life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「犬は勘定に入れません あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎」(著:コニー・ウィリス/訳:大森 望)

2013-12-29 21:38:36 | 【書物】1点集中型
 上下巻もの。タイトルが面白いのでついつい気になってしまった。しかし借りてから知ったけども、この物語の前に「ドゥームズデイ・ブック」があるんだな。「グレイマン」シリーズに引き続き、また順番間違えちゃったよ(笑)。

 ざっと読んでみた感じでは、スラップスティックなタイムトラベル。横暴なレイディ・シュラプネルが捜し求める「主教の鳥株」の手がかりを探しに、史学生ネッドは21世紀から1940年に「降下」を繰り返していたが、挙句の果てに疲労困憊でタイムラグ――「タイムトラベルぼけ」的な症状――に陥ってしまい、「療養」と称して1888年ヴィクトリア朝に送られることになる。
 そこでネッドが出会う人々や犬や猫がいちいち個性的すぎて、もうなんだかそれだけでいい感じ(笑)。ボートでの航行とか金魚好きの大学教授とか、「ボートの三人男」の本物が登場するとか。

 雰囲気的には、自分が読んだことのある作品の中から言うと「タイタンの妖女」「銀河ヒッチハイク・ガイド」を足して2で割った感じか?(あくまで個人の感想です。)おかげさまで上巻では全然謎解きが進んでない感じもするんだが、もうそれは最後に帳尻合わせてくれればそれでいいかなって。

 下巻もやっぱり基本はドタバタ、そしてミステリ、ラブコメ風味。でもちゃんとSFしている。ネットの謎、主教の鳥株の謎、ミスターCの謎。歴史は結果としてひとつだけど、結果になるまではカオス系。いくつもの過去に翻弄されつつ、カオスがちゃんと連続体に収束する謎解き(種明かし)がお見事である。
 それにしても、ネッドも大変だがとにかくベインを応援したくなる(笑)。タイムトラベルというネタが柱なので第一義的にSFになるのだろうけど、SF苦手な人でも楽しめるエンタテインメント要素は充分に持ってるんじゃないだろうか。

 登場人物の台詞に聖書や文学作品(しかも詩とか。特にテニスン。全然知らないけど。あとシェイクスピア)からの引用が多いんだけど、出典元を全然読んでもいないのに、意外にややこしくは感じない。ドタバタだらけで話が進んでるような進んでないようななんだけど、ヴェリティのヴィクトリア朝への適応っぷりとか、思わぬところでフィンチ登場! にはけっこう笑わせてもらった。フィンチ、語りが大真面目に天然っぽいし。本当は違うけど。
 あと、なんといってもテレンスのシリルへの溺愛っぷりと、シリルの表情の描写がかわいすぎる(笑)。プリンセス・アージュマンドともども、ネッドへの懐きっぷり&寝床の占領などのお邪魔ぶりも相当笑える。全体的に、大森氏の訳が作品にぴったりなんだろうなぁ。
 まあ、最後は犬より猫って感じになっちゃったけど、それはもういいや。一応みんなにとってのハッピーエンドだったし(笑)多分。

 しかし、この作品が読んでてこれだけ楽しいとなると、本家(っていうのもちょっと違うが)ジェロームの「ボートの三人男 犬は勘定に入れません」も読まなくてはならないではないか(笑)。さらにそれをウィリスが知るきっかけになったハインラインの「大宇宙の少年」も、やっぱり読まないといけない気になるではないか! いつになるかわからないけども。

「イワン・デニーソヴィチの一日」(著:ソルジェニーツィン/訳:木村 浩)

2013-12-26 20:24:48 | 【書物】1点集中型
 「KGBから来た男」の訳者あとがきに紹介されていたのを見て読んでみた。スターリン時代のソ連の「強制収容所」の様子を描いたものということで、読む前は辺見じゅん氏の「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」に近いイメージを勝手に持っていた(「死の家の記憶」を思い出すべきかもなんだけど、如何せん1回読んだきりで全然内容を覚えていなかった……)。実際は、こちらは小説の体をとっているということもあるし、囚人がソ連人であるか大戦後のシベリア抑留者であるかという違いもあってか、いわゆる「総括」とか「自己批判大会」みたいなシーンはない。平たく言えばある囚人の刑務所での1日の「生活」を描いたものである。

