life goes on slowly

或る大阪近鉄バファローズファンの
偏愛と放浪の記録

「宇宙クリケット大戦争」(著:ダグラス・アダムス/訳:安原 和見)

2015-08-28 22:53:07 | 【書物】1点集中型
 「ドクター・フー」を観ていたらどうしても「銀河ヒッチハイク・ガイド」を読み直したくなり、でも図書館には残念ながら2作目までしかなかったので思い切ってシリーズ5作まとめ買いした。で、ここからは今回初めて読む。

 シリーズも3作目になってちょっとテンションが落ち着いているが、語り口と性格付け&ネーミングのバカさ加減が相変わらずで安心。そしてアーサーの受難ぶりも相変わらずの安定感で安心。大体が、いきなり異星人に罵られる場面からって。しかも「あんぽんたん」って(笑)。これ原文だとどんな表現なんだろうと思わず考えてしまうほど、毎度ながら訳が素晴らしい。でもフォードはアーサーを置いてどっかに行っちゃっていて、しかもすでに4年が経過しているらしい。
 ……と思ったその2年後、フォードはいきなりアーサーのもとに戻ってくる。フォードのでたらめ勝手気ままさを引き写したような(笑)時空のぐちゃぐちゃさが、どうやら今作の鍵になっているような。レストラン数論ってのもまた前作を微妙に引きずってるような(笑)。おまけにマットレスと会話するロボット(=マーヴィン)とか、そのマットレスが妙に天然でなごむとか、これまた相変わらずの一種不毛なわけのわからなさである。フォードと同様、ゼイフォードもやりたい放題だし。でもそういうゼイフォードが、次に何をやらかしてくれるのかがいつも楽しみなんだけど。

 タイムトラベルというお題自体はSFの王道のひとつとも言えるが、そこでいちばんありがちなタイムパラドックスをつかまえて、「実時間を守れキャンペーン」なるどこまでも相変わらず人を小馬鹿にした(笑)話が出てくるあたりが、このシリーズ独特の味。
 今回はいつもの4人と1体(マーヴィン)ともう1人(スラーティ以下略)という感じだったけど、いつも全員揃ってるわけでなく「この人がこんなことになってる間あの人は何してるのか?」な状態が結構多い。で、そのバラバラを最後にはがばっと収拾してしまうお見事さも健在。その収拾を一瞬、いやワンプレイでやってのけた〈ローズ〉での最終決戦のアーサーは、普通にヒーローっぽい画だったので(笑)なんかこのシリーズっぽくないぞ! と思いつつも、やっとアーサーの今までの苦労が報われたような気にもなった。気のせいだと思うけど(笑)。
 だからってわけでもないが、ついに独立(?)したアーサー、最期はいきなり再びあいつと遭遇して、次作はどうなるの? というオチ。その前に、例の「生命と宇宙とその他もろもろについて」の究極の問いはなんなのかという話が(忘れたころに)出てきたりもして、そういえば! と今さら思い出させられたり(笑)。でもここのくだりがそれこそ例によって、そこはかとない哲学っぽい雰囲気が。

 巻末おまけに短編「若きゼイフォードの安全第一」という、「海難救助その他滅茶苦茶やばいこと」をやっていた若かりしゼイフォードのお話がついている。地味ーに地球とつながりのある話になっているので、イギリス人っぽいちょっとした皮肉なのであろうと思われる。ゼイフォード自身のノリはシリーズ通りなので十分楽しめる。
 クリケットという、日本ではあまりなじみのないスポーツを少しでも理解していた方が、本編ラストシーンはおそらくわかりやすくなるだろう。ということで、訳者あとがきには丁寧なルール解説がついている。あと例によって、英語のわからぬ読者が知っているとより楽しめる(であろう)豆知識的なネタも入れてくれていて、至れり尽くせりである。安原さん、本当に毎回ありがとうございます。

「ぼくには数字が風景に見える」(著:ダニエル・タメット/訳:古屋 美登里)

2015-08-07 23:54:55 | 【書物】1点集中型
 多くは音楽・美術・数学などに関する「非凡な才能と脳の発達障害をあわせ持つ」サヴァン症候群と、「自閉症のごく近縁にある障害」アスペルガー症候群を抱える著者タメットによる、自身の人生の克明な手記である。タメットはアスペルガー症候群のために「ほかの子と自分が違う」こと、「どこにいても自分がそこにはそぐわない」ことを感じ、「普通になりたい」「友だちを作りたい」と切実に願っていた。
 しかしその反面、彼は卓越した記憶力を持ち、円周率は2万桁を諳んじ、10の言語を身につけている。また「数字に色や感情、動きを感じる共感覚者」でもあり、たくさんの数字の塊を風景として捉えることもできる。未だアスペルガー症候群やサヴァン症候群が一般的には認識されていなかったころに、そんな彼の得意なこと、夢中になれることを自然に生かす道に(押しつけでなく)導いていった両親の育て方が、とても印象に残る。

 そして彼が、ほかの人がどのようにして他人とコミュニケーションをとっているのかを観察しながら、今の自分にできないことをどうすればできるようになるのか考え、少しずつ実行していく様子が語られる。1人で外国へ行って働くことや、そこで友だちを作ること。ともに過ごしたいと思う人に出会い、想いを伝え、互いに求め合うパートナー同士となること。家族に自分のセクシュアリティをカミングアウトすること――どれも、人間としての彼の成長をつぶさに教えるエピソードだ。
 ただそれらは、障害があるために彼には「普通」の人たちよりも困難であったこともあれば、勇気を持って新しいことに挑戦するという、どんな人にも共通する「行動を起こすこと」もある。一つ一つ克服していくタメットの姿を見せられると、自分がどうなりたいのか、そのためにどうしたらいいのか考えるべきじゃないのか、今さらのようにわが身を振り返らせられるような。

 アスペルガー症候群やサヴァン症候群、あるいは自閉症といった名前は知っていた。またなんとなくこういう言動をする人はそうなのだろう、と感じることはあった。ただ実際にそういう障害を抱えた人と接したことがなかったので、タメットの語る自身の経験によってその実情をある程度、事実として知ることができたということは、この本を読んだ意味が自分にとってはあると思う。
 人の気持ちを理解することができない、社会一般的な考え方をうまく理解できないという障害を自覚しながらも、ただ「ひとりひとりがかけがえのない存在」であることを理解することによって、「思いやりと敬意を持って人と接する」ことができる。他人と自分が違うことを知り、その違いを否定するのではなくて尊重することが、本当に相手を理解するということなのだろうし、そこに和が生まれるのだろう。どんな人同士でも。