life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「この社会で戦う君に『知の世界地図』をあげよう 池上彰教授の東工大講義」(著:池上 彰)

2014-04-22 21:24:51 | 【書物】1点集中型
 社会情勢に疎すぎる自分を何とかしたく(笑)池上氏の講義ならきっと! と思って読んでみた。期待通りのわかりやすい語り口で、基本として押さえるべきポイントから解説してくれる。特に「中東」なんて今までの自分の認識がいかに漠然としていたかあらためてよくわかって、社会人として赤面ものだったくらい(笑)。
 唯一、「オウム真理教に理系大学生がはまったわけ」は、実際には「わけ」の部分はあまり見えないので章題と内容がちょっと違う印象があったけど、世界一般の宗教意識と日本の独自性の対比は面白かった。テーマをどのへんまでさかのぼって紐解いていけば(現在の)話がわかりやすくなるのかという見本みたいな感じ。

 最終章の「君が日本の技術者ならサムスンに移籍しますか?」は、技術者たる東工大生にさりげなく自覚を促すさすがのテーマ。
 学生それぞれの意見もいろいろな視点があるし、前の発表者の内容を受けてのものになっていたり、議論として成り立つものにもなっていて、池上氏の言う「『正しいこと』を自分で見つける」という作業そのものになっている。社会に出るとどうしても、自分の仮説を正しさを立証するために必要なものばかりを探す作業に気を取られがちなのだが、「物事を批判的に受け止めること」によって新しい視点が生まれ、そこから得るものも決して少なくはないはずだと、もう一度肝に銘じ直さなければならないとも思った。

「母なる夜」(著:カート・ヴォガネット・ジュニア/訳:飛田 茂雄)

2014-04-18 22:21:37 | 【書物】1点集中型
 第二次大戦中、ナチのプロパガンダに尽力した劇作家ハワードは、実はアメリカの特務機関員だった。物語は、彼がエルサレムの刑務所で手記をしたためているところから始まる。終戦後、ニューヨークでひっそりと暮らしていた彼が何故今そこにいるのか、までに至る物語だ。

 実際のところ、ヴォガネットが言いたかったことは本編前の「読者のみなさん」と「編集者の立場から」を読めば充分にわかる。そのうえで本編を読み進めていくのであるが、ある意味すっかりネタばらしされてからで読んでいるのと同じなのに、なんだろうこの……ひしひしと、いやむしろじわじわと染み渡っていくような、なんとも言えないやりきれなさは。
 ハワードは、見事な二重思考のなかにいる。自分の精神の分裂も正常に(?)自覚している。「自分に向かって、『こんな事実はなくてもすむぞ』と言ったことは一度もない」し、だから自分が行った数々の(アメリカにとっての)裏切り行為も、行為があったという事実以外のものとして捉えてはいない。
 つまりあの時代に、自分を偽って生きることを選んだがために、偽りの自分こそが「実体」となったことを、キャンベルははっきりと自覚したのだ。だから彼は「今夜はわたしがハワード・W・キャンベル・ジュニアを、わたし自身に対するかずかずの罰として、絞首刑に処する時」であると考えたのではないか。

 「タイタンの妖女」を読んで以来のヴォガネットだったが、軽妙な語り口ながら読後に残る悲哀のような雰囲気は間違いなく共通する。「死んでしまえばほんとにおしまい」だけれども、それは苦悩が、なのか、人生が、なのか、名誉――あるいは本当に生きたかった人生を取り戻す機会が、なのか。その一語にどれほどの意味が重なり合っているのか、考えさせられずにはおかない。何度でも読み返したくなるなぁ。ほかのヴォガネット作品はもっとたくさん読んでみたい。

「息つく暇もないほど面白い『源氏物語』」(著:由良 弥生)