 ロシアの酷寒(マローズ)の中、さらに劣悪で苛酷な収容所での囚人たち。彼らの多くは理不尽な罪で収容され、問答無用の長い刑期を押し付けられている。そして食べるものも、寝起きするところも、体を温めるものも、およそ人間としての尊厳と自覚を保てるものを極限まですり減らして暮らしている。
 「起床から就寝までラーゲル暮しに追い回されて、楽しい思い出に耽る暇もない」。だから彼らはその日ごとのほんの少しだけの娯楽や心の充足を繰り返して、1日ごとにリセットしながら進むしかないのだ。シューホフが3,653日繰り返したように。

 けれど物語の語り口は、厳しいマローズと居住環境を随所に示しながらも、どこかのどかだ。どうやってこの環境の中で、少しでも満足を見つけることができるか。それはたとえばタバコの一巻き、ソーセージの一切れ、少しでも熱く、実の多い野菜汁の一皿。苦しい労働にやりがいさえ感じながら、無事に1日を終えられたこと、命を繋ぐことができたというだけのことがどれだけ、その環境下では大切に思われていたか。そうやって収容所を生き抜いていた人々の物語としては、「夜と霧」にも近いものがあるかも。
 淡々と描いているだけに却って際立つ人々の逞しさは、作家としてのソルジェニーツィンがソ連当局から受けていた迫害に対する姿勢そのものとも言えるだろう。解説が時代背景やソルジェニーツィンの「自伝」を交えて20ページにもわたっているので、この時代のソ連社会についても多少なりと知識を新たにすることができる。

「特捜部Q ―檻の中の女―」(著:ユッシ・エーズラ・オールスン/訳:吉田 奈保子)

2013-12-23 23:23:12 | 【書物】1点集中型
 文庫をよく本屋で見かけてはいたものの、なぜか手を出してなかったシリーズ。ハヤカワといえばミステリより先にSFに行っちゃうからかもしれない。

 捜査中の銃撃戦をで同僚の1人アンカーを失い、辛うじて生き残ったもう1人の同僚ハーディも四肢に麻痺が残り寝たきりとなる重傷を負う経験をした主人公の刑事カール。優秀ではあるが変わり者として煙たがられていたこともあり、未解決事件に取り組むべくして創設された「特捜部Q」を統率すべし、と独り地下室に追いやられる。アシスタントを要求し、なんとか通ったと思ったら、出てきたのは一風変わったシリア人アサドであった。
 一見、どうやったら手がかりがつかめるのか見当もつかない女性議員ミレーデの失踪。最初は気が進まなかった「特捜部Q」での仕事に、カールがだんだん、もともとの刑事魂を刺激されてのめり込み始めると面白くなってくる。

 監禁されたミレーデの受ける仕打ちの生々しい惨たらしさを見せられるにつけ、早くなんとか手がかりを掴んでくれ! と祈るような気持ちになりつつ(笑)ページをめくらざるを得なくなってくる。そして、全く平行線で交わらないかのようにすら感じられていたカールの捜査とミレーデの運命が、最後にばっちり交差するさまに、けっこうすっきりした気分を覚えてしまったりする。
 この犯罪の動機については……それってほんとにミレーデのせいなの? って思っちゃうところもあるけど、当事者にとってはやっぱりそうなんだろうなぁ。そう思うと、相当やりきれない話ではあるんだけど。

