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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「ケン・リュウ短篇傑作集2 もののあはれ」(著:ケン・リュウ/編・訳:古沢 嘉通)

2021-08-18 22:59:45 | 【書物】1点集中型
 「紙の動物園」に続くケン・リュウ短編集。こちらはSFらしいSFである。

 「紙の動物園」同様、こちらも巻頭表題作が染み入る。究極の選択という点ではなんとなくトム・ゴドウィンの「冷たい方程式」(これもかなり好み)を思い出しもした。より抒情に寄った感じの。主人公とその両親のそれぞれの選択は、生命というものが連綿とつながるものなのだということを、その結末によって静かに訴えかけてくるように思う。
 続く「潮汐」も最後になるとこれに近い雰囲気を感じるんだけど、解説では「バカSF」になってた……そうなのか。個人的にはどっちかというと「選抜宇宙種族の本づくり習性」のほうがバカSFっぽく感じたんだけども。手を変え品を変えてくる「本づくり」のユニークさを、発想が面白いなあ、1つのテーマでよくこんなにいろいろ出てくるなあと感心しながら楽しんだ。

 「どこかまったく別な場所でトナカイの大群が」「波」は、もはやSFの定番ともいえるんじゃないかと思う、肉体を持たなくなった人間の姿が描かれている。前者はそれが別れを意味しているが、後者は不死性の話。あるいは、前者は家族の話で、後者は「人類はどこからきてどこへ行くのか」的な話か。遠い遠い未来と過去を織りなし、交差する途方もない世代の波。
 そういった生命の不死性を扱ったものという点では「波」と「円弧」が共通している。「円弧」は医療の進化による不老不死話だから、より「ありそうな話」っぽい。特に不死と喪失の関連は考えさせられるし、「生きる」とはどういうことか、なんというか自分を見つめ直さねばと思わされるような。

 「良い狩りを」は中国風な妖怪ものと思わせておいて実はスチームパンクってのが独創的。アニメに向いてる感じかな。「1ビットのエラー」はテッド・チャンから影響を受けているということで、前作にもそういう話があったし、そういえばアンソロジーで1作読んでたけどそのままになっていたテッド・チャンもそろそろちゃんと読まねばなあと思った次第。

「ケン・リュウ短篇傑作集1 紙の動物園」(著:ケン・リュウ/編・訳:古沢 嘉通)

2021-08-08 18:04:06 | 【書物】1点集中型
 ずっと気にはしてたけど読めてなかったもの。SFのつもりでいたら、訳者曰くこちらは「ファンタンジィ篇」、このあとの「2」のほうが「SF篇」らしい。とはいえSFとファンタジーの境目って曖昧だと思うので、あまり気にならなかった。まあ、それ以前にシリーズだということに気づいてなかったという話も……(笑)

 全体として、心情そのものを深く表現しているというわけではないにもかかわらず、とてもリリカルな語り口。登場人物のひとつひとつの行動や言葉の積み重ねが、少しの幸せを感じさせるその一方で少しずつすれ違っていくような。
 特に巻頭表題作「紙の動物園」、巻末の「文字占い師」は強く印象に残る。どちらも、主人公が大切な人を失うまで知らなかったこと、それを知ってしまったあとの主人公の心情を思うと、本当に辛く切なくなる。加えて、掲載作の多くが中国の文化を色濃く感じさせる舞台設定だったり、中国の歴史的な問題をモチーフにしていたり、自らのルーツを大事にしているんだなという印象。中華民国と中華人民共和国の対立の構図なんて恥ずかしながら何の知識も持っていなかったが、その渦中の物語は今も世界のどこかに起きているかもしれない悲劇のひとつでもあるのだろう。
 「結縄」はなんといっても、結縄文字とアミノ酸の配列に共通点を見出すという視点が面白い。事実こうしたアイデアに近い研究があったということが驚きである。物語そのものも、利用する側とされる側をあくまでもドライに描くことによって、研究というものの倫理を浮き彫りにしているように思う。

 予想していた以上に心を打つ作品ばかりで、いいものを読ませてもらったとしみじみ思った。自分が人の心を描き出すSFが好きなんだということを、久々に思い出した。早速「2」も手配した次第である。