ことの起こりは例によって例の如く
「野次馬ライトスタンド」by村瀬秀信氏@Number Webである。
記事中さりげに
「選手の本人本といえば、当連載でも御馴染み、中野渡進氏の『球団と喧嘩してクビになった野球選手』(双葉社)が、昨年秋に『第10回酒飲み書店員大賞』と『本の雑誌が選ぶ2014年度文庫ベスト10』の1位になりましたけど!」とか宣伝され、なんだその話! ていうか「昨年秋」って、なんで今まで黙ってたんだよ村瀬さん! と勝手に憤慨しつつ(笑)とりあえずどんなもんなのかと調べてみたところ、内容紹介の煽り文句(
「谷繁元信をキレさせ、三浦大輔を運転手代わりに使って、小宮山悟を巴投げ、」云々)からして予想通りな話で笑えた。
何せ
突然の鍋屋閉店の衝撃と茫然自失からいまだ立ち直れぬ私なのである(嘘)。おまけに単行本ではなく文庫、したがって格安である。となればこれが読まずにいられようかというわけで、早速書店の在庫を捜索し購入と相成った。
しかし文庫とは良心的だなーと思いつつ読み始めてみると、
「野球界を引退して7年」という書き出しの「はじめに」は「2014年3月吉日」の署名がしてある。あれ? わたりって牛(=近鉄)がなくなったあとも現役だったっけ?? そんな記憶はないのだが……と首を傾げつつ目次を開くと、2011年7月に出た単行本を文庫化したものがこの本だという話ではないか。
ってことはこれ、文庫化にあたって署名部分の年月だけ発行年月に合わせたものの本文「引退して7年」は合わせ損ねたってことなのか。だったら計算は合うなぁと納得しつつも、なんでそんな片手落ちなんだよっ!(笑)といきなり初っ端から突っ込まずにいられなかったのであった。
が、そのような話は本筋からするとほとんどどうでもいい些細なことである。
構成担当にやはり、案の定、関わるとしたらこの人しかありえないだろうという村瀬氏の名前があり(笑)、もうそれだけで読み慣れたコラムでの(元)鍋屋の店主の口調が頭に甦るのでワクワクニヤニヤしながら本文に突入する。と、あえていつもの口調のまま書き起こされた怒涛の毒舌罵詈雑言で、スタートから期待を裏切らないどころかぶっちぎり(感覚的には10馬身以上の差がついている)でゴール、いや巻末まで突き進む。わたり以外の何ものでもない。プロ時代を語る第一章・第二章、登場人物やら用語(というかわたり周辺の俗語)にいちいち懇切丁寧につけられている脚注も併せて、とにかく濃い。濃ゆすぎる(笑)。
あまりにも濃密でいちいち語っていられないので、わたりの言葉を借りて
「つぅか、なんでもいいから、とにかく読め」としか言いようがない。……のだが、結局は予想通り木塚(+谷繁)との愛の物語かよ! とこれまたお約束のツッコミを入れたくなる話でもある。
でもその濃ゆさがたまらないのである。「髪質改善サラサラ化計画」とか、谷繁がマウンドで投手をどつくのとか、おなじみの(?)懐かしネタ満載。あの時代を生きた選手たちのナマの姿がそのままそこにあって、おかげで私自身がいちばん野球を見ていたあの時代をありありと思い出させてもらってしまい、むやみに胸が熱くなったものである。横浜ファンですらなかったのに(笑)。
実際のところ、わたりがクビになったのを知ったときは目を疑ったものの、おそらく球団に盾突いたのであろうがまぁ彼ほどの選手ならばどっかに拾われるであろう、と思った野球ファンはたくさんいたのではないだろうか。なのにあっさりと引退してしまったその経緯がこういうことだったのかと今さらながらに知り、惜しいとは思うもののやはり納得してしまった次第である。
鍋屋の、鍋はもちろん一品料理もおいしかったし弟さんが新しい店を持つというので、弟さんがもともとそっち方面だったのだろうかと勝手に想像していたのだったが、まさかまさかの、わたり自身が料理好きだったという驚き。しかもこれだけ凝り性ならばあれが旨かったのも納得だ。そしてトイレがあれだけステキな空間だったのも納得だ(笑)。