 枯れた中年男の雰囲気の中にも、捜査への熱意が息づいているカール。そして陽気で頭の回転も速く、ハンドルを握らせれば暴走一歩手前、ちょっと天然な雰囲気も持っているけど身元は微妙な謎に包まれているアサド、カールの別居中の肉食系な妻、何故か同居している義理の息子、間貸ししている料理上手のオタク男モーガンと、カールの脇を固める人物たちがどれもこれもしっかり個性に基づく役割を果たしている感じ。やっぱり、こうでないと物語が面白くならない。
 ハーディが本当に家に戻ることになるのか、アサドの謎は今後明かされることになるのか、そしてそうなったとき、カールにはどんな変化が訪れるのか。いろいろ気になるので、やはり折を見てこのシリーズを追っていかなければならなくなりそうである。うう、だからシリーズものに手を出すのって迷っちゃうんだよねぇ。もう出しちゃったけどさ(笑)。

なんか右手の親指が痛いと思っていて、

2013-12-21 21:23:37 | 【日常】些事雑感
 力を入れると痛いのである。ボタンを押したり、洗濯ばさみを止めたりという動作が全然できないくらいの痛み。最初はつき指かなーと思ったのだが(つき指したこともないんだけど、なんとなくこういうイメージなのか? と勝手に思った)、別にぶつけてもいないし腫れてもいないし熱を持ってるわけでもない。
 よくわからないので、2、3日様子を見てみたんだけど、落ち着く様子がなかったので診てもらいに行ったら、腱鞘炎だった。ううむ。普段と違うことした覚えがないのに。
 注射をするとすぐ良くなるらしいのだが、かなり痛い(間接注射はそういうものらしい)ので湿布で経過を見ましょうということで、あっさり診察も処置も終わってしまったのだけど(笑)、問題は年賀状を書くのがこれからだということですよ! たいした枚数もないけど(笑)やっぱりこの状態で書きものをすると相当、字に乱れが出るので、正直やばいと思っている。書くのやだなぁ。かといって、年賀状に「腱鞘炎になりました」とか書くのも嫌だな。(笑)

「光」(著:三浦 しをん)

2013-12-15 20:10:11 | 【書物】1点集中型
 文庫を本屋で見かけて、ちょっと今までの作品と毛色が違ってそうなところに興味を持って借りた。

 小さな島に住む主人公(たち)は、突然の津波で家族も知り合いも、自分たちの身の回りにあった存在をほとんど失ってしまう。取り残された島で、中学生だった信之と美花は忌まわしい事件を起こす。しかしその事件が島の外に漏れることはなく、20年が過ぎる。
 愛した美花を想いながら、妻と娘と普通の家庭を営む信之。幼いころから虐待を受け続ける父に怯えながら、兄のように慕っていた信之とのつながりを必死に追いかける輔。そして、美しさを武器に、華やかな芸能界で確固たる地位を築いた美花。それぞれ島を離れて暮らしている東京で、3人の人生は再び交差する。

 「光」という言葉からは当たり前のように、人間がそんなどん底から這い上がるための「希望」をイメージしてしまうと思う。が、物語のなかでいろいろな形で見せられ、語られる「光」は、実はそうではない。光は本当は「明るさ」だけを意味しない。
 誰もが、心の中に他人には窺い知れない部分を持っている。それは「闇」と言われることが多いけれども、それがその人の生きるよすがなのであれば、その人にとっては「光」と言うこともできるだろう。たとえどんな意味を秘めたものであっても。
 物質として見える光は平等だ。しかしそれに意味を与えるのは、見る者の立場であり心なのだ。

 正直なところ、人間の暗部のようなものを描いていると見るにはどこか物足りない部分はある。際どい(いろんな形で)シーンはあっても何故かさほどどぎつくは感じない、ある意味淡々としているというか物静かな感じというか。もっとどろどろした感じなら桐野夏生とか、人の思考の内側なら高村薫とかのほうが(私には)ぐっと来るし。だから、ちょっと深いところにいきそうなんだけど、そういった作家の作品に比べると意外とさらりと読めてしまう。ただ、こういう雰囲気が三浦しをん作品の空気感なんだろうなとは思う。
 でも、「同情や愛情では恢復しな傷がある限り、刑罰はひとを救わない」という一文には(当事者になったことがあるわけではないけれども)個人的には頷ける。「求めたものに求められず、求めてもいないものに求められる」という、「よくある」不幸にしてもね。

