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或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「特捜部Q ―Pからのメッセージ―(上)(下)」(著:ユッシ・エーズラ・オールスン/訳:吉田 薫・福原 美穂子)

2017-09-24 12:54:02 | 【書物】1点集中型
 前作読んでからかなり経ってしまった「特捜部Q」、シリーズ第3作である。

 出だしは誘拐されたと思しき兄弟が必死で残したボトルメールから。そして毎度のことながらカールの家、カールの職場のドタバタ、かと思えばとある夫婦の穏やかでない描写。コペンハーゲンでの連続火災事件と、14年前の火災事件。年代も場所もバラバラな物語が、アサドの意外な観察眼とローセのこれまた意外なほど強い正義感も手伝って、少しずつ結びつきのようなものを見せ始める。しかしボトルメールの捜査にいまいち腰が重いカールに激怒したローセは無断欠勤、代役と称して現れたその双子の姉ユアサは、パンクなローセとあまりにもかけ離れたピンク一色の少女趣味だったりして、相変わらずQの面々(というか、カールに近しい人々)のキャラが立ちすぎである。まあ、上司を上司とも思っていない点だけはローセもユアサも一緒だけど(笑)
 考えてみれば前作の発端は20年前、今作は14年前と特捜部Qらしく時代を超えた難事件である。犯人自体は早い段階で読者側には明らかになり、Qがどうやって過去の事件から現在進行中の犯罪に辿り着くことができるか、その軌跡を追っていく物語となる。

 子を奪われた親と、男に騙された女との共同戦線がまたものすごい。しかしそのさらに上を行く犯人の冷酷さと周到さがストーリーに圧迫感とスピード感をもたらしていて、読んでる方も追い詰められるような臨場感がある。果ては、カールとアサドを目の前にした犯人がその危機を紙一重で躱し、躱されたQの2人がどう追いつくか。クライマックスはまさに二転三転である。
 犯人の生い立ちとトラウマはやはり、宗教が生活に重要な位置を占める環境ならではだなと思う。宗教は人を生かしも殺しもする両側面を持っているとあらためて思ったりもした。

 事件の傍らで、アサドの相変わらず謎な素性に少し見えたような見えないようなものがあったり、ハーディの身体にも変化なのか希望なのかが見え隠れしたり、カールの別居中の妻ヴィガが嵐を巻き起こしたり。イェスパやモーデンも出番は少ないけど、一つ屋根の下にいながら相容れるんだか容れないんだかわからない(笑)という、ごった煮ファミリードラマな人間模様もどうなるのか気になって、まんまと続きを読もうと思わされてしまうんだな。もちろん、ハーディを今に至らしめた事件というシリアスな要素も含めて。
 しかし、ローセとユアサってまさかの同一人物だったりしないよねえ、と思っていたら……そこはわりとストレートな話で良かったんだな、と(笑)。これからもユアサが登場する機会があるのかな?

「宇宙の眼」(著:フィリップ・K・ディック/訳:中田 耕治)

2017-09-19 23:15:41 | 【書物】1点集中型
 久しぶりにディック長編を。
 陽子ビーム加速器の暴走事故により、観測台にいた電子工学技術者のハミルトンとその妻をはじめとする見学者とガイドの8人が病院に搬送される。意識を取り戻したハミルトンは、次第に自分が今いる世界が記憶にある世界と違っていることに気づく。一見パラレルワールド的な展開だが、一味違うのはパラレルワールドを抜けたと思ったらまた別のパラレルワールドが待っていること。そしてパラレルワールドの正体が、事故に遭った人々の精神世界に起因していることである。その精神世界の主人が誰であるかを探り、倒さねばならないというミステリ要素も入っている。

 最初の世界は「第二バーブ教」なる奇妙な宗教が支配する世界。自分の生活が宗教社会ではない環境にあるせいかもしれないが、ある種の滑稽さをもって描かれているので(だからこそれが絶対であることにそ空恐ろしくなる部分もあるわけだが)抜け出す困難さはあれど全体としてはさほど重たくは感じない。が、一つの世界を抜けて別の世界へ移るたび、滑稽さをグロテスクさが上回っていく。ミス・リースの世界に至ってはSFというよりほとんどホラーである。解説によると筒井康隆が「シュール・リアリズムがSFに活かせる」と評したそうだが、まさにシュルレアリスムの世界ですよ。これは。
 というわけで、どちらかというとエンタメ的な楽しみ方のできる作品であると思うのだが、黒人差別やコミュニズム問題がスパイス的に効かせてあるのは、50年代という時代の反映でもあるのだろうか。あまり深く考えずに読めるので、軽くSFを覗いてみたい人にお勧めしてみてもいいかもしれない。