life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「アルテミス(上)(下)」(著:アンディ・ウィアー/訳:小野田 和子)

2018-07-22 15:21:14 | 【書物】1点集中型
 映画「オデッセイ」の原作になったという「火星の人」は読んでないが、こちらは平積みされていた表紙が目に入り、気になって読んでみる。

 通常のポーターの仕事の傍ら、地球からの密輸品ビジネスもこなしてい主人公たジャズが、生活のためにちょっと(だいぶ)危ない仕事に手を出してみたら、依頼人が消される羽目になって梯子が外されてしまった。結果、金も入らないうえに、依頼人を狙った何者かに追われる身になって踏んだり蹴ったりなのだが……というのが上巻での大体の話。
 いろいろ因縁はあるものの能力としては頼れるジャズの周りの人々が、最終的には1つのチームとして機能していって、話がだんだん盛り上がってくる。特に治安官という立場のルーディと、ジャズと恋人を取り合った過去のあるデイルのそれぞれのジャズへの接し方が、単純に人間模様としても読んでいて楽しい。産業と政治に関わる話が絡みつつ、足元の自分の命を何とか守らなければならないというジャズの状況が、クライマックスではアルテミス全市民の存亡にかかわる事態を引き起こすことに。どんどん話が大きくなる(アルテミスの規模自体は小さいんだけど)冒険活劇だ。

 ジャズの語り口調のノリがいまいち自分に合わないんだけど、月面都市アルテミスという環境は面白い。月という環境ならではのさまざまな制約と、EVAにしろポーターにしろ、カプセル・ルームにしろ、ジャズの生活の泥臭さの両方にリアリティが感じられるからかな。月面の環境だからこそのディテールが綿密に描かれているんだけど、いわゆるゴリゴリのハードSFほど理学寄りな感じではなくて、人体に与える影響とか目に見える部分で説明されるので、とっつきやすい。
 最終的にはジャズにはまだもう一つ難関が残っていて、それがまた妙な解決に。なんつーか、まるっと収めました! って感じで、そこは妙にあっさりしたけど(笑)自治の強い世界というのは得てしてこんな社会なのかもしれないなぁ。まずは誰かが引っ張っていかないと、という状態か。その意味では、大森望氏の解説の「開拓時代」という表現がぴったりなのかも。

「ウォッチメイカー(上)(下)」(著:ジェフリー・ディーヴァー/訳:池田 真紀子)

2018-07-06 23:11:11 | 【書物】1点集中型
 久々に読んだライム&サックスシリーズ。今度のキーは時計。犯人はさまざまな拷問方法を使って、じわじわと死ぬまでの時間を計っている。そして今回は単独犯ではない。一見無差別のように見える被害者も、何か目的があって選んでいるようなのだが、その理由は当然、謎である。

 個人的にデルレイ@FBIが好きなんだけども今回は登場がないようで、代わって(というわけでもないんだろうけど)助っ人としてCBIのキャサリン・ダンスが登場する。ダンスは尋問とキネシクスのエキスパートであり、人間そのものの観察に基づく尋問によって証言や自白を引き出す高度なテクニックを駆使する。物的証拠を至上とするライムの科学捜査とは相容れないように見えるが、当初は無駄に角突き合わせる様子ではなく、まずまず良いバランスが期待できそうな流れ。
 しかし今回、サックスは晴れて刑事の立場で事件に臨むわけなんだけれども、今さら亡き父と恋人の汚職事件に衝撃的な事実が浮かび上がってくる。それは彼女の警察官としての誇りを著しく傷つける。ウォッチメイカー事件を追いながら精神的に追い込まれる内面の不穏が捜査に、サックスの将来にどう影響するのか、事件以上に気にせずいられないのが上巻だった。

 下巻はまさにディーヴァーの真骨頂といったところで、例によって転回に次ぐ転回が始まる。発端となった殺人事件が実は存在しなかったという衝撃の事実が明かされて以後、登場人物の立場がまるで1シーンごとに変化するといった様相を見せてきた。事件を覆うベールが1枚剥がされるごとに事件の動機が変わっていくし、それに呼応して2つの事件の距離が縮まっていく。なんといっても犯罪者としての“ウォッチメイカー”の有能さたるや、よくもまあディーヴァーという人はこれだけの設定を練り上げるものだなぁと、作品ごとに感嘆が増すばかりなのだった。
 最終的に事件は解決したものの、実行犯たる“ウォッチメイカー”がこうなったということは、まだこの後の作品で何かあるかもしれないということなのかな。今回のシャーロット・アラートンのように。あと、解決したといえばサックスの父の件も解決したが、元恋人の件はまた何かトラブルになることもあるのだろうか。なんだか、今後についていろいろ勘繰りたくなってくる(笑)今回の物語だった。デルレイもちょっと顔出してくれたし、満足である。

 とりあえず、アメリアが警察官を続けていく理由を自分で見いだせたことは良かったと思う。プラスキーもルーキーらしい若さとちらっと見える捜査センスがいい味出してるし、トムのファーストネームの謎解きももしかしたら今後あるかもしれないし(笑)