2014-04-13 18:20:25 | 【書物】1点集中型
 「源氏物語」は、ストーリー自体もちゃんと知らなかったので過去、参考までに「あさきゆめみし」を一度読んでみたはいいが、作品の質はおいといてやっぱり自分の好きな系統ではないな~と思った経験がある。
 でもこの本はいただきもの。単純に、これだけ長い間読み継がれる物語であるから、「この本の著者は物語をこんなふうに見ている」という主張が見えてくること自体はおもしろいんじゃないかなと思って読んでみたのだった。自分で買ったり借りたりしたいと思うタイプの本では絶対にないので(笑)逆にありがたかった。タイトルが大袈裟だけど(笑)。

 全部ではないが、登場する姫君たちの視点で見る源氏物語ということになっている。こうやって見ると、六条の御息所にはなんとなく共感を覚えなくもないし、また朧月夜(六の君)にも別の共感を覚えなくもない。あと、末摘花よりも命婦の行動がいちいちおかしかったりとか(笑)。
 あと、紫の上がこの本ではかなり哀しい存在になっていた。私の知ってる源氏物語は「あさきゆめみし」だけだが(笑)その1作品と並べただけでも、表現のされ方の違いをかなり感じた。研究者、もしくは表現者の意図によって読み解き方も描き方もかなり変わって来ることがこれだけわかりやすいと、いろいろな人の読み方を比べてみたくなってくるかも。源氏物語に限らず。

「ギリシア神話」(著:串田 孫一)

2014-04-11 23:05:35 | 【書物】1点集中型
 なんとなくの大枠を本当に大雑把には耳にしたことがあっても、まとまったものを読んだことはなかったギリシア神話。本屋でたまたま面出ししてあったのを見て、ちょっと具体的に掴んでみようかな、と思って借りてみた。
 「はじめに」でまず、「教訓にするような物語ではない」「理屈に合うかどうかを問題にするような物語ではない」と釘を刺される。おかげで、無駄なツッコミを入れずに(笑)あるがまま読むことに集中できた。

 無駄な心理描写とかは全くなく、とにかく物語の核心部分だけを抽出したものになっているので、入門書としては最適だろうと思う。その核心部分から、人によっていろんな解釈が出てきて(この本自体もその中のひとつといえばひとつなんだろうけども)モノによっては壮大な叙事詩の構築なんかができちゃったりするのだろう。
 しかし、「神」と言うと全知全能で完全無欠の存在というイメージにどうしてもなりがちだが、ギリシアの神々は全知全能はともかく完全無欠とは程遠い。基本的にこの神様たち、やってることがめちゃくちゃである(笑)。色好みだし、嫉妬深いし、すぐ殺すし(笑)。

 まあ、よく考えたら日本古来の八百万の神々もそういうぶっ飛んだところのある存在なのかもしれない。こっちについてもこのような入門書が見つけられると良いのだが。

「ソラリスの陽のもとに」(著:スタニスワフ・レム/訳:飯田 規和)

2014-04-07 20:07:17 | 【書物】1点集中型
 比喩的な意味ではなく、まさに字義通りのひとつの生命体として存在する、惑星ソラリスの海。それは自在に形を変え、人間の記憶から、その記憶にある人間の姿と機能を持ったものすら作り出す。でもそこに何の目的があるのか、それは人間の理解の及ぶところではない。
 ストーリーはかなり恋愛色が強いものではある。しかし、かつて愛した人の姿で現れ、人間以外の何者でもないように見える「海」の<擬態>と主人公の交流は、単なるラヴストーリーではないだろう。最終的には、人ならざる存在、自らが想像や理解に辿り付くためのきっかけさえ見えない存在――作者レムの言葉を借りれば、相互理解を成立させるための、自らと相手の間の「類似」を見つけることができない存在――をどう理解するか、みたいなところに行き着くようなイメージのハードSF。個人的には「闇の左手」とか「マインド・イーター」とかも思い出す。

 「訳者あとがき」の中に、レムの序文を訳したものがある。訳者自身が言うように、この物語を理解するのにこれ以上適したものはない。