ただ、初めて鍋屋に行ったときからそれこそ1、2年は、週末なのにそれほど混んでいる印象を受けなかった(まあ、とは言っても毎年1、2回しか行けてなかったんだけどさ)。なので当時はいつも、一緒に行ってた友人と「大丈夫かな?」と余計なお世話で少し心配になってたんだけど、実際苦しい部分はあったんだな。とはいえ、年を追うごとにそんな心配もなくなったけど。
そしてあのわたりを人間形成した中野渡家、東海大菅生の横井(元)監督、さらに三菱自動車川崎。殴られまくり、怒鳴られまくり、打たれまくったその時代が、あの太くて短い(わたり曰く「平べったい」)実働1年間の在籍4年間を生み出したのだ。野球に対してとにかく真剣に向き合っていることがはっきりわかる。常に厳しかった環境も、わたり自身何ひとつ否定的に捉えていないし、彼を育てた人々から彼自身が感じている愛情が、そのまま彼からの感謝になっているのが伝わってくる。
締めは「キャッチボール」。あまりに仲の良かった木塚とのコンビには、現役時代から感心するやら笑わせてもらうやらしていた。それが、木塚の引退に際しての本気のエピソードをこうして知ってみると……正直、泣けてきそうだった。なんというか……こいつら本物だよ。なんなのだ、この熱さは。この絆は。友情とか愛情とかそんな言葉では収まりきらない。近いとしたら"soul mate"って言葉なのだろうか。でも既成のどんな言葉でも及びもつかない雰囲気があることは確かである。
この本の、わたり自身の言葉から伝わるのは、いみじくも解説・小宮山氏が評したわたり像そのものの「愚直さ」だ。それは本当に純粋な素直さとも言える。
愚直に投げ続けたボールが「返ってきた」と思えること、返してくれる人々がいることは、取りも直さずそのボールを受け止めた人々もわたりに対して本気だったからだ。わたりは本気で人にぶつかる心意気と、相手の本気を受け止める気構えを持っている。マスク越しの谷繁の睨みにどんだけびびっていても(笑)、彼自身の人生に対しては髪の毛1本ほども怯まない。木塚がそうであったように、彼の生き方の結果があのピッチングだったから、今もバカみたいに眩しいのだ。さらに、それが自分には決して手の届かないものであるからこそ。
いやはやそれにしても、単行本から文庫化されたのがわかる傑作ぶりだった。600円(税抜)でこれだけ楽しめるとは、久々にこんなお得感を味わった。冒頭に述べた点をはじめ、実は誤植は結構多いが(笑)まあ実際本筋にほとんど影響はない……っつーか影響があるとしたらあの「はじめに」の時差だよ(笑)。知らない人が読んだら混乱するのではないかとちょっと心配である。
それに、こんな本を(2回も)出しちゃったことを未だに谷繁に報告してないみたいなんだが(笑)そのへんはほっといていいんだろうか、わたり。小田幸平なんて帯まで書いてもらってんのに(笑)
そういや谷繁と言えば、この本に唯一載っている現役時代のわたりの投球シーンの写真の背後、1塁走者がなんとなく谷繁に見えてくるんだけど。そこんとこどうなんでしょうか。←色眼鏡で見すぎなのでは?(笑)
……それは措いといて。
読みながら、このまま一生読み終わりたくない! とさえ思わされる楽しさがあった。わたりやその周りの選手たちだけに限らず、自分がなぜあの時代の野球に熱中していたのか改めて気づいたように思う。そうだ、彼らのプレイに見え隠れする人間らしさに惹かれていたのだ。だからこの本を読んで今さら「ちくしょー、やっぱお前ら大好きだ!」と叫びたくなった(笑)のだ。
もうあの店がないなんて未だに信じられんが、村瀬氏は引き続きわたりを「加工屋」として引っ張り出してくれそうな雰囲気だし、それならわたり自身も次は「もつ鍋屋辞めて加工屋になった野球選手」を出してくれないだろうか。←それじゃもはや野球関係ないし(笑)
とりあえず、
高森の木塚ものまね傑作動画を見返そう。そんで笑おう。