「ゲイ短編小説集」(著:オスカー・ワイルド ほか/監訳:大橋 洋一)

2013-12-08 20:58:06 | 【書物】1点集中型
 買うにしても借りるにしても勇気のいるタイトルである(笑)。私は借りましたが。
 表紙が表紙なんで、恋愛の生々しい感情が出てるものが多いのかな? と思ってたんだけど、全然違った。普通に純英米文学という感じで、このアンソロジーに入っていなかったらゲイ小説だなんて思わなかっただろうという作品もあったりする(特にジェイムズ「密林の野獣」とかモームの2作品とか)。それにしても初っ端の「W.H氏の肖像」からして脚注が多くて大変だった(笑)

 子どものころに読んだ記憶しかない「幸福な王子」も、こうして読み返してみると本当に素晴らしい物語だなぁと素直に感じる。「手」は(おそらく当時の)社会で同性愛の置かれたポジションを如実に表しているとともに、社会が(同性愛者に限らず)「異端」に対してどんな行動を取り得るかを冷酷に描き出してもいる。
 「プロシア士官」と「永遠の生命」はある意味、ちょっと系統が似ているかも。すごく極端な言葉で言うと、愛憎劇。「プロシア士官」の解説にある精神分析の知見からの「眼」と「口」の見方も興味深い。「永遠の生命」の結末はかなりダークサイドな(しかしかなり純粋な)感じだが、こういうのは嫌いではない。「薔薇の名前」もそうだけど、キリスト教での同性愛の存在って面白いな、とあらためて思ったり。仏教でも近いものはあるかもしれないけど。
 こうやっていざ並べて読んでみると、やっぱワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」とかフォースターの「モーリス」とか読んでみたくなる。あと、映画に疎いので全然知らなかったのだけど、ジュード・ロウがアルフレッド・ダグラスを演じたという映画も是非観てみたい! ちょっと写真見ただけでもものすごいハマり役な雰囲気だったので(笑)。

 ……ちょっと脱線したが、それにしてもこの本、タイトルは何もこんなに直接的でなくても良かったのではないかと思うのだが(笑)。解説に、姉妹本のレズビアン短編小説集(あるのか……)にはちゃんと「女たちの時間」てタイトルがついてるって書いてあって、「だったらこっちも……」とか思ったのは私だけではないような気が(笑)。いや、もう、読んじゃったからいいけど。

「闇の左手」(著:アーシュラ・K・ル・グィン/訳:小尾 芙佐)

2013-12-04 00:14:13 | 【書物】1点集中型
 SFのつもりで読み始めたんだけれども、全体的にはどっちかというとファンタジーな印象。地球外惑星での物語ではあれど、世界観がすごく独特なので。
 だから、巻末資料(的な感じ)を読んでからのほうが入り込みやすいかな。なんというか、イーガンの長編の環境設定並みに、惑星〈冬〉=ゲセンに自分を適応させるのに苦労してしまった(笑)。そういう意味ではハードSFといえばそうかも。でも極寒の地ゲセンの環境と、そこでのアイとエストラーベンの旅の様子は、むしろ神話的ですらあるように思う。

 ゲセン人は両性具有というか、生殖においては場合に応じてどちらの性にもなるよう進化した人間である。彼らゲセン人が営む社会には、だからそもそも人間を「男」と「女」に分けるための概念が存在しない。そこに、男性という固定された性別を持つアイが、異邦人として降り立つことになる。
 性とは何なのか、愛とは何なのか。自分が、根源的にその社会とは同化しえない存在となったとき、人はどうやって自分の拠って立つところを見出すのか。
 異星からの使節という立場を持つがゆえに政争に巻き込まれ、果ては苛酷な旅を強いられる中で、「両者の違いからこの愛は生じている」と、アイは気づく。「私たちを分っているものにかけわたす橋」が愛ならば、つまり愛とは相手に同化することではなくて、その存在を認め、尊重することなのではないか。

 光の右手は闇であり、闇の左手は、光。生と死であり、男と女である。決して同化することのない別々の存在でありながら、切り離せないものとして、生きとし生けるものは生きていく。