんがために、年端もいかない少年を戦に引きずり込むことの罪悪を理解しつつも、彼は小太郎の射撃の腕という「力」を選択する。その圧倒的な「力」は戦国を揺るがし、小太郎の人生も一転する。その能力が明るみに出るのを恐れたがゆえに、小太郎の祖父は孫を周囲の人間に近づけさせなかったが、むしろそうであったがこそ小太郎は「人並みになりたい」「皆と同じになって皆と仲間になりたい」という、子供らしい、しかし切実な願いを人知れず抱き続けていたのだった。
 その心情を吐露する小太郎の姿は、確かに胸を打つものではある。しかし、「人並みになるとは、人並みの喜びだけではない。悲しみも苦しみもすべて引き受けるということだ」という半右衛門の言葉は、そんな読み手の心情に一瞬、冷や水を浴びせるものでもある。そしてその言葉通り、小太郎は祖父を喪うという悲しみと、その復讐に燃える自らの心という苦しみを抱えることになるのだ。

 ただ終盤、半右衛門が覚醒する場面は少し強引な感じがした。小太郎の言葉が引き金になったとはいえ、結局同じこと2回言ってるだけで盛り上がりに欠ける。何かもうひと押し迫力が欲しかった。そもそも「人並みになるとは」どういうことかを小太郎に説いたのが半右衛門であるのに、自分の偽りにあれほどあっさりと押しつぶされてしまい、抜け殻になってしまうことからしてちょっと納得いかないし。ああいった手前、強がりながら葛藤してほしかったなぁ。その点が残念。
 でもラストはさもあらんという感じで、「こんなことなら、もうわしは人並みになろうなどとは思わん」。大人の論理に巻き込まれた少年の姿が痛々しい。大人は子どもをこんな目に遭わせないためにこそ戦うべきなのではないかと、漠然と感じた読後